憎しみの先にいる者
いよいよ宿命の再開です。
エリーたちを乗せた荷車が坂道を登りきり、その先へ進むところまで見送ると、ラグは足元に剣を突き刺し、落ちた矢を拾い始めた。
だが、ゆっくり腰を下ろして拾うというわけにはいかない。
敵は眼下から迫ってきているのだ。
手早く落ちている矢をすくい取りながら、エリーたちを確認する。
さすがエリーである。
馬の悪路走法はお手の物といったところか。
ラグが考えているよりも速く、三人を乗せた荷車は進んで行き、やがて視界から消えた。
ちょうど坂道を登りきり、下りか平坦な道にでも差し掛かったのだろう。
姿が見えなければ、連中も闇雲に矢を射ることはしない筈だ。
ラグはそう考え、一人頷いてから素早い動作で道端の岩陰に身を隠し、背負っていた弓を手に取って構えた。
それに矢を番えて引き絞る。
剣士団の数はざっと見て百人程度か。
全てを矢で倒すのははっきり言って無理がある。
だが、エリーたちがこの場から遠く離れるまでの時間稼ぎなら十分できる。
ラグは先頭の剣士に狙いを定めると、引き絞った弓を離した。
ーーシュン!
風を切りながら矢は突き進み、狙った剣士の頭部をバシッと貫くと、首ごと弾き飛ばした。
それを見た周りの剣士達は驚き、慌てふためきながら弓を構えて、どこから射られたかを探っているのだが……
その動作は、ラグからすればあくびが出るほどに遅い。
ーーそんな腕で、今までよく生き残れたものだ。
半ば呆れながらも、ラグは狙いを定めて次々と矢を射る。
放たれた矢は、バシバシと剣士たちの頭に刺さり、そのまま倒れる者もいれば、先の者同様、首ごともぎ取られて地面に倒れる者もいた。
剣士たちは敵がどこにいて、どこから矢を射ってくるのかを探ろうと躍起になっているが、ラグは一射する毎に場所を変えている。
同じ場所に留まることなく、違う場所から連続で矢を射るため、剣士たちがそれこそ姿を見せない山賊か何かに襲われていると錯覚でもしてくれれば儲けものである。
それに、ラグの目的は虐殺ではない。
エリーたちと剣士団の距離を少しでも開くための時間稼ぎ。
それがラグの狙いなのだ。
距離が開いても、ラグだけであればエリーたちに追い付くのは容易いこと。
今は少しでも時間を稼ごうと、見えない敵からの攻撃に戸惑っている剣士たちに向けて矢を射り続けている時ーー
ラグ目掛けて、炎を纏った一本の矢が放たれた!
「!?」
見覚えのある攻撃だ。
炎は初めこそボボッと炎が風に揺られる特有の音を放っていたが、速度が増すにつれ、少しずつ形を変えていく。
やがてそれは、鳥の姿となり、その嘴を大きく開きながらラグに襲い掛かってきた!
「くっ!?」
ラグは顔をしかめつつ、隠れていた岩陰から身を乗り出すと、矢を射る前に突き刺した剣の元へと走り、それを引き抜いた。
そして剣を構えると、自分の方へと翼をはためかせる炎の鳥に向かって全力で駆け出した!
「てりゃぁぁぁぁぁぁ!」
クェェェェェ! と叫ぶ炎の鳥とラグの声が混ざる。
その開かれた嘴目掛けてラグは飛ぶ。
飛び上がりながら剣を大きく振りかぶり、衝突する瞬間を見計らって力一杯振り下ろした!
ヒュゥン! と空を切る、口笛のような音がしたかと思うと、ラグは吸い込まれるように炎の中へと飲み込まれていく。
それを見れば、誰もが「死んだ」と思うだろう。
ところがどうか?
ラグを飲み込んだ嘴の先から、炎が散り散りになって消えていくではないか。
それをキッカケに、炎の鳥は動きを止め、火の粉が宙をバッと舞ったかと思うと、チリチリと消えいくように姿を消していく。
消え去った後、そこには片膝を地面に突き、大きく剣を振りかざしたままの姿勢で佇むラグの姿があった。
ーーこの技は……!
