追撃のシン
タイトルに既視感を感じますが……
最終章の幕開けです!
フェルディナントがバルト国の首都より出征して約一週間が過ぎた。
アリシア一行と違い、フェルディナント率いるバルト国剣士団とシンは、主たる街道を通りクロノシアを目指していた。
旧街道と違い、しっかりと整備された路面は馬も歩き心地が良いのか、ご機嫌な調子で前へ前へと進んでいた。
剣士団はおよそ百名ほどの隊列を為して行軍している。
剣士団の人員はおよそ千人に登るが、あまり人員を掛けすぎると国防に支障が出る。
ましてや、行軍の目的が妹の捜索だ。
団長や周囲に嫌な顔をされるのは目に見えて分かっていた。
それでもこの人数なのは、万が一を考えてのこと。
例の剣士……、ラグの存在は既に剣士団内に知れ渡っていた。
噂通りの腕前とすれば、この人数で果たして足りるのかと懸念してしまう。
見方によっては、人数を掛けすぎなのが返って効を奏し、打ち取れるかもしれない。
ただ剣を振るうだけのはずが、周囲の顔や出征するだけで動く莫大な費用や予算などを考えなければならないかと思うと、フェルディナントはため息しか出てこなかった。
「俺は国を守るために剣士になったんだ」
これはフェルディナントの口癖である。
が、これを口にしていたのはもはや過去のこと。
現在の彼は権力という形の見えない業にまとわりつかれた亡者のようになってしまった。
一行は街道をクロノシア方面へ進みつつ、横道に逸れていく。
足元は整備はされているが、少しずつ風景が変わり、どこか寂れた、人恋しい雰囲気へと変わっていった。
「おい、俺たちはどこに行くんだ?」
四週間程前に首都近くの森でアリシア一行を取り逃がした剣士の一人。
マイアックが同僚に尋ねた。
「あぁ、どうやら旧街道を目指すようだな」
「旧街道だって!?」
集団行動だから大声を出せばすぐに目立ってしまう。
マイアックは声を殺して、しかし心の底から驚いたような素振りを見せた。
「俺たちは街道を進んでいたのに、どうして旧街道を通るんだよ? 回り道じゃないか!」
「さぁな。フェルディナント様じゃなくて、第三軍のシンが提案したらしい」
「提案って……」
マイアックは全体の後方よりの位置で馬に跨っていた。
行軍も百名ほどとなればなかなかの列になる。
マイアックは先頭集団に目を走らせ、首を傾げた。
ーー何考えてんだかなぁ。第一、本当にアリシア様がカムリ卿を殺したのかよ?
訝しげな目でフェルディナントの背中をマイアックは追い掛けていた。
そうして横道を進み、二時間ほど経った頃。
そろそろ休憩の合図が出されようかと思ったとき、一行は両側が切り立った崖のようになった道に出くわした。
剣士たちはそれぞれが方々に視線を走らせている。
切り立った絶壁の高さはおよそ二階建ての家一件程の高さだ。
もし、この高さから狙撃されればひとたまりもない。
そんなことを考えつつ、マイアックたちは壁の間の細い道を、周囲の警戒を続けながら入っていった。
こんなところを、それも壁の上から襲われたら、いくらこの人数でもひとたまりもないだろう。
故に警戒は自分たちの頭より上に向けられるのだが、マイアックの不安は的中した。
「ぐあ……!」
突然、近くにいた同僚がうめき声を上げて馬から転げ落ちたのだ!
「お、おい! どうし……」
マイアックは急ぎ馬を降りて膝をつき、同僚に声を掛けたが、その時異様なものを目にした。
同僚の左頭頂部から右のコメカミへ一本の矢が突き刺さっていた。
それを即座に確認すると、マイアックは叫んだ!
「敵襲ーーー! 敵だぁぁぁぁぁぁ!!」
それをきっかけに、彼らの頭上に雨のように矢が振り掛かってきた!
マイアックはすぐに盾を構えて姿勢を低く取った。
仲間たちも馬から降りると彼同様に盾を構え始めた。
そうすることで、盾の中に自分を隠し、矢が当たらないようにするためだ。
だがこの方法は主に自分から見て正面から対峙する相手には有効ではあるが、背後がガラ空きになってしまう。
そのため、密集隊形を取り、お互いの死角をカバーし合うのだが、こんな狙い撃ちされやすい場所での密集は返って的になりやすい。
例に漏れず、仲間が一人、また一人と、敵の矢に倒れていくのだ。
それは馬も然り。
マイアックはそれを見て奥歯をギリギリと噛み締めた。
チクショウ! このままじゃ殺られちまう!
何か良い手立てはないか?
