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追撃の影

 山を登り始めて半日ほどが経った。


 辺りはまだ暗くはないが、私たちは早めの野営をすることにした。

 暗くなってから野営を始めたのでは、山の変化についていけないそうだ。

 何より、山は平地と違って気温が下がるのが早い。

 なるべく麓に近いところで早めの休憩を取り、日が昇り始めてから目的地を目指した方が効率が良いらしい。

 と、ラグ殿が教えてくれた。


 本当に経験豊かだな、ラグ殿は。


 この山脈の景観と言えば、獣が牙を剥いたような突き出た山肌がいくつもある。

 その山肌を縫うようにしながら、しかし、傾斜が緩やかな、通る者の負担が少なくなるような経路で道が整備されていた。

 更に、他の山と比べて比較的野営がしやすいように整備されているようだ。

 ところどころに道幅以上に広まった場所も多く、ちょこちょこと腰を休めることも出来る。

 何より、道幅が広い。

 馬車が通ることを想定しているのか、はたまた有事の際に隊列を組んだ軍隊が通ることも考慮されているのか。


 まぁ、路面の整備をした者のことを考えても、ずいぶん昔のことになるから今更だろう。

 それよりも、後世にまで残るようなものを手掛けたことについて感謝を述べるべきだろうな。

 この道の整備に携わった者たちの苦労のお陰で、こうして私たちが使うことが出来ている。


「エリー、釜戸を出してくれ」


 ラグ殿に指示されて目的のものを取り出すのも、いつの間にか手慣れてしまった。

 こうして食事を交わすのも、残すところ数回といったところか。

 私たちを国境まで送り届けたあと、ラグ殿はいったいどうするのだろうか?


 釜戸に薪をくべて火を起こす。

 荷車から取り出した鍋を乗せ、皮袋から水を移す。

 水が沸騰するまでの間、私はラグ殿と食事の下ごしらえだ。

 お嬢様とミトはそばで遊んでいる。


 思えばミトは不思議な子供だ。

 八歳だというのに、年齢に似合わずと落ち着いている気がする。

 時折発する言葉も変わっていた。

 たどたどしい発音もだが、ドキッとすることも口にするのだ。

 お嬢様から聞いた話だと、例の魔法使いの女。

 あれが事切れる前に、ミトは「もう黒いものが消えた」と言ったと聞かされた。

 黒いものとはなんのことだろう。

 何かに操られていた?


 あの女は操られて私たちを襲ってきた?


 であるとして、ラグ殿はそれを分かっていたのだろうか?

 分かっていて、殺すつもりだった?


 ーーだとしたら、なんて悲しいこと……


「エリー、沸騰してるぞ」


 ラグ殿が不意に話し掛けてきたのでハッとした。

 鍋を見ると、確かに水がボコボコいっている!

 私としたことが!


「す、すいません!」


 急ぎ私は鍋に下ごしらえした材料をぶっ込んで行く。

 ある程度煮立ったら味付けだ。

 塩、胡椒を振って味を調える。

 簡単な煮込みスープだが、野菜や肉から味が滲み出て、とても味わい深い。

 屋敷にいるころだと、到底考えられない料理だ。

 が、見てくれはともかく、シンプルな料理ほど素材の味が生きるのだろう。

 今では、私たちのこの上ないご馳走となっている。


 夕食が出来たところで日が沈み始めた。

 山脈の向こう。

 平野が広がるあたりを、赤い夕焼けが照らし出している。

 それがどこか切なくて胸を締め付けるものだから、私は眺めつつも、思わず胸元を押さえてしまった。


「エリー、どうした? 苦しいか?」


 それにミトが気付き、不思議そうな表情で聞いてきた。

 私は小さくかぶりを振った。


「いや、なんだか夕日を見ていると……、こう胸が、な」

「……そうか。エリー、病気、違う。良かった」


 とミトはニッコリ笑って見せた。

 それを見て、わたしもおもわず微笑み返していた。


「さぁ、夕食だ。エリー、器に盛ってくれ」

「あ、はい。ただいま」


 このやり取りも、あと何回なのだろうか?


 ーー


 夕食を終えて、後片付けを済ませたらあとは寝るだけだ。

 日が完全に沈み、辺りは静寂と山が包み込む世界へ変わっていった。

 私とラグ殿は、二人とも火の番で焚き火を絶やさず燃やし続けている。

 傍には荷馬車があり、荷物は出発した当初よりも少なくなっていた。

 おかげで全員が荷台に横になっても余裕があるほどだから、ここ最近はみんなで雑魚寝をしている。

 お嬢様とミトは普段通り早々に寝つかれていた。


 私とラグ殿はお互い火を囲んだまま、私は視線をラグ殿へ向けて見た。

 いつも通り、視線を手元に落とし、なにか手先を動かしていた。

 今日は……、矢の先端をナイフで尖らせているのか?


