罪と懺悔
ちょっと展開が強引な感じになってしまいました……
レイアの右手に魔力が集中していく。
私も嗜む程度だが、魔法を使うから分かるが、あの魔力。
あれは、かーなーりー、ヤバい!!
「アトス。なぶり殺しだ」
そう言ってレイアは右手に集まった魔力を凝縮させ、
「光よ、月の光を纏い、我が矢となりて闇を撃て。月光の千本矢」
解き放った!
その女性らしい、細くちいさな手から放たれた、いく筋もの光の線!
それはラグ殿ではなく、その後ろにいる私たちに向けて放たれたのだ!
「ちぃ!」
ラグ殿は素早く身を翻し、私たちの前に立ちはだかったと思うと、今度は頭上に手を掲げた。
もう、そこまで光の筋が近付いている!
「聖領域!」
ラグ殿がそう叫ぶと、私たちの頭上に丸く白い輪のような光が現れた。
そして傘のように私たちを包み込むように広がった後、レイアが放った光の矢たちがそれ目掛けて突き刺さってくる!
大地が、空気が、魔法の壁が激しく揺れた!
私たちはあまりの衝撃に立っているのが辛くなり、それぞれ膝をついて耐え凌ぐ!
どれくらいの間そうしていたのか?
大して長くはないだろうが、そうして堪えていると時間の感覚が分からなくなる。
最後の一閃。
それがバッと頭上で弾けた後、青い空が顔を見せていた。
私たちの周囲は、地面がえぐり取られたように陥没している。
もしラグ殿がいなければと想像するとゾッとする。
きっと、跡形もなく飛び散っていたに違いない。
「チッ、厄介な魔法使いやがって……! エリー」
そう舌打ちしながら、ラグ殿は私に振り返ると、一枚の紙切れを渡してきた。
それを受け取り眺めていると、表面に線がいくつも走っているのが見える。
これは一体なんなのだろうか?
「防壁の呪符だ。魔力を流せば、聖領域程ではないが、光属性の防壁を使うことが出来る」
「え、え? え?」
「相手は超一流の魔法使いだ。悪いが、お前たちを守りながら戦うのは難しい。その呪符を使えば、そうだな。半刻は持つ筈だ。それまでにカタをつける」
真剣な眼差しでそう伝えて来るラグ殿だが、私はちょっと納得がいかなかった。
私たちがラグ殿の足かせとなっていることは分かっている。
かと言って、それを理由に遠巻きで見ているわけにもいかないではないか!
私にも何か出来ることはないのだろうか?
「そんなこと……、わ、私も一緒に!」
「ダメだ!」
う、ピシャリと言われてしまった……
「エリー、お前は魔法が使える。ということは、魔力を操れる。渡した呪符は魔力を流して使うものだ。今この場でそれができるのは、お前だけだ!」
そこまで言って、ラグ殿は私の肩に手を置いた。
「アリシアとミトを頼む」
そして踵を返し、ラグ殿はレイアと対峙した。
その背中がどこか物悲しく映ったのは、私だけだろうか?
もしかしたら、ラグ殿は彼女と戦いたくないのではないだろうか?
それなら、それならいっそ止めた方が……
「ラ、ラグ殿!」
私は名前を叫ぶ。
けれど、ラグ殿は振り返らない。
どうする? 言うべきか言わないべきか……
ーーどうする、エリー?
「ラグ殿! む、無理に、無理に戦わ、なくて、も……」
ダメだ、声が出ない……
戦わなくてもいいって言いたいのに!
何か他に方法があるはずなのに……!
どうして、どうして声が出なくなるの!?
「ラグ殿! ラグ殿ーーー!」
「エリー! 彼女が……」
私がラグ殿の名を呼び続けていたら、お嬢様がレイアを指差した。
な、なんと……
レイアが宙に、う、浮かび上がった……!
そして、今度は両手を広げて魔力を集めている?
これはヤバい、かなりヤバすぎる!
私に今できること!
それはこれだ!
「ラグ殿! 信じています! 必ず、必ず戻ってきて下さい!」
私は渡された呪符を握り、そこに魔力を流し込んだ。
瞬間、どっと力が抜かれた気がする。
あれ? 何だか頭がクラクラして……
意識が……、とお、く、なって……
ラ、ラグ……殿……
なんかしたな?
…………
……Zzzz……
ーー
「キャー!! エリー!!」
突然倒れたエリーを見て、アリシアは驚き、彼女の体を揺すった。
だが、何の反応もない。
アリシアはオロオロしながら、ただエリーの身体を揺すり続けた。
それを、小さな手が止めた。
アリシアはその時、ハッとした。
彼女の手を止めたのは、ミトだったのだ。
彼女は真剣な眼差しでアリシアを見つめていた。
「ミ、ミト?」
「エリー大丈夫。寝てるだけ」
ミトがそう言うのでアリシアはエリーをもう一度よく見てみた。
スースーと、この場にそぐわない、安らかな寝息を立てている。
ーー本当だ。息をしている。
「よ、良かった……」
アリシアは安心すると、エリーの傍にヘナヘナと座り込んでしまった。
「エリー、その呪符に魔力ぜんぶ取られた。寝てれば治るから、大丈夫」
そう言って歯を見せて笑うミト。
その笑顔を見ると、なぜかアリシアは心が穏やかになっていった。
ーー不思議な子。そうしていつも見守ってくれてたの?
アリシアはミトを眺めながらそう思っていた。
そして、エリーに視線を移し、今更ながらマジマジと彼女の寝顔を眺め始めた。
「エリー、ラグ様が私たちを守ってくださるとばかり思っていたら。あなたもしっかりと私たちを守ってくださってますね」
アリシアはそう呟きながら、エリーの髪をそっと撫でた。
撫でながら、ふと思い出したことがある。
初めてエリーと出会った頃のこと。
誰も寄せ付けない、あの鋭く尖った視線。
他人を信用できず、すぐに屋敷から逃げ出してエンリケを困らせていた。
ーーどうしてこんな悪い子を連れて来たの?
何度もアリシアはエンリケに問うた。
エンリケの答えはいつも同じ。
「お前の友達になってもらいたかったからだ」
その言葉が信じられず、気が付けばアリシアはエリーを避けるようになっていた。
エリーが怖かった。
手を差し出せば噛み付かれると思っていた。
ーーでも違った。
彼女はただ孤独だったと分かったから。
自分と同じだと分かったから。
そう理解した頃から、エリーと一緒にいる時間が増えていった。
エリーが友達になってくれた。
だから、今のアリシアがある。
アリシアはいつもそう思って来た。
「この七年間……、片時も離れずにいてくれたのはあなただけでしたね……、ありがとう」
優しく声を掛けるその様子を、傍でミトが静かに見守っていた。
ーー
ラグはレイアと距離を詰めつつ剣を抜いた。
この剣は、先の町でマーニィと共にいたあの兵士から拝借してきたものだ。
宙に浮かび、ラグを見下ろしているレイアの両手には魔力が集中している。
何か魔法を放ってくるに違いない。
エリーに渡した呪符は強力なものではあるが、彼は出来る限り距離を取りたかった。
エリーたちから距離が離れれば、少しは危険を回避できると思ったからだ。
被害はなるべく少ない方がいい。
エリーたちを傷つけるわけにはいかない!
そうしてある程度距離を詰めると、ラグはレイアにむかって跳躍した!
「アトス。アトス……、死ね」
跳躍し迫るラグを見て、レイアは手を広げたまま、両手首の裏を重ねる。
「集え、火よ。叫べ、竜よ。纏いし鎖の呪縛を解き放て。鎖まみれの竜」
レイアの手のひらから極太の炎の柱がほとばしる!
それは竜を型取り、咆哮を上げながらラグに向かっていった。
ラグは剣を両手持ちに変え、自分の体の左下に先を傾けた。
大きく口を広げながらラグを飲み込もうとする炎の竜。
あと僅かで飲み込まれる!
