咆哮
連続更新になります。
拙い文章ですが、よろしくお願い致します。
「そうだ、エリー! そこで叩き込め!」
「そりゃぁぁぁぁぁ!!」
ラグ殿に導かれるまま、私は木の棒を打ち込んだ。
ガツン!!
ラグ殿が防御の構えを取り、木の棒と棒がぶつかり重なる音が響く。
ラグ殿が防御を取った先にあるのは鳩尾。
すなわち急所を狙った一撃だったのだが、実戦なら上手く入れられただろうか?
私はただ、ラグ殿の誘導で打ち込めただけなのだが……
「よし、なかなか上手くなった」
「え、本当ですか?」
「あぁ、剣の軌道にも付いてこれている。上達が早いな、エリー」
そう褒められ、私はなんだか恥ずかしくなって俯いてしまった。
別に褒められるようなことはしてはいない。
ただ、言われるままに打ち込み、空いた時間にひたすら素振りを繰り返してきた。
それだけだ。
基本をしっかり忠実に。
それを守ってやっている。
それだけなのだが、褒められてしまった。
褒められることには慣れていないから、なんだかこそばゆい……
「ふふ、エリーは顔に出やすいですね」
お、お嬢様!
何を急に……
「そ、そんなこと……ありませんよぉ……」
「ふふ、初めて屋敷に来たときのエリーを思い出しますわ。なんだか殺気立ってて、目が鋭く座ってて……、あのお兄様も思わず後ずさりするぐらい怖かったですものね」
「お、お嬢様! おやめください! 昔の話です……」
私は恥ずかしさのあまり、お嬢様から顔を逸らしていた。
全く、なんでそんな昔のことを……!
「アリシア、あまりエリーをいじめるな」
「あら、いじめてはいませんよ? ちょっと昔を思い出したので…….それにしても」
とお嬢様は私の前に回り込み、両手で頬をはさんで私の顔を持ち上げた!
「あ……」
「そうして顔を赤くするエリー、とても可愛いですわ」
そんなことを言われ、また顔がカーッと赤く……と言うよりも熱くなってきた……!
私は思わず目を瞬かせた。
口を開こうとしたが、突然ということもあり、口を開くだけで言葉が出ない。
私がどうしていいか分からず戸惑っていると……
「ふふ、ごめんなさいね、エリー。またラグ様に怒られてしまう」
といたずらっぽく笑われ、下をペロッと出された。
お嬢様はいつもこうだ。
急にいたずらをしてくる。
それにしても間近で見るとお嬢様の顔は……
女である私が言うのもなんだが、美しい……
「ところでラグ様。私たちは今どの辺りにいるのでしょうか?」
お嬢様は私に踵を返すと、ラグ殿に振り返った。
そう問われたラグ殿は、馬の鞍から地図を取り出すと、広げて見せてくれた。
「今はこの辺りだ」
私たちが地図を覗き込むと、ラグ殿は今いる辺りを指差している。
「今、この平原の終わり辺り。あと三日も進めば、あの山のふもと辺りには辿り着くだろう」
今度は地平線を指差す。
ラグ殿の指の向こうには、確かに山が見える。
「あの山の頂上付近か。国境の線が地図に引かれている。まぁ、道は頂上には通じていないとは思うがな」
「とても……高い山ですね」
「あそこまで行くことが出来ればあとはクロノシア国だ。ここまでの工程で約ひと月近く。ミトを加えたにしては予定よりも早かったな」
ラグ殿の言葉に、私たちは道の向こうにそびえる雄大な山……と言うよりも山脈に目をやった。
私の言葉通り、とても大きい。
なんでも、その高さから、大昔には神にも届く頂として祭壇が祀られ、神に捧げる生贄の首をそこで落とし、神への供物にしたとか。
そうして大地の豊穣や天候への祈りを捧げたと言う。
自分たちの繁栄のために生贄か。
私が神様ならあまり欲しくないなぁ……
昔の人間が考えることは難しい。
ちなみにこの言い伝えは地図の山の名称の説明に書かれていた。
多分、眉唾だな。
うん、きっとそうだ。
「あの山を過ぎれば、ラグ様ともお別れなのですね」
「そうだな」
「今思い返すと、大変失礼なことばかりをしてしまいました。ラグ様、申し訳ありません」
とお嬢様はラグ殿に深々と腰から頭を下げられた。
それにならい、私も頭を下げた。
深く、深く……
「頭を上げろ。それにまだ終わっていない」
と言われ、お嬢様共々頭を上げた。
ラグ殿を見上げると、その口許がほころんでいた。
「ラグ様?」
「まだ俺の仕事は終わっていない。クロノシア国まで届けないと、報酬が貰えないだろ?」
「ほほほ、報酬!」
そうだ、報酬だ!
確か、お嬢様がラグ殿に提案した報酬は……
「おおお、お嬢様! いいい、いの、お命はその、ちょっと……」
「……エリー、なんですか急に?」
「いいい、いやそのあの! 報酬がいいいい、いの、いの、ち!」
「あれは嘘だ」
私は驚きながらラグ殿を見た。
なぜだ、その顔?
何故目が泳いでいらっしゃる?
「う、そ?」
「あぁ、嘘だ」
「命を、賭けたって……」
「嘘ではありませんよ、エリー。だって、私の首には、懸賞金が懸かっているでしょう?」
ちょ、お嬢様……
なんと言うことを……!
