ラグの微笑み、闇の胎動
三連休連続更新ならず……
申し訳ありませんでした……
「もう! 来るな来るなー!」
私は矢を引きしぼり、狙いを付けて指を離した。
弓がビーンと弾け、矢はまっすぐ、空気を切るように突き進んで行く。
「ギャィィイン!」
そして、荷車から少し離れた場所にいる狼に当たった。
……当たったのか?
この暗がりの中ではよく見えないし、よく分からない……
不安が拭えぬ中、お嬢様が話し掛けてこられた。
「……エリー、ラグ様は大丈夫でしょうか?」
「ご心配なさらずとも、ラグ殿は強い方です。きっと大丈夫でしょう!」
私は毅然とそう返事をする。
そう、ラグ殿は強い。
この上なく……むしろ強すぎるだろう。
問題は私たちだ。
この窮地をラグ殿なしで乗り越えねばならない。
私たちは火の手が回る町から辛くも脱出し、再び旧街道へと出た。
馬が二頭とはいえ、流石に荷車を引きながらでは体力も持たないのだろう。
スルスルと速度が落ち始め、最後はカラポコカラポコと足跡を立てながら歩く程度の速度になってしまった。
その時だ。
私の第六感がピーン! と冴え渡った。
何かに取り囲まれたような気がしたのだ。
それを確認しようとランタンを取り出し、火を入れると……
「んげ!!?」
と思わず声を上げてしまった!
ランタンの灯りに照らしだされて姿を現したのは狼の群れ。
それほど広い範囲を照らし出すわけじゃないから正確な数は分からないが、見える範囲でおよそ六匹はいるだろう。
御者台の上から周囲をグルリと照らすと、どうやら取り囲まれている。
先ほどの気配は、このオオカミたちだったのか……
「お嬢様、私の後ろへお下がり下さいませ!」
と言ってはみたものの、後ろは荷台。
横を向けば狼。
後ろを向いても狼。
どこを向いても狼だらけ……
最悪だ……
「エリー、このまま逃げ出せば……」
「ダメです、馬が持ちません! それに狼は馬程度なら簡単に追い付いて噛み付いてくると聞きます!」
「ではどうすれば……」
どうすればもこうすればもございません、お嬢様。
人間やるときゃやらねばならんもんでございます!
私は御者台の背もたれの後ろに下がっている弓と矢の束を取ると、矢を番えて引き絞った。
「ちょっと、エリー! 何を……?」
「今なら狼共とは距離があります! 矢を放って威嚇を!」
と放ったら、暗がりの向こうから、
「ギャインギャイン!」
という悲鳴が聞こえた。
どうやら運良く矢が当たってしまったらしい。
それがいけなかった。
ところどころから狼の唸る声が聞こえるではないか。
狼たちを威嚇するつもりが、逆に威嚇されているようだ。
これはまずいのでは?
「エリー、早まりましたね……」
「お嬢様……、私が浅はかでした……」
「…………バカ」
「「ミトが喋った!?」」
いや、喋ることは喋るのだが……
人さらいから救ったあと、必要以上に言葉を発しなかったミトが私を睨みながら喋ったことに、お嬢様と私は思わず驚いて……
……ん?
バカ?
「ミト……今バカと……?」
「……」
ぬぅぅぅ!
言うだけ言ってだんまりを決め込むとは、この八歳児!
いい度胸をしているではないか!!
「くぅぬぬぬぬ!」
「エ、エリー! 落ち着いて! 落ち着いて下さい!」
「これが落ち着いていられますかーーー!」
となり、冒頭となるわけだ。
ミトに「バカ」と言われて頭にカーッと血が上った私は、これ見よがしに矢を放ちまくった!
というわけである。
手当たり次第、辺り構わず矢を打ち続けたせいで、気が付けば矢のストックがきれてしまった!
し、しまった!!
「くそ! こうなっては……」
と私は剣を抜き、御者台の上で中腰になった。
ランタンの灯りでは見える範囲に限界がある。
恐らく狼たちは飛びかかるタイミングを図っているはず。
果たして私程度の腕で、このオオカミたちを撃退できるか?
いや、無理だ。
私はまだ、ラグ殿に教えを請う、中段の構えもろくに取れない未熟者だ。
そんな私にできることがあるとすれば……
囮か。
お嬢様たちが逃げられる間の時間を稼ぐ……
ラグ殿のように……
そのうちラグ殿も追い付かれるはず。
それまで持てばいいだけのこと。
私にだってそれくