宿命の激突
途中、視点が変わります。
宙を舞ったシンは大きく剣を振り被ると、ラグに覆いかぶさるようにして振り下ろしてきた。
ラグは迫るシンに動じず、頭上でクラウソラスを横一文字にする。
そこへ吸い込まれるようにしてシンはグラムの刀身を重ねてきた!
ガキィィィィィィィン!
金属が鈍く重なりあう音が響く!
同時に、ラグの足元が地面に円を描くようにボコリ! とえぐれ、めり込んだ!
「お、おぉ!?」
「なんて剣圧だ!」
それを見ていた剣士団からどよめきが起こる。
「クックック!」
「何がおかしい? シン!」
「まさか、またこうしてやり合うことになるとは。運命とは分からんものだな」
「ほざけ!!」
剣を重ね、表情を歪めているシンを見て、ラグはそう言うと、力任せにシンを押し返した。
シンはその勢いに乗り、そのまま後方へと飛び去ると、剣士団の元まで下降しフワリと着地する。
「シ、シン様!」
「我らも加勢を!」
「必要ない!!」
剣士たちはそれぞれ武器を構えて申し出るが、シンはその申し出を跳ね除けるように、グラムを、握っている手の方向へと薙ぎ払った。
「自惚れるなよ! 貴様ら如きの腕前で加勢とは……笑わせる! そこで黙って見ていろ。それから……」
シンは眉間にしわを寄せて剣士たちを睨み付けた。
「絶対に手を出すなよ。あいつは俺の手で葬るのだからな。仮にそんなことをしてみろ」
シンはそう言って、先程薙ぎ払ったグラムを横一文字に、今度は反対側へと素早く動かした。
そこでピタリと手を止める。
すると、シンの斜め左の方にいた数人の剣士がバタバタと倒れていった。
体の至る所を斬り刻まれ、鮮血を吐き出しながら。
「な……!」
「う、嘘だろ……仲間を……」
「そんなーー!?」
剣士たちの表情が瞬く間に恐怖に歪む。
それを見て、シンは笑うどころか声を荒げて叫んだ。
「こうなりたくなければ、手出しはするな! これは正々堂々、男のプライドを賭けた一騎打ちだ! 最も……」
そこでシンはようやくニタリと口元を歪ませた。
「奴を殺した後は全員殺すがな……」
それを見て、剣士たちの背中に悪寒が走る!
まさか、自分たちがそんなことになるなんて夢にも思っていなかったのだ。
この二人が凄腕というのは、すでに承知の通り。
せいぜい巻き込まれないように離れて傍観する程度かと思っていれば、突然の死刑宣告である。
この時、この場にいる誰もが願ったのは、シンではなくラグの勝利だった。
「さて、ではケリを付けるとしようか」
「ーー戦いの最中によそ見か? 余裕だな」
「!?」
シンが振り向こうとしたとき。
すでにラグはシン目掛けて跳躍し、手にした聖剣を振り下ろそうとしているところだった。
シンは間に合わないと思ったのか、横一文字に薙ぎ払った刀身を強引に背中へと回した。
ラグの攻撃はシンの後頭部目掛けて叩き込まれる!
が、寸でのところで引き戻した剣が間に合い、刃と刃のぶつかり合う音が響いた!
シンの背後で、両者の剣がギリギリと金切り声を上げている。
「ちっ!」
「人が気持ちよく喋っているときに余計な茶々を入れないでくれ、親友」
「誰が親友だ!」
ラグは静かな声でそう言うと、一度シンから離れると姿勢を低くして構えを取った。
シンはゆっくりとラグに振り向き、剣を構える。
その構えは……
「……中段、だと?」
訝しみながら呟くラグに対して、シンは挑発するかのような笑みを浮かべている。
「何のつもりだ?」
「好きだろ、中段が。基本中の基本だものなぁ。よくマーニィに教えていたじゃないか。最も、あいつは基本なんて全く守らなかったがな」
「……それがどうした?」
ラグは飄々としたシンの態度に苛立ちを覚え始めていた。
同時に沸き起こる憎しみや怒り。
それが災いしてか、繰り出す攻撃は力任せの大振りがほとんどだ。
剣の軌跡も読みやすいため、シンは体をヒラリと軽やかに動かしながらこれを躱していく。
「ハーッハッハッハ! どうした、アトス? やけに大振りじゃないか?」
「くうっ! ちょこまかと……!」
そしてラグは大きく真横に聖剣を薙ぎ払った!
当たれば恐らく、胴体が真っ二つになるほどの強さ。
だが、当たればの話だ。当たらなければ、ただの空振りで終わる。
そして例に漏れず、シンには当たらなかった。
代わりに、シンの背中の向こうにある大木がメキメキと音を立てながら二つに折れてしまった。
「おいおい、アトス。俺じゃなくて、あの木に恨みでもあったのか?」
「チッ!」
笑いながら話し掛けるシンに対して、苛立ちを隠せないラグはまた、大振りの一撃をお見舞いする。
だがこれもシンにはかすりもしなかった。
「あーっはっはっは! 力任せに振り回すしか能がないとは! 勇者が聞いて呆れるぜ!
「くっ! いい加減、黙れぇぇ!」
とラグは素早く身を翻すと、その勢いを利用してシンに聖剣を叩きつけた!
しかし……
「ふん、甘いんだよ」
シンは吐き捨てるように言うと、剣を頭上に動かし、ラグの一撃をいとも簡単に受け止めてしまった。
「全く、この程度の挑発に乗ってくるとは。もう少し利口かと思ったがな」
そして、剣を受け止めたまま、ラグのみぞおちに素早く蹴りを入れる!
「ーーう、ぐぅ!」
ラグの顔が苦悶で歪む。
蹴りを入れられた拍子にヨロヨロと後ずさり、その場に膝をついてしまった。
「く、くそっ……!」
「ふん、無様だな、アトス。ところで、お嬢様はどこへ行った?」
「お嬢……様? アリシアのこと、か?」
「そうそう、父親を殺した挙句、罪を償うことなく逃亡した、カムリ家の恥さらしだ」
シンはそう言って顎に指を添えながらニヤニヤしている。
「ア、アリシアは、そんな娘じゃーー」
「人間、心の奥底なんて分からんものだ。案外、お前のことを利用するだけ利用するつもりだったのかもしれんぞ? したたかさだけは抜きん出ていたらしいからな」
「ーー何だと?」
「家督欲しさに実の父親をその手に掛けたんだ。相当にあざとい女だと思うがな」
「シン……、それ以上言うな……!」
ラグの目の奥に怒りが宿り、その目がシンを睨み付ける。
仮にもアリシアはラグの雇い主だ。
一緒に旅をしてきて分かったこともある。
アリシアは簡単に他人を殺せるような人間ではない。
アリシアは誰よりも優しい。
自分よりも他人を優先するほど、相手を思いやることができる。
だからこそ、ミトを助けることができた。
何より、エリーが絶対の信頼を置いているのだ。
ラグにしてみれば、疑うべき余地は皆無に等しい。
それがアリシアに対するラグの評価でもある。
だが、シンの中では違う。
彼にとっては、捕らえ、罰を与えるべき対象にすぎない。
それこそ、命の有無は問わず。
「まぁ、そう怒るなアトス。それより、この国は今大騒ぎなんだぞ。父殺しの罪を背負ったカムリ家の娘。そんな罪深い娘を逃してしまったんだ。娘の兄はこの先どうするんだろうな?」
「何が言いたい?」
ラグはシンに蹴られたみぞおちを手で押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
立ち上がりつつも、シンから目を離すことはなかった。
睨んだままだ。
そのことに気付いているのかいないのか、まるで素知らぬ風に、シンはその口を動かしていた。
「俺はお前たちの逃走ルートを予め想定していた。マーニィやレイアのお陰で、お前がこの旧街道を通っている可能性も高まった。昔のよしみだ、他の奴にお前を殺して欲しくない。だから、追跡隊を立ち上げるときに俺も加わったんだ。ところが、この追跡隊にはな」
そこでシンは意地悪そうに目を細めて言った。
「……お嬢様の兄上も同行しているんだ」
「な、何だと!?」
そう聞いたラグは、慌てて周囲を見回した。
見回したところでアリシアの兄の顔を知っている訳ではないから、剣士たちと見分けることなど出来ない。
だが、思わずそうしてしまったのだ。
それを見て、シンは声を上げて笑った。
「あーはっはっはっはー! 滑稽だな、アトス! 元勇者ともあろう者が、無様な醜態を晒すなんざ、誰が思ったがだろうか!」
「うるさい! アリシアの父親を殺したのはその兄だ! アリシアに手を出させる訳にはいかない!」
「手を? 出させる訳にはいかない? じゃぁ、どうするんだ?」