ラグはこの技に見覚えがあった。
三年前、共に魔王と戦い、倒し、その喜びを分かち合った者。
かつて無二の親友と信じ、勇者を裏切った、あの男の技だ。
ラグは眉間にしわを寄せ、歯をギリギリと噛み締めた。
その時ーー
「やれやれ、クリムゾンスパロウを斬り裂くとはな」
その声が聞こえた瞬間。
ラグは立ち上がり、声のする方を睨み付けた。
はるか眼下。
弓を片手に、剣士たちを掻き分けながら一人の男が歩み出ている。
男はラグの姿に気がつくと、その口をニヤリと歪ませた。
黒い装束に身を包み、マントを翻らせるその姿は、かつての魔王を思わせるような佇まいだ。
ラグはそれを見て、憎々しげな声を喉の奥から絞り出した。
「ーーシンか……!?」
シンはラグを見上げ、ただニタニタと不敵な笑みを浮かべていた。
「……アトス! 嬉しいよ、まさか生きていたとはな!」
「……黙れ!」
ラグの脳裏に三年前のあの光景が浮かんできた。
ケラケラと笑いながら足を斬るマーニィ。
助けの手を差し伸べれば、顔を逸らすレイア。
そして、ラグの胸に聖剣を突き刺し、あざ笑うシン。
遠ざかる意識の中で感じた、仲間への怒りと絶望。
ラグは怒りで震える手を背中に伸ばし、背中に背負った剣を握る。
鞘に絡みつくようにがんじがらめになっていた鎖がガシャガシャと外れ、地面に落ちていく。
その中から、漆黒の鞘が現れた。
ラグは力を込めて鞘から剣を引き抜く。
「ほう、クラウソラスか……」
シンはラグが手にした剣を見ると、目を細めながら懐かしそうに呟いた。
ラグは眩いばかりの光を放つその剣を両手で構え、体を思い切り伸ばすと同時に、炎を斬り裂いたときと同様、後ろへと大きく振り被った!
「うなれ! クラウソラス!!」
咆哮を上げるように叫びながら、ラグが全力を込めて剣を振る!
斬撃は衝撃となって剣士たちの元へ突き進んでいった!
登って来た道を破壊し、土煙と破片を撒き散らしながら剣士たちの元へ辿り着くと、その動線にいた剣士たちは次々と跳ね飛ばされ、砕かれていく!
後に残ったのは、山肌を大きくえぐり取り、地中深くまで開いた大きな亀裂と、斬撃の動線を外れ、その余りの迫力に地面にへたり込んで動けなくなってしまった剣士たち。
幸か不幸か、斬撃はシンを外れ、その足元のそばを亀裂がポッカリと口を開けていた。
シンの頬には一筋の傷が出来ており、その傷から血が滲むと、シンは指でそれを拭って「クックック」と笑い始めた。
「さすがだな、アトス。相変わらずやることが大雑把だ」
「黙れ、シン!」
シンに向かって声を荒げたラグの顔からは憎しみが溢れ出していた。
そして聖剣を持ち上げ、その先をシンに突きつけると、
「殺してやる!」
と息巻いた!
だが、シンは何故か余裕の態度を見せている。
何か秘策でもあるのだろうか。
シンはラグを見上げながら、
「その言葉。そっくりそのままお前に返してやるよ」
そう言って、腰に携えた鞘から剣を引き抜いた。
鞘から現れたその刀身は、禍々しく、鈍い光を放っている。
「さぁ、勇者でなくなったお前が、その剣をどれほど使いこなせるかな?」
「ほざけ! あの時のようにはいかん! 覚悟しろ!!」
「だから言っただろ。そっくりそのまま返してやるって」
そしてシンはその剣をゆっくりと持ち上げ、構えてみせた。
「どうやって生き返ったか知らんが、もう一度殺してやるよ」
そして、シンはラグに向かって跳躍した!
「この魔剣グラムでな!」
ーー
坂道を登り切り、平坦な道になったところでエリーたちの後方を衝撃が襲った。
思わずエリーは馬を止め、後ろを振り返った。
だが、目の前には山の上からの見下ろす平原と青い空が広がるだけだ。
ーーラグ殿?
「エリー、早く!」
アリシアが動きを止めたエリーを急かす。
「あ、は、はい。申し訳ありません」
アリシアの声でエリーは我に返り、再び馬を走らせ始めた。
だが、エリーの胸を不安がよぎる。
ーーなぜだろう? 嫌な予感しかしない。
エリーの背中に冷や汗が流れた。
ーー運命の歯車が今、重なり始める!
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