「クロノシア国の母方の実家に引き取って頂いた際には報酬をお支払い出来ると思うのですが、もしそれが叶わなかった場合。その時には私の首をお斬り下さいと申し上げたのです。そうすれば懸賞金が出ますからね。その代わり、エリーは守って欲しいと」
「確かにアリシアはそう言ったな。万が一、お前たちがクロノシア国に辿り着く前に追っ手に捕まれば、の話だが」
「だから、命と?」
「普通は自分と引き換えに召使いを助けろとは言わない。アリシアとお前はなにか強い絆で結ばれているのかもしれないな」
私はお嬢様を見た。
私の視線に気付き、お嬢様はニッコリ微笑まれた。
ーーその時だ。
私たちの前に閃光が走った!
同時に爆発音ーー
ズガーーーン! という音と共に爆風が私たちを襲ってきた!
ラグ殿は背中を翻し、私たちを抱き込むようにして地面に覆い被さった。
お嬢様の腕の中にはしっかりとミトもいる。
土埃が周囲を包み込むが、しばらくすると治まってきた。
治ってきたところで、ラグ殿が起き上がり、腰元の剣を抜いた。
そう言えばその剣。
例の町で拾って来たとか言ってたな。
なんでも魔法が封じてあるとか。
それを片手に、ラグ殿ははもう一方の手で私たちを背中の方へ行けと合図を出した。
ラグ殿が前になり、私たちを庇うためだ。
合図のとおり、ラグ殿の背中に入り込むと同じ頃、ようやく立ち込めた土煙が晴れていく。
その中から、奇妙なものが現れた。
それは私たちの先の路面に突き刺さっていた。
四角錐を上下にあわせたような形をしており、一方が路面にめり込んでいる。
ラグ殿も訝しげだ。
警戒は必要と思い、私も腰に携えた剣を握る。
あれはなんだろう?
まず味方ではないことは確かだ。
であれば敵なのだが、攻撃してくる気配がない。
と思い、暫くその立体物を眺めていると……
ビシッビシッと音が聞こえ、立体物の隙間から光が漏れ始めた。
すると、その光は立体物を象る一辺一辺を駆け抜け、やがて路面にめり込んだ部分まで行くとスッと消え去った。
一体なにが起こったのかと眺めていたら、その一辺が割れ、立体物が開き始めた。
その中から現れたのは……
一見すると厚ぼったい、足元まで裾が伸びた黒を基調としたローブのようなものを纏っており、そのローブにはなにやら難しそうな模様が刻み込まれ、時折薄く発光していた。
顔はと言うと、鼻から上は黒いメガネのようなものをしており、そこから上は束の長い帽子のような被り物をしている。
それもまた、黒く、あしらわれた模様が発光している。
唯一見えている肌の部分は、鼻と口元のみ。
こんな格好をした者など、見たことがない。
まるで人形のようだ。
それが、この立体物の中から現れた。
そして「女の勘」が告げる。
こいつは敵だーーと!
「ラグ殿!」
「エリー、そこを動くなよ」
と言って、ラグ殿は警戒するように構えた。
人形がそのローブの中から片手を出してきた。
白い。
真っ白な手だ。
その腕には、ローブに施されたような模様がある。
刺青か?
「天よ、祝福の声を奏でよ。その至宝、その旋律、荒ぶる魂の理と……」
喋った……!
それもか細い、女性の声!?
しかし、なんだかおかしい。
なぜに声が二重に聞こえるのか?
私がキョトンとしていると、
「あ、あれは……」
ラグ殿が声を荒げた。
まるで慌てているようだ!
「逃げろ! 魔法が来るぞ!」
とラグ殿はそう言うが、いきなり逃げろと言われてもどこへ!?
そして、その女性(声からして女性と思われる)の差し出した手に、なにやら怪しげな光が集まり始めていた。
「魔力が高まっている!? くそ!」
ラグ殿は剣を路面に雪突き刺し、片膝を付くと両手を剣の柄に重なるようにして差し出した。
「……安寧を抱くために。荒れ狂う雷鳴」
「全ての闇を理の中に抱き込め! 聖領域!」
ーーほぼ同時。
ほぼ同時だった。
二人が言葉を放ったのは。
一方からは青白い光の束が飛び出し、一方は光の壁でそれを受け止める。
時間にして数十秒。
耳元を轟音が唸り、大地が鳴動し揺れる。
これは、これは恐らく魔法だ。
それも二つ!
二つの魔法がぶつかっているところなんて、初めて目にした!
こんなことがあるなんてーー
いつしか光は消え、私たちの前にはあの女性と、地面に膝をついたままのラグ殿がいた。
「耐えたか」
女性はその顔の大半が隠れており、表情は分からないが、声色から冷静そのものに受け取れた。
「さすがアトス。勇者アトス」
その囀るような声色に、ラグ殿が顔をしかめた。
「その声……お前……!」
「久しぶり、アトス」
いや、しかめたのではない。
まるで憎しみがこもるかのように歪んだのだ。
その表情に、私はゾッとした。
「……レイアか!」
レイアと呼ばれた女性は、また右手を差し出した。
そして、先程同様、その手に風のような動きで光が集まっていく。
「アトス……」
レイアがラグ殿を呼ぶが、その声に感情がこもっていない。
さっきからそうなのだ。
どこかよそよそしいと言うか、まるで本を棒読みしているかのような話し方なのだ。
だが、彼女が敵であると言うことはよく分かった。
ーーなぜならば……
「……アトス。アトスは敵。シンの敵」
そしてレイアは顔を下に向けた。
「シンの敵。敵は殺す。殺す殺す殺す……」
そう言って、レイアは口元をほころばせたのだ。
そしてラグ殿も……
「上等だ! 掛かってこい! 殺してやる!」
高らかとラグ殿は咆哮を上げたのだ!
「お前こそ、殺してやる!!」
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^O^)
皆様からの評価、感想はたいへん励みになっております!
今後もよろしくお願い致します!