 ラグ殿はこの時間はいつもそうやって何かを準備している。

 おかげで私たちは随分と楽をさせて貰っては来たが……


 そんなラグ殿とはもうすぐお別れである。

 私はかねてより聞きたかったことを聞いてみることにした。


「ラグ殿」

「ん? なんだ?」

「あの、ラグ殿はどうして……勇者になったのですか?」


 私がそう口にすると、ラグ殿は手を止めた。

 そして、そのまま視線を天に向けた。

 星がいくつも瞬く、夜空へと。


「どうして勇者になったか、か。どうしてだろうな。俺より優れた奴は他にもいたんだがな」

「優れた、人?」

「勇者適性と言ってな。よく分からんが、勇者になるためには、その適性を見極めるための儀式が必要なんだが、俺自身、そんなに高い方じゃなかった。今にして思えば、適性と適格は違うということなんだろうな」


 うー、ラグ殿……

 なんだか頭がこんがらがってきたよぅ……


 私が一人頭をひねって考え込んでいると、ラグ殿は「フッ」と笑った。

 初めて見る、ラグ殿の笑顔らしい笑顔……


「あまり難しく考えるな、エリー。考えたところで答えが出てくる訳じゃない。それに、適性が高いからと言って必ずしも勇者になれる訳じゃない。適性はあくまで判断基準だ」

「はぁ……そうなんですか?」


 そう返すが、もちろん意味は分かっていない。

 私はかなり頭が悪いな。

 ラグ殿の言っている意味がさっぱりだ。


「そんなことより、今のうちに寝ておけ。休めるうちに休むことは大切だぞ」

「あ、わ、分かりました。四刻程したら起きますので、その時はラグ殿も休んで下さい」


 私がそう言うと、ラグ殿は再び視線を手元に向けつつ頷いた。

 私は火のそばをそっと離れて荷車の荷台に乗り込む。

 お嬢様たちを起こさぬよう、静かに横になった。

 山の夜は寒い。

 しっかりと毛布を首まで被り、目を閉じた。

 すると浮かび上がる、先ほどのラグ殿の笑顔……


 やだ……ドキドキする……


 そして目を開け、また閉じる。


 そんなことを繰り返しながら、やがて私は眠りについた。



 ーー



 日はすっかり登り、山からの雄大な景色は遠くまでしっかりと見渡せた。

 相変わらず、お嬢様と私、ミトのポジションは荷車の御者台の上だ。

 ラグ殿はその後ろ。

 殿しんがりをして下さっているが、実はラグ殿の馬は山に入る途中で置いてきた。


 はじめは馬がいた方が良いのではないかと進言したが、実際に山を登り始めると、馬と徒歩での速さは同じくらいだ。

 むしろ、馬では登りづらい道に差し掛かることもあるかもしれない。

 荷車にはまだ荷物が載っているのと、私たち三人がいる。

 ミトを連れての山越えは正直歩きでは厳しい。

 そのため、行けるところまでは荷車を引いていき、そこから先が難しくなれば、馬の鞍に荷物を載せれる限り載せて、馬を引いて進むつもりだ。

 ラグ殿のように単身であれば、逆に馬は足手まといになる可能性もあるということだが、単に動きやすいからというのもあるだろう。


 ラグ殿は時折後ろを振り返りながら、後方を警戒しつつ、私たちの後ろを付いてきている。

 なんとも頼もしく、心強い。


 そして昼に差し掛かろうとする頃。


「!?」


 ラグ殿は後ろを振り返りながら剣を抜いた。

 私も何かを感じた。

 この背中に走る悪寒がきっとそうだ。

 私は嫌な予感がして後ろを振り返った。


 その時ーー!!


 私たちよりも下の方から、無数の矢が弧を描きながら飛んで来たのだ!

 私たち目掛けて!


「ちっ! 聖領域サンクチュアリ!」


 ラグ殿が剣を頭上に掲げてそう叫ぶと、薄ピンク色の幕がラグ殿の掲げた剣から溢れ出し、私たちを包み込んでいく。

 そこへ矢が雨のごとく降り注ぐが、全てその壁が弾き返した。

 私たちの周りには、浮力を無くした矢がポトポトと落ちて行く。


「……来たか!」


 ラグ殿がそう呟くと、私たちの進んで来た道の向こうに何かうごめくものが見えた。

 あれはーー





 ーー剣士団!?

 それも相当な数がいるぞ!?


 それが見えたのか、ラグ殿が舌打ちをした!


「エリー! 先へ進め! ここは俺が食い止める!」

「し、しかし、あの数……ラグ殿だけでは!?」

「俺に構うな! お前たちは先を目指せ! クロノシアはもう目の前だ!」

「……ラグ殿……」


 そして、ラグ殿は荷車の荷台に手を乗せると、


「俺の仕事はお前たちを守ることだ! 行け! お前たちの使命を果たせ!」


 ラグ殿の、その決意に満ちた表情を見て、私は下唇を噛み締めた。

 出来ることなら一緒にいたい。

 だが、私は旦那様に誓ったのだ。


 何があってもお嬢様をお守りすると!


 私は目頭が熱くなり、鼻の奥がツーンと痛むのを堪え、前を向いた!

 そして、私たちの前に立ちはだかる、凹凸だらけの、悪路とも言える道を睨み付けた。


 今はこの道を駆け上がるのみ!

 この程度の路面なら、少しばかり馬を走らせても問題ない!

 旦那様に、ひたすら悪路を走らされた甲斐があった!

 おかげで、ある程度の目算がつけれるようになっている!


「お嬢様! 行きますよ!」

「エ、エリー!」

「馬を走らせます! お嬢様、ミト! 何かに捕まって!」


 お嬢様とミトに口早にそう伝えると、私は手綱で思いっきり馬の首を叩いた!

 馬が嘶きで応え、この坂道を駆け出した!


「行くぞぉぉぉぉ!」


 そう叫びながら、私たちを乗せた荷車を先へ進める!


 ーークロノシア国まであと少しだ!

 馬よ、それまでもってくれ!!


 そして、ラグ殿!





 どうか……!



  ーーどうか死なないで!



ここまでお読み下さり、ありがとうございます!

皆様からの評価、感想は大変励みになっています^_^

今後もよろしくお願い致します^_^

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