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クロノシア国まで、あと少し……

 お嬢様と首都にあるご実家を脱出しておよそ一ヶ月。

 私たちはついにここまで来た。


 思い返せばなんと波乱に満ちた行程であっただろう。

 お嬢様に至っては前途多難、ご苦労が重なったに違いない。

 なにせ、旦那様より家督継承を申し付けられ、こともあろうにそれがフェルディナント様の逆鱗に触れたのだ。

 挙句に懸賞金まで懸けられることになろうとは。


 こうなったのも元はと言えば……



 ーーあぁ、今更でございます。旦那様……


「ついに……ここまで来たのですね」


 お嬢様は悠々とそびえる山脈の頂きを見上げながら、静かに呟かれた。


「えぇ……」


 私は声にならない返事と共にお嬢様から山脈の頂きへと視線を変えた。


「ここまで来ればもう少しだ。先を急ぐぞ」


 ラグ殿。

 あの件から、私はラグ殿をしっかりと見ることが出来ない。

 二人の間に何があったのか。

 なぜ、二人が戦わなければならなかったのか。

 お互いが想いを寄せていたのかどうかすら、聞くのもはばかれる。


 ただ、あの日。

 あの雨の中。


 ラグ殿は、あのレイアという魔法使いの亡骸を胸に抱いて涙を流していた。


 それは、間違いないと思う。


 ラグ殿。

 あなたは一体、どれほどの悲しみの中を歩いて来たのですか?

 生きてきたのですか?


 私にその悲しみの一部を背負うことはできるでしょうか?


 いや。

 いやいやいや……


 何を言っているのか、エリー。

 ラグ殿はお嬢様が雇われた護衛だ。

 私たちをクロノシア国境まで届けて、晴れて契約満了となる。

 それだけの関係なのだ。

 分かっていることなのだ。


 なのに、なぜ?

 なぜ、ラグ殿の背中を、後ろ姿を見るだけで胸が締め付けられるのか?


 確かにラグ殿は信頼できる方だ。

 剣の腕前は超一流だし、その場の判断だってすごく速い。

 クロノシア国までの計画だって、ラグ殿が全て計画してくれた。

 私の剣の稽古だって付き合ってくれた。


 とても頼りになる人だ。

 できればこのまま、このまま離れることなく……




 そこで私はハッとした。

 そして、「そうか」となぜか納得してしまった。

 私はラグ殿と離れたくないと思っている。

 もっと一緒にいたいと思っている。


 できればこのまま、ずっと……


 いやいや、とまた、私は被りを振った。


 ラグ殿は護衛だ。

 私はお嬢様の従者、召使いだ。

 立場をわきまえる必要がある。

 仮にお嬢様とラグ殿がそんな関係になったとしても、私はそれをひっそり片隅で見守るべし!


 そう、それが正しい!

 私はただの従者だ。

 それを、忘れては……


 忘れてはいけない……


 私は一旦落とした視線を前に戻した。

 クロノシア国へと伸びる、街道ではないもう一つの道。


 街道であればキチンと整備された道がクロノシアまで続いているが、私たちが進んでいる旧街道は荒れた山道だ。

 それでも馬車は何とか通ることができる。


 あと少しの行程。

 クロノシア国まで、あと少しだ。


「ラグ様」


 お嬢様がラグ殿を呼び止めた。


「なんだ、アリシア?」

「本当にありがとうございます」


 お嬢様は荷車の御者台の上で座ったまま、頭を下げられた。


「まだ着いちゃいない。頭を上げろ」


 ラグ殿はお嬢様に向かって相変わらず無愛想で、しかし口元は少しはにかみながら、そう話し掛けている。

 それがなぜか私の胸をチクッと刺した。


「ここまで来れたのはラグ様のお力添えがあればこそ。私たちだけでは無理でしたわ」


 ね、エリーと私に向かってるお嬢様はウインク。

 お嬢様、私、なぜか素直に「はい」と返事が出来ません……


「俺だけの力じゃない。エリーもいた。ミトもいた。アリシア、お前の助けになりたいと思う者がいたからこそ、ここまで来れたんだ。俺はそう思う」


 そう言ってラグ殿はまた、進行方向をむいて馬を歩かせた。

 お嬢様、なぜそんな意地悪そうな微笑みを浮かべていらっしゃるのでしょうか?

 ここに来て悪役令嬢とかやめて頂きたいのですが……


「ねぇ、エリー」


 とお嬢様は小声で話し掛けて来られた。


「このままクロノシア国に着けたら、ラグ殿に正式に申し入れをしようと思うの」

「んももももも! もう、申し入、モゴモゴ!」

「声が大きいですよ、エリー!」


 私は思わず声を荒げてしまいそうなったが、お嬢様が私の口を塞がれることで難を逃れた。

 しかし、まぁ、なんと、大胆な……


「エリー、ちょつ……勘違い、していません?」

「何をですか?」

「ですからその、申し入れのこと……」


 今度は私が意地悪地味た笑みを浮かべる番だ( ̄∀ ̄)


「お嬢様もすみにはおけませんねぇ……、まさかラグ殿を……」

「え、えぇ、そうです、分かりますか?」


 ザッツライトでございます、お嬢様。

 ほらほら、そんな、顔を赤らめるなんてウブですねぇ……


 私も経験ないですけどね……


「分かりますよ、お嬢様。ラグ殿はきっとお嬢様の期待に応えて下さる筈です!」

「エリー! そう思いますか!? 本当にそうなったら、どんなに頼もしいか!」


 そうでしょう、そうでしょう!

 きっと頼り甲斐のあるご主人になられますよ!

 そうなるとカムリ家はますます武勇に優れた家系になりますね。

 政策はお嬢様がいらっしゃるし、向かうところ敵なしではないですか?

 きっと二人のお子はとても才ある将来を歩みそうですね。


 むぅ、カムリ家が栄えることになるのは嬉しい反面、なんだか……


 なんだか胸がキュウッと締め付けられる……


「それでは、母の実家に着いたらラグ様に進言致しましょう!」


 そうですね、それがいいですよ。

 私の胸の傷が浅いうちにお早く……


「カムリ家専属の剣士として、将来の子供たちのお目付役、指南役として我が家に招きたいということを!」


 そうですよね、やはり将来の……?


 は? お目付役? 指南役?


「あれ? お嬢様?」

「どうかしましたか? エリー」

「いえ、その、ラグ殿は……」

「ラグ様がどうかされたの?」

「あ、いえ……」


 わぁ、私としたことが……

 もしかして、お嬢様の発言で思いっきり勘違いを……?

 そう考えると、急に恥ずかしくなり、顔の辺りがこう、熱く……


「あら? エリー、顔が赤いですよ? どうかしたのかしら?」


 と唇に指を沿わせるお嬢様。

 その意味深な微笑みが正直怖い……


 ……お嬢様、それはフリですか、それとも本気マジですか?


 違う意味で背筋に悪寒を感じつつ、あと僅かとなった国境を目指していく。




 ーー追っ手がすぐ後ろまで迫っているとは、この時の私たちは全く考えてもいなかった……







ついにクロノシア国の手前までやってきました。

ここまでくればあと少しですが……


ここまで応援して頂き本当にありがとうございます!

皆さまからの評価、感想はとても励みになっています!

今後もよろしくお願い致します!

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