シンの質問に、ラグは動きを止めた。
「あのなぁ、アトス。確かに兄は同行はしている。だが、ここにはいないぞ?」
「じゃぁ、どこだ? どこにいる?」
「あそこだ」
シンはラグの背中の向こう。
エリーたちが通っていった坂道を指差した。
「万が一を考えて転移の呪符を渡していたんだが、フェルディナントのやつ。クックック……」
「て、転移の呪符だと!?」
「万が一を考えて、だ。仮にもカムリ家の嫡男だからな。何かあったらマズイだろ? 最悪、奴一人でも戻れるようにと保険を掛けていたんだが。可愛い妹の姿を見つけたら居ても立っても居られなくなったみたいだ」
シンは喋りながら、まるで喜劇でも見ているかのような顔で、終始笑みを浮かべている。
ラグはエリーたちが過ぎ去った後の道を見て、奥歯を噛み締めていた。
「くっ、アリシア……、ミト……、エリー!」
「さて! お喋りはここまでにして、俺たちも決着を付けよう! 余り時間を掛けたくはないんだ、俺は忙し…….」
その時だ。
シンが言い終わるかどうかという最中。
重苦しいものがシンの体を駆け抜けた。
ゾクリと背筋が凍り、ブワッと汗が浮かび、伝う。
手足が妙に緊張して、上手く体が動かせない。
辛うじて視線を動かした時……
シンの目の前に、剣を振り被ったラグが……
無表情のラグがそこにいた。
「ちぃ!!」
シンは舌打ちして攻撃を躱そうと身をよじるが、脇腹に激痛を感じると共に、体を何かの衝撃で跳ね飛ばされた。
二度三度と地面を転がると止まり、膝をついて体を持ち上げると、先程までシンがいた場所にはラグがいる。
それが目に入ってきた。
ギラついた目でシンを睨み付けるラグ。
その姿はまるで、悪魔のようなでもあった。
「き、貴様ぁぁぁぁぁ!」
「シン、お前の言う通りだ。お喋りはやめて……」
ラグはシンを見据えたまま、聖剣を構えた。
「さっさと終わらせる。俺にはやるべきことがあるんだ……!」
ーー
私たちを乗せた荷車は、岩肌が剥き出しになり、一層険しくなる道を、辛うじて通っていた。
体に伝わる振動も増し、いい加減尻が痛くなって来た。
そうして座っているのも限界になろうかとする頃。
ーー不意に馬が止まった。
「ん? おい、どうした?」
私は手綱をペシペシと馬の首に当てるが、馬は一向に動こうとしない。
どうしたのかと思い、降りて確かめようとしたその時。
荷車に繋がれた二頭の馬は、膝から崩れるようにして地面に倒れてしまった。
「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」
私は、荷車から素早く降りて馬たちに駆け寄った。
見ると、眉間に矢が刺さっている。
もう一頭も同じだ。
ーーい、いったい誰がこんなことを!?
私はどこかに不審な者がいないか、周囲を見回して探りを入れた。
その時ーー!
「久しぶりだな、アリシア」
突然どこかから話し掛けられ、声が聞こえた方へ私たちは目を向けた。
そこには……
「お、お兄様!?」
「フェルディナント様!?」
あと僅かでもこの坂道を進めば、そこに辿り着けるのではないだろうか?
そんな錯覚を覚えるような距離のところに、二人がよく知る人物は二人の部下を引き連れてそこに立っていた。
その顔は、狂気にも似た表情と言うのだろうか。
とにかく醜く歪み、悍ましい笑みを浮かべている。
ミトはお嬢様の足に齧り付き、離れようとしない。 私は地面に足がくっついたかのように動くことができない。
何故だろう、時間が止まってしまったかのようだ。
「ようやく会えたな。アリシア」
静かにそう言いながら、フェルディナント様は剣を……抜いた!
「せめてもの慈悲。贖罪の時をやろう。感謝するがいい」
そう言ってフェルディナント様が微笑む。
その歪んだ笑みが脳裏に焼き付き、忘れることが出来ない。
それほど、フェルディナント様の笑顔は悍ましかったのだから。
「さぁ、懺悔の時間だーー!」
詰んだ……
私の心の中で、その言葉が響き渡った……
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