駆け抜けるアリシア
拙い文章ですが、よろしくお願い致します。
「お兄様! 剣をお納めください!」
「父を殺した不届きものが! 今さら何を言うか!」
フェルディナント様は声を荒げ、その切っ先をお嬢様に向けた。
「お止め下さい、フェルディナント様! お嬢様はあなた様の妹でございますよ!」
私は咄嗟にお嬢様とフェルディナント様の間に、手を広げて割り込んだ!
だが、目の前には剣の先が……
こ、怖い……
けれど、ここで引くわけにはいかない!
「ふん、奴隷上がりの従者か。そこを退け。俺はアリシアに用があるのだ!!」
「お止め下さい! これ以上、カムリ家の名を汚されるおつもりですか!」
「なぁにぃぃぃぃ……!?」
私がそう口にした途端、フェルディナント様の顔が酷く歪み始めた。
「貴様ぁぁぁ、今何と言った?」
「私は……、ただこれ以上カムリ家の立場を悪くされたくないだけで……」
「奴隷上がりの従者如きが、偉そうなことを言うなぁぁぁぁぁぁ!」
フェルディナント様は絶叫に近い声を上げながら大きく剣を持ち上げた!
ーー来る!
そう思った私は、腰に下げた剣に手を伸ばしそれを抜いた!
「お嬢様! お下がり下さい!」
「ふん! 従者如きが!」
私目掛けて、フェルディナント様は剣を振り下ろす!
私は剣を両手で握ると、額の正面に刀身を横一文字にして突き出した!
そこへフェルディナント様の剣が当たり、
ガキィィィィィィィン!
と鈍い金属音が鳴り響いた!
「っく!」
私は思わずうめき声を上げてしまった。
当然だが力の差は歴然。
姿勢を低くして何とか堪えることは出来ている。
が、所詮男と女だ。
ズイズイと力を込められれば、それに負けて後ろへと押されていく。
「生意気に剣など持ちやがって! 従者如きが!」
「私は……誓ったのです……! お嬢様を、お守り……すると!」
力を振り絞りながらフェルディナント様の押しを堪えていると、突然、フッと軽くなった。
「え……?」
思わずフェルディナント様を見上げると、フェルディナント様は押し付けていた剣を引いたところだった。
何故、急に剣を引いたのか?
その答えはすぐに分かった。
フェルディナント様は剣を思いっきり頭の向こうまで引くと、ニヤリと笑った。
それを見た途端、私の背中にゾクリと悪寒が走る。
その笑い顔が、とてもいびつに見えたからだ。
まるで、人間じゃないような、そんな笑い方……
フェルディナント様は、目元を細め、口先を尖らせた。
「斬り刻んでやる……!」
フェルディナント様はそう呟くと、振り上げた剣を懐に戻して構え、素早くその先を突き出してきた!
私は初撃は何とか躱した。
だが、二撃目は私の右の脇腹を掠める。
皮一枚といったところか。
鋭い痛みが伝わり、私は思わず顔をしかめてしまった。
「おいおい、これはほんの小手調べだぞ?」
フェルディナント様は私の様子を見て、そう惚けている。
何てことだ。
私は弄ばれているのか……?
「そら! 行くぞ、素人ぉぉぉ!」
フェルディナント様は素早く次撃を繰り出してきた!
上下左右から迫る攻撃!
このままではただ斬られて死ぬだけだ!
そう思い、私は咄嗟に構えを取った。
ラグ殿にとことん仕込まれてきた、中段の構えを……
「くはははは! 何だ、それは? 中段か? やはり素人だなぁ!」
フェルディナント様はそう息巻きながら攻撃を繰り出してくる。
私は目の先まで上げた剣先越しにそれを見る。次撃は……右斜め上から来る!
私は右斜め上目掛けて剣を振る!
キィン! とフェルディナント様の剣を弾いた!
「え?」
「何!?」
一瞬だが、私たちの動きが止まった。
私の剣が、フェルディナント様の剣を弾いたのだ。
「くっ! 偶然だぁ!」
フェルディナント様は低い声でそう唸ると、今度は横に薙ぎ払ってきた。
私はスーッと剣先を動かし、私の横に添える。
すると、そこにフェルディナント様の薙ぎ払った剣が走ってきた!
これも弾くことができた。
「ちぃ! まぐれがそう続くと思うなぁ!」
目が血走り、叫び声を上げるフェルディナント様は、次々と攻撃を繰り出して来る。
だが、不思議なことに、それが全て見えるのだ。
フェルディナント様が攻撃を繰り出す度、その軌道が分かり、そこへ剣を差し出す。
剣は剣を弾き、全く私は寄せ付けない。
どうやらそれがフェルディナント様をなお煽ったようだ……
「この従者がぁぁぁぁ! 生意気な真似をしやがってぇぇ!」
と激昂し、手数を増やして行く……
「うっ、くっ!」
増えた手数に対して、私も剣を出しこれを防ぐ。
不思議だ。
手数は増え、凌ぐのに一苦労はする。
だが、見える。
フェルディナント様の攻撃が見える。
「何故だ! 何故当たらん!?」
フェルディナント様の手数は増えつつも、私は何とかそれを凌いでいる。
どうしてか分からないが、フェルディナント様の剣が朧げながらも見えるのだ。
私目掛けて迫って来る刃を、それこそ私は皮一枚で凌ぐ程度だが、躱している。
未だ、致命傷には至っていない。
「小癪な! これでぇぇ!」
フェルディナント様は一旦剣を引き、体を大きくよじった。
ーー強力な一撃が来る!