マイアックが思考を張り巡らせていると、不意に矢の雨が止まった。
マイアックは訝しげに顔を上げた。
なぜ攻撃が止んだのか?
彼の頭を疑問が駆け巡っていた。
「お、おい……あれ、見ろよ」
同僚も不思議そうな顔をしていたが、ある場所を指差してマイアックに話し掛けてきた。
「あれ?」
指が指す方向にマイアックは顔を向けた。
その先には、シンとフェルディナントがいた。
いや、いたのだが様子がおかしい。
なぜシンは頭上にある手のひらを上げているのか?
よく見れば、矢の雨は止んだ訳ではなかった。
止まっているのだ。
自分たち剣士団に向けられた敵の矢は、寸でのところで静止していた。
マイアックは信じられないものを見たという驚きが隠せなかった。
「な、なんだこれ……?」
マイアックだけではない。
盾を向け、密集隊形で防御を取っていた他の剣士たちもそれを見て、アングリと口を開けていた。
そしてシンが掲げていた手を下ろすと、立ち所に矢は地面に落ちていった。
ポトポトと、まるで狙った獲物を見失ったかのように。
「一体、何が……」
マイアックがその光景を目にして一人ごちていると、この渓谷の中に声が響いた。
「突然の歓迎、痛み入る! だが、諸君らの顔が見えなければ礼の言葉も伝えられん。どうか、顔を見せてくれないか?」
シンの声だ。
それにしても、「突然の歓迎」とは何という表現だろうか。
言葉通りと受け止めれば、ある意味皮肉にも聞こえる。
マイアックたちもそう感じたのだ。
当然、彼らを襲って来た者たちも。
その証拠に、両側の切り立った崖の上から、黒い人影が次々と姿を見て現した。
……一目見て、それが賊共であると分かる。
その中でひときわ、体格の良さげな者が一人立ち上がった。
そして声を張り上げた。
「やれやれ、魔法使いでもいるのか? 矢を止めちまうなんざよ。それより貴様ら、バルト国の剣士団だな? こんなところに何の用だぁ?」
なるほど、恐らく奴が賊の首領だろう。
太く、低く、そしてよく通る声だ。
シン同様、この渓谷にドスの聞いた声が轟いた。
シンは口元を綻ばせながら、彼の方を見上げた。
「クロノシア国との国境に所用がある。この道から旧街道に出た方が行程を稼げると思い、通った次第だ」
「国境だと? 何の用かは知らんが、この道は我らグエス団の縄張りだ! 通りたければ通行料を払ってもらおうか!」
そう言い、男は豪快な笑い声を上げた。
それを聞いて、シンはフェルディナントに顔を向けて肩をすくめた。
対するフェルディナントは眉間にしわを寄せながら、男を見上げている。
そして口を開いた。
次はフェルディナントが吠える番だ。
「通行料だと! 我々がここに足を踏み入れた時点で貴様らは攻撃を仕掛けて来たではないか!」
シンは「歓迎」と言い、フェルディナントは「攻撃」と口にする。
シンは相手に譲歩するような口調だったが、フェルディナントは明らかに喧嘩腰だ。
なるほど、彼は外交に向いてはいない。
バルト国の外務大臣の判断は正しかった。
「攻撃とは笑わせる! 貴様らが無断でここに入って来たんだろうが!」
「こ、この不届き者がぁ! 剣士団、立てぇ! 密集隊形を解除、反撃の準備を……」
車両の態度に簡単に激昂したフェルディナントを、シンは片手で制した。
「シン?」
「フェルディナント、どんな問題でも冷静な話し合いと判断が解決を早める。あまり早まった真似をするな」
「だ、だが!」
「ここは俺に任せろ」
そう言ってフェルディナントを宥めるシン。
フェルディナントは些か納得しかねるといった表情だが、シンの説得でその場を引き下がった。
「どうやら気分を害してしまったようだな。申し訳ない。通行料だが、今すぐ工面するのは難しい。代わりと言ってはなんだが、諸君らをバルト国の兵員として招きたいが、それでどうだろうか? 安定した給金もあるし、衣食住も保証できる! 悪い話ではないと思うが?」
なんと、この場でシンは賊共に「軍に入れ」と持ちかけた。
剣士団からどよめきが起こった。
フェルディナントが顔を真っ赤にしてシンに抗議しているのが滑稽に見える。
「シ、シン! 一体何を……!」
「いいから、黙ってろ」
シンの突然の提案に、賊共からもどよめきが出ていた。
まさか、こんなところでスカウトに会うとは思ってもいなかったのだろう。
それもバルト国の兵士として、だ。
中にはそんな暮らしも悪くないという声も聞こえてくる。
が、首領はそれを一蹴した。
「ふざけるなー! てめぇら俺様を舐めてやがるのかぁ!?」
どうやらシンの提案に憤慨したようだ。
首領はフェルディナント同様、顔を真っ赤にして腰の剣を抜いた。
「黙って聞いてりゃ調子のいいことばかり並べやがって! 野郎共、手ぇ抜くな! グチャグチャに斬り刻んでやれぇぇぇぇ!」
首領がそう叫ぶと、「ウォォォォォォ!」と轟きが上がった。
まるで渓谷が揺れるほどの轟きだ。
それを見て、フェルディナントが一瞬ひるんだのが見えた。
「シン……、どうするつもりだ?」
百名余りの剣士団と言えど、状況が悪すぎる。
両側の切り立った崖の上から狙われているのだ。
例え騎馬隊がいたとしても全滅は免れないだろう。
今、剣士団は攻撃をほぼ無防備に受けてしまう状況にある。
シンはこれをどう回避するつもりなのか?
フェルディナントは疑問が拭えない。
「シ、シン!?」
「うろたえるな、フェルディナント。堂々としていろ」
狼狽するフェルディナントをあざ笑うかのようにシンは余裕綽々の態度を見せている。
そして、首領に向かってとんでもないことを口走った。
「我々はある程度譲歩した条件を提案したのだが……、お気に召さなかったかな?」
それがまた、首領の怒りを焚きつけてしまった。
「お気に召すだとぉ!? 何様のつもりだ! 弓隊、構え!」
首領が剣をシンに向けてそう叫ぶ。
両側の崖上から、剣士団に向けて弓が構えられた。
「やれやれ、これだから荒くれ者は」
この危機たる状況の中で、シンはどこ吹く風だ。
「三途の川の駄賃は持ってやるぜ! 弓隊、放てぇ!!」
首領の大声と共に弓がギュッと引き絞られた。
そして、剣士団目掛けて次々と矢が放たれた。
マイアックはもう駄目だと思い、自分たち目掛けて迫る矢から目を逸らした。
フェルディナントは部下に命令し、自分の前に立たせて盾を構えさせようとする。
そしてシンはーー
「聖領域」
と、再び手のひらを頭上に掲げ、つぶやく。
ーー瞬間。
淡いピンク色の幕のようなものが剣士団を包み込み、矢の進行を止めてしまった。
マイアックはいつまで経っても矢が降り注がれてこないことを訝しんで目を開けた。
するとまた、あの光景だ。
ーー矢が空中で静止している。
「ちぃ! またか!」
それを見て、首領は苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをした。
そしてシンが手を下ろすと、また矢はパタパタと地面に落ちていった。
「てめぇら、次を用意しろ!」
「そろそろ遊びは終わりにしようか」
シンはそう言って腰に下げた剣を手に取った。
鞘から抜かれたそれは、禍々しいほどの虹色の光を放っている。
「交渉決裂とは残念だ」
そして両手で持ち、首領がいる崖とは反対方向の崖に向かって、右下から左上へとその場で袈裟に払うと……
途端、崖の上で爆発が起こった。
「うぁぁぁぁぁ!」
「ギャァァァァァァァァ!?」
その爆発は連鎖的に起こっていった。
よく見れば、崖の上で爆発が起きているのではなく、その場にいる賊共が破裂し、爆散していた。
飛び散る肉片、響き渡る断末魔。
阿鼻叫喚の景色を目の当たりにして、剣士団はおろか、対面する崖上の賊たちもその光景に目を奪われていた。
人間が爆散する光景。
シンはそれを、恍惚とした表情で眺めていた。
「クックック。さて、次はーー」
そして、首領に振り返った。
「貴様らだ」
その笑顔は恐らく、狂気に歪んでいたのだろう。
笑みを向けられた首領は心底震え上がり、その場にへたり込んでしまった。
そしてシンがヒュンと剣を横に払うと、首領の首がスパンと胴から飛び跳ねるようにして離れた。
それを見て、怯えすくんだ賊達はその場を離れようとするも、次々と体が吹き飛んでいく。
泣き、叫び、助けを乞う。
がしかし、その願いが聞き届けられることはひとかけらもなく、ただ無情に肉片へと変わり飛び散る。
僅かの間に、剣士団を取り囲んでいた賊達の姿は見えなくなっていた。
シンは剣を腰に下げた鞘へと戻した。
「さて」
そしてフェルディナントに笑顔を向けた。
「先を急ごうか」
第三軍の将であり元勇者パーティの一人、シン。
その追撃が始まった。
ここまでお読み下さり、ありがとうございます!
いよいよ物語は最終章に突入しました。
この後にどんなエンディングが待っているのか!
最後まで頑張りたいと思います。
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今後もよろしくお願い致します!




