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嫉妬

「アトスーーー!」


 シンは胸元を斬り裂かれながらもラグに向かって剣を突き出して来た!


「ちぃ!」


 ラグは足を広げ、地面に踏ん張りを効かせると、素早く剣を戻しこれを防いだ!

 またも重なる剣。

 その剣越しに、二人は互いに睨みを効かせている。


「踏み込みが甘かったなぁ! 皮一枚斬られただけだよ!」

「そうか、死ぬのが延びただけだな」

「減らず口を!」


 ラグのみぞおち目掛けて、シンは蹴りを繰り出した。

 ラグはチラっとそれを見ると、素早くその場から動き、蹴りを逃れた。

 だが……


「今度はお前が引っかかったなぁぁぁぁぁ!」


 素早く地面を蹴り、シンが迫る!

 あっという間に間合いを詰めると、シンは一気に剣を振り抜いた!

 ラグは体を捩って躱すも間に合わず、左の太ももを、これも皮一枚だが斬られてしまう。


 それを見て、シンはニヤリと笑みを見せた。


「何がおかしい?」

「いや、ようやく捕まえたと思ってな」

「?」

「このグラムが魔剣たる所以、身をもって感じろ」


 シンがそう言うと、ラグの膝がガクン! と折れ曲り、地面についてしまった。

 さらに全身から力が抜け、体中に寒気が走る!

 ラグは混乱した。

 一体何が起こったのか分からなかったからだ。

 それを見て、シンはまた高らかに笑っている。


「クッ、ハーッハッハッハ! 早速効果が現れたか!?」

「くっ、シ、シン! 一体何をした!?」

「簡単さ、今、お前の体中を毒が駆け巡っている」

「……何? い、いつ?」


 そう言い、ラグはハッとして太ももの傷を見た。

 たらりと赤い血が滴っている。

 それを見て、ラグは顔を上げるとシンに視線を向けた。


「……その剣か!」

「その通り。グラムは傷付けた相手の体に毒を送り込むことができる。この毒はな、グラム自身が生み出すもので解毒剤は存在しない」

「……!」


 ラグの背中を、冷や汗が伝った。

 解毒剤がない以上、ラグの体内に入れられた毒を無効化する手段はない。

 あるとすれば、聖剣クラウソラスの加護が浮かぶが……


「言っておくが、聖剣の加護はあまり意味がないぞ」

「……?」

「この魔剣グラムは対聖剣戦用に鍛えられたもの。クラウソラスの加護は無効化される」


 そう言って自信有り気な表情を見せるシン。

 対してラグは苦虫を噛み潰したような、渋い表情だ。

 頼みの綱であった聖剣の加護が使えないとなると、毒が回っている状態でシンとやり合わなければならない。


 ーーさすがにこれは拙い……


 これと言った対抗策があるわけでもなし。

 あるとすれば、毒が体中を回りきる前に決着を付けることぐらいだ。

 だが、ラグが思っている以上に毒が強く、既に膝は力を奪われ、碌に立ち上がることもままならない。


 ーーあざとさだけは尊敬に値するな。


 そう思い、ラグはシンの顔を見上げた。

 既に勝ち誇った、勝者の顔を見せるシンを。


「クックック、お似合いだよ、アトス。まさか、二度も俺の前にひれ伏すとは」

「……俺としてはごめんこうむりたいがな」

「ははは! 口だけは変わらず達者だな! 昔からそうだった! お前はいつも見透かしたような面でしゃあしゃあと綺麗事を並べていた!」


 突然、シンの声に荒さが現れた。

 表情も一変し、眉間に皺がより、怒りを露わにしている。


「お前はいつもいつも周りにチヤホヤされていた! 俺の方が、能力は上なのにいつもお前だけが! 分かるか、俺の気持ちが! 勇者として未来を約束されていたのに、横から掠め取られた俺の気持ちが、お前に分かるのかぁぁぁぁぁ!」


 シンの話をそこまで聞いてラグはようやくピンときた。

 なぜ、シンがこんなにも執拗に、ネチネチした話をしてくるのか。


 ーーこれは嫉妬だ。


 自分より能力が劣る者が勇者に選ばれたという劣等感。

 自分こそが勇者に相応しかったという傲慢さ。

 本来ならば、自分が周りから祝福される筈だったという妬み。


 シンが彼に長年抱いてきた気持ち。

 それまではシン=親友というベールに包まれており、全く分からなかった、シンの暗くて黒い腹のなか。

 皮肉にも、それをようやくラグが理解することができたのは、()()()()()()からだ。


 殺されなければ、シンの心の奥底など分かる筈もなかっただろう。

 そしてもう一つ分かったことがある。


「なるほどな……」


 ラグは聖剣の先を地面に突き刺し、それを杖代わりにようやく膝立ちになったところだった。


「よく分かった」

「何がだ?」

聖剣クラウソラスがお前を選ばなかった理由を、だ」

「……貴様ぁぁぁぁぁ!!」


 ラグがそう言うなり、シンの顔には憎しみが溢れ出してきた。

 もはや人間ではない。

 獣に程近い形相になっている。


 だが、ラグはそんなこと気にも留めない様子で、フラつきながらも何とか立ち上がることができた。


「そんな歪みまくった性格の奴に握って欲しくなかったってことだな」


 ラグはそう言って口元を綻ばせた。


 ーー


「フェ、フェルディナント様! もう、おやめ下さい!」


 私の胸元が熱い。

 そりゃそうだ、スッパリと斬られているんだから。

 血も流れている。

 痛い、泣きそう、目眩がする……

 けれど、止めなければと思った。

 この人を。この男を。


 私の目の前で、私の主人を斬ろうと剣を高らかに持ち上げたこの野郎を!