私はそう読み、姿勢を低くしつつ、中段の構えを取り直した。
「死ねぇぇぇぇぇ!!」
体を元あった位置に戻すその勢いに合わせて剣を振り抜き剣速を上げる。
そんな攻撃をフェルディナント様は仕掛けてきた!
剣が空を斬り裂く音が私の耳に届く。
今までの比にならない程の速さで私に迫る!
当たれば恐らく死ぬか、良くて致命傷。
しかし、言い換えれば、ただの大振りだ。
力任せでなりふり構わず薙ぎ払われる剣など、もはや剣をやみくもに振り回しているに過ぎない。
そう捉えた私の目に移る剣。
私は切っ先を地面に向け、その背面に空いている手を添えた。
剣は縦に一文字の形になる。
そこに、フェルディナント様の薙ぎ払いが叩き込まれてくる!
剣と剣がぶつかり、折り重なり、十字を象った!
「な、何だと!?」
「っく! ぬぅぅぅ!!」
フェルディナント様は驚きで顔が歪み、私は攻撃を堪える為に全身に力を込める!
ギリギリと刃と刃が擦れ合い、私たちはその場で膠着してしまった。
フェルディナント様は意地なのか、私の防御を崩そうと力でゴリ押ししてくる。
が、その時、あることに気が付いた。
フェルディナント様が私に気を取られている間にお嬢様たちは逃げられるのではないだろうか?
とは言っても、道の向こうにはフェルディナント様の部下がいる……
やはり無理か、ーーいや待て。
お嬢様がご自身の権力を振りかざされれば、割とあっさり通れるのではないか?
見方によればこの膠着状態はチャンスだ!
チャンスは最大限に活かしたいが……
どうすればいい?
ーー私がいる!
「えっ?」
頭の中に、急に誰かしらの声が響いた。
ーーエリー! 私があの二人を何とかする!
「だ、誰だ!?」
「んん!? 一体何を言っているー!?」
あ、しまった!
つい思わずうっかり口にしてしまった!
フェルディナント様! そう睨まないで!
にしても、誰だ?
何故、頭の中に声が?
ーー念話っていう技。私の一族だけが使える。
話し方からすると、これは……ミトか?
ーーさすがエリー。バカじゃなかった。
……言わせておけば、八歳児が!
……で、どうするんだ?
ーーエリーはそいつを抑えておいて。私とアリシアが二人がいるところを通り抜けたら、私が何とかする。
……
……信用して、いいんだな?
ーーエリー。私はエリーを信じてる。
……言わせておけば……、八歳児め。
よし! これならばこのエリー!
全身全霊を込めて、フェルディナント様を止めてみせる!
私は尚もゴリ押ししてくるフェルディナント様を見据えた。
私と目が合うが、これでもか! と言わんばかりに血走っている。
なんと憎しみに溢れた目なのだろう。
その目を見て、私はなんだか胸の奥がギュッと締め付けられてしまう。
だが、今はそんなことに気を取られている場合じゃない!
私はフェルディナント様の剣をいなすようにして受け流してみた。
フェルディナント様はかなり力を込めている。
そのせいかして、力に流されるまま、剣の切っ先は地面に突き刺さった!
その事に驚いたのか、呆気にとられた表情を見せるフェルディナント様。
それを横目にしつつ、私は素早くフェルディナント様の横を掻い潜ると、フェルディナント様よりも上手に立つことに成功した!
「くっ、こぉのぉぉぉぉ!」
フェルディナント様は私を睨み付けると、地面に刺さった剣を引き抜き、私目掛けて振り上げて来た!
よし、ハマってくれた!
私は後ろに仰け反ってそれを避けると、すぐに剣を振りかぶり、フェルディナント様目掛けて振り下ろした。
さすがフェルディナント様だ。
すぐに剣を翻し、私の剣を受け止めた!
その動作の素早いこと!
是非とも手本にさせて頂きたい!
だけど……
「フェルディナント様……、さすがです!」
「な、何を言っているー!?」
「さすが、よくぞ引っかかって下さいました」
「何をーー!」
「お嬢様! ミト! さぁ、今すぐ!」
私は腹の底からはち切れんばかりに声を絞り出し、叫んだ!
「今すぐここをお通り下さいーーー!」
「な、アリシア!?」
「エ、エリー!?」
「早く! 私の力では、フェルディナント様をこの場に長く留めてはおけません! 早く!」
いくら私が上手にいるからと言って、純粋に力で男性に勝てるはずがない。
ましてや、フェルディナント様の剣の腕前はバルト国でも上位だ。
私ごときが敵う相手ではない。
だからこそ、だからこそ早くお嬢様とミトにはここを通って欲しかった。
「け、けれどエリー! あなたを置いてなど……」
あーもう!