誰もがそう思った時、ラグは剣を勢いよく前方へと振り抜いた。
途端、竜の鼻先が割れ、ズドドドド! と鈍い音を立てながら竜が左右に割れていく。
「何?」
それを目の当たりにして、レイアの口元がピクリと歪んだ。
驚きを隠せなかったのだ。
小さな町であれば、半分は吹き飛ばせる程度の威力を誇る魔法だ。
それをラグは、一本の剣で斬り裂き、相殺してしまった。
目の前で左右に割れ、爆散していく竜を見て、レイアが次の魔法の準備に取り掛かかろうとした時。
自分の体を何かがすり抜けていったような衝撃を、彼女は感じた。
「?」
違和感を感じた彼女が自分の胸元に目をやると……
左の脇腹から右肩に掛けて、血飛沫が舞った。
「何?」
レイアは信じられなかった。
ラグは跳躍したとはいえ、レイアとは距離が離れていた。
にも関わらず、彼女はラグに斬られたのだ。
彼女の体を突き抜けたのは剣圧。
炎の竜を真っ二つにしたラグの剣圧が、そのままレイアまで達していたのだ。
「そ、そんな……」
大量の鮮血を撒き散らしながら、旧街道の傍に生える木立の中へと落ちるレイア。
それを、落下しながら見送ったラグは、着地と同時にレイアが落下した木立へと駆け寄っていった。
だが……
「……死体がない?」
確かにレイアはここに落ちた。
木立の中に落ちるのを見た。
しかし、その場に来たにも関わらず、レイアの姿はなかった。
「くそ、どこへ行った?」
「ーー後ろだ、アトス」
突然背後から声が聞こえ、ラグは後ろを振り向くが、既に遅かった。
「煌めけ、閃光よ。滅ぼせ、闇を。集え、我が声の元に。閃光爆発」
レイアはラグの背中に手を添えると、魔法を詠唱。
次の瞬間、ラグの体は爆発と共に前方へと激しく弾き飛ばされてしまった。
ゴロゴロと地面を何度も転がり、ようやく止まるとラグは仰向けになった。
ハァハァと大きく喘いでいるところをみると、ダメージが大きいようだ。
苦しそうに顔を歪めている。
そこへ、足を地から浮かした状態で、スーッとレイアが近付いていった。
ラグは痛みをこらえながら上半身を起こした。
そして、レイアの方を見て彼は驚愕した。
さっき負ったはずの傷が消えていたのだ!
これは一体どういうことなのか?
ラグのそばに寄ると、レイアは彼を見下ろしつつ、冷たい口調で話しかけた。
「無様だな、アトス」
「ハッ、ハァッ……、く! レイアァァァァ!」
「何故私が無事なのかが不思議なようだな。教えてやる。
あれは残像だ。質量を持った、な。よく出来ていただろう?」
「ざ、残像だと? クソッタレ! だから、落ちた場所にいなかったのか!」
そう悪態をつくラグを見下ろしながら、レイアは彼に手をスッと差し伸べた。
それを見て、ラグは目を見開き、睨み付けた。
その目にまた、憎しみが浮かび上がる。
「……な、なんの、つもりだ?」
「懺悔だ」
「懺、悔だ、と?」
「そう、懺悔」
そう言ってレイアは手を翻し、手のひらをラグに向けた。
「!?」
その手のひらに再び、魔力が集まり始めた。
「アトス、私は懺悔しよう。そして、神に詫びよう。お前を、お前をーー」
彼女の手のひらに集約された魔力は、光の玉となり揺らめき始めた。
ラグは彼女を睨み付けたまま、しかし先のダメージのせいで、上体を起こすのが精一杯で、そこから動けずにいた。
この距離で攻撃を受けたらタダでは済まない。
だが、それはレイアも同じこと。
しかし、レイアにはダメージの痕跡が見当たらない。
ラグはそれが解せなかった。
だが、今はそれを考えている余裕はないのだ。
この攻撃を回避できなければ、ラグはまたダメージを負ってしまう。
ふと、ラグの脳裏にあの瞬間が浮かび上がった。
自分の胸に剣が刺さり、意識が遠ざかるあの瞬間がーー。
「チッ! くそ、体が動かねぇ!」
「この場で散るがいい、アトス。かつて勇者と呼ばれた男よ。それが私の罪を清算してくれるだろう」
「罪って、なんだ! 何の話だ!?」
「罪だ。私の罪。許されなき大罪」
「話が見えてこねぇ、何が言いたい?」
「罪だ、罪。私の……」
ーーそして光が二人を包み込んだ。
「私の罪、それはお前を愛してしまったことーー」
レイアの声がこだました時。
轟音と共に、爆風が舞い上がった。
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