「離せぇ! この死に損ないがぁぁぁぁぁ!」

「離しません! お、お嬢様! 早く行ってください! そこの二人もじきに起き上がってきます!」

「で、でも、エリーは!?」

「お嬢様!!」


 逃げろと言っているのに、戸惑ってそこから動こうとしないお嬢様に向かって、思わず声を荒げてしまった。

 そして、フェルディナント様は右腕に組み付いた私を引き剥がそうと、あれこれ腕を動かしたり私を殴ったり、必死な様子だ。


「行って下さい! 早く! 何のためにここまで来たんですか!?」

「離せ、離せぇぇぇぇ!」


 チラッとだが、フェルディナント様の右手に握られていた剣がなかった。

 どうやら、私が組み付いていた際。

 引き剥がそうと腕を動かしている間にどっかへ飛んでいってしまったようだ。

 何たる強運。

 剣がなければ、暫くは時間が稼げるのではないだろうか?


「離せと言っている!」


 しかし悲しいかな。

 万全の体制であればまだ良かったが、今の私は胸元を(恐らく皮一枚だが)スッパリ斬られて出血している手負いの犬だ。

 力及ばず(万全であっても時間の問題だな)、フェルディナント様に強引に投げ飛ばされてしまった。


「うぐ!?」


 しかも近くにあった木の幹に背中を叩きつけられてしまい、息が詰まってしまった。

 目眩が酷くなる。

 頭がクラクラする。

 何とか頭を上げようとした時。

 ムンズと胸倉を掴まれてしまった。


「……おい、従者」


 フェルディナント様が目の前で眉毛をヒクつかせながら私を見下している。


「な、何でしょう? フェルディナントさ……」


 ガス!

 私の左頬に鈍い痛みが走った。


「……っつ!」


 ガス!

 もう一度、同じ場所に同じ痛みが走る。


「お、お兄様! やめて! やめてーー!」

「この俺にとんだ恥をかかせてくれたな。ええ?」

「は、恥? 恥なのですか?」

「あぁ、恥だ。まさか貴様如きにしてやられるとは」


 そしてまたガス! とパンチが叩き込まれた。

 今度はかなり強烈だった。

 口の中を切ったのだろう、血の味と匂いが口の中に広がっていく。


「そ、それは、申し訳……」

「思ってないだろう?」


 今度は腹だった。

 ボス! と顔よりは柔らかい音だったが、私は込み上げる嘔吐感と痛みを堪えるのが精一杯だった。

 あと、「……っう!」といううめき声が漏れる……


「ふん! 汚れた奴隷上がりが。付け上がるなよ!」


 胸倉を掴まれてサンドバックよろしく、ボディブローを数回打ち込まれた後、膝をつく私。

 その胸元に今度は……


 靴裏が飛んでくる。

 まさか蹴りを叩き込まれるとは思ってもいなかった……


「……っ!?」


 肋骨がメリメリいう音が体の中から伝わってくる。

 私は苦痛に顔を歪めながら、胸元を手で押さえてうずくまる。

 が、応酬は止まらない。

 私がうずくまると、見えている部分に蹴りが叩き込まれてくる。

 ギシギシと肋骨が軋み、その内に「ボキリ」という嫌な感触と激痛が私を襲った。


「ー! あぐ、うぅ!!」


 もう呻き声がどうとかの問題ではない。

 痛みが強すぎて声すら出ない。

 地獄だ。

 耐えきれなさそうなほどの痛みが押し寄せてくるのに、思いのほか耐えられるのが地獄だ。

 さらに言えば、フェルディナント様は折れた肋骨辺りをガスガス蹴ってくる。


 どこまでネチッこい性格してるんだ、この男は……!


「そらそらそら! さっきまでの元気はどこへ行ったーー!?」

「もうやめて、お兄様! エリーを離して!」

「全っ部お前のせいなんだからな、アリシアーー!」


 私を蹴りながら、フェルディナント様は叫んだ。


「どうしてお前はいつも俺を抜いていく! 俺の想像を超える! なぜお前なんだ、なぜカムリ家はお前が継ぐんだ!?」


 そのうち、蹴りが背中へと変わった。

 いや、蹴りというより踏み付けているといった方が正しいか。

 どちらにしても痛いのは変わらない。

 が、背骨は案外丈夫であることを実感した。

 うずくまっているのは変わらないが……


「カムリ家を継ぐのはこの俺だ! なのにお前ときたら、俺より外交の才能があって、俺より人望があって、俺よりも頭がキレるだとぉ!? お前などいなければ、すべて俺のものだったんだ!」


 さすが実の兄。

 アリシア様のことをよく理解していらっしゃる。

 そして、このやり取りを聞いていて一つ分かったことがある。


「お前が俺から全てを奪ったんだぁぁぁぁぁぁ!!!」


 私はうずくまったまま、フェルディナント様の足を掴んだ。


「エ、エリー!?」

「な、何だ貴様ぁぁぁぁぁ! 今更何だと言うんだぁ!」


「フェ、フェルディナント、様……」


 私は口から血を垂らしながら、痛みを堪えながら顔を持ち上げ、フェルディナント様を見上げた。

 そしてニヤッと笑い、


「みっともないですよ、男の嫉妬なんて……」


 と鼻でフッと笑ってやった。


 フェルディナント様の顔から表情が消える。

 そして、私の顎の下から脳天を貫く程の衝撃が走り。



 私の意識はそこで途切れてしまった。



これは嫉妬と言うのだろうか?(-。-;

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[一言] お嬢様も泣き叫ぶばかりじゃなくて攻撃しろよと。探せばどちらかが使っていた剣が落ちてたり、普段使いのナイフとか、最悪でも足元に石くらいあるでしょうに。粘着糞兄貴がせっかくエリーを甚振るのに熱中…
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