まどろっこしい!
ウダウダ言わずに早く行って下さいよ、もう!!!
「こんな時に何を言っているんですかーー! 早く行って下さい! 早く!」
「で、でも…….」
「アリシア。行こう。エリーのために」
「……ミ、ミト……」
ミトはお嬢様の服の裾を摘み、チョンチョンと引きながらそうお嬢様に告げた。
「エリー、アリシアのために無理してる。だから行こう。アリシア」
そう言うミトの顔を見て、お嬢様は私とミトを何度も何度も振り返る。
その表情は初めこそ困惑されていたが、最後は何かを決意されたかのような、凛々しい表情に変わっていた。
そして……
「ミト! 走りますよ!」
そう言って、お嬢様はミトの手を強く握り締め、その手を引いて駆け出した!
「ぬぅ! アリシア!? 行かさんぞ、行かさんぞぉぉぉ!」
「お嬢様! 早く、早くーーー!」
「この従者がぁぁぁぁ!」
私が必死にフェルディナント様を抑え込んでいる横を、お嬢様とミトは足早く駆け抜けていく!
私はそれを横目で見送っていた。
正直、その時のお嬢様の顔なんてろくに見てもいない。
だが、きっと駆け抜けるその時まで私のことを考えていらっしゃったのだろう。
それがアリシア・カムリというお人なのだ。
「ぬぅ! 貴様らーー!」
お嬢様が駆け抜けていくのを見て、フェルディナント様は更に上の方にいる部下に向かって叫んだ。
「アリシアを止めろーーー!」
「お嬢様ぁぁぁぁぁ!」
フェルディナント様と私の叫び声が重なる。
お嬢様とミトが走る!
向かう先には、二人の剣士が慌てふためいた様子で立っている。
何とか、何とか切り抜けてくれ!
「あー! あっあっ、アリシア様!」
「ここはお通し出来ません!」
そう言って立ちはだかる剣士!
お嬢様はその二人を前に毅然とした態度で言い放った。
「下がれ! エンリケ・カムリのムスメ、アリシアがそこを通るのだぞ!」
だが、二人はどこうとしない!
ちょっとギクシャクはしているようだが……
「下がれ! そこを通しなさいー!」
「いや、そんなこと仰っても……!」
「フェルディナント様の命令で、ここはお通し出来ないのです!」
「いいからどいて! どいてーー!!」
お嬢様が絶叫にも思えるような声を張り上げる!
その側で、ミトがボソリと囁いた。
「アリシア、目を閉じて」
「え? ミト?」
「いいから閉じて」
「あ、は、はい!」
八歳児に促されてお嬢様が目を閉じると、
「光よ弾けろ。シャイニングレイ」
ミトがそう言うや、私の後方が妙に眩い光に照らされた!
私は背中を向けていたからそうでもないが、正面に視線を向けていたフェルディナント様は目を閉じていた。
シャイニングレイとか聞こえたが、恐らく光を司る魔法の一種だろう。
その光の強さに、フェルディナント様は思わず目を閉じてしまったのか。
近くにいた二人の剣士はもっときつい光を目に浴びただろうな。
「アリシア、今だ! 行こう!」
「え、えぇ、ミト。え、エリー? エリーは?」
私を呼ぶ声が聞こえる。
お嬢様が私を呼んでいる!
振り返ると、剣士二人は目に手を当てて悶絶していた。
お嬢様とミトは二人を通り抜けて坂道を登り続けていく。
そう、そのまま行って!
少しでも遠くへ逃げて!
「お嬢様!」
私はミトに手を引かれながらその場を離れていくお嬢様に向かって叫んだ!
「お嬢様、私のことなど構わず行って下さい! クロノシア国はもうすぐです!」
私の声が届いたらしく、お嬢様は私に振り向きつつ、
「ダメ! エリーも早く! 早くこっちへ!」
と仰る。が、ダメだ。
それはダメなのです、お嬢様。
私がここから離れれば、フェルディナント様が追いかけて行ってしまわれる。
そうなれば、お嬢様は無事ではすみません。
だから、私は……
この場を離れることは出来ないのです!
「お嬢様! 行って下さい! 早くーー!」
「ふざけるなぁ! アリシア、そこを動くなよぉ!」
フェルディナント様は片手で目を抑えつつも、そう叫ぶ。
私の剣を受け止めている先で、恐ろしい形相を見せるフェルディナント様。
ダメだ、絶対に行かせる訳にはいかない!
だが……
「アリシアーーー!」
力敵わず、私の剣は弾かれ、両手は大きく、バンザイの形で開いてしまった。
そして無防備になった私の胸元を、フェルディナント様の剣が斬り裂いた。
一瞬だ。
一瞬のことだった。
私の目の前で、鮮やかな赤色がバッと弾ける。
目の前が真っ赤に染まっていく……
私は、私は……
このまま死ぬの?
ここまでお読み下さりありがとうございます。
合わせて、遅筆で申し訳ありません。
皆さまから頂く評価、感想は大変励みになっております。
今後もよろしくお願い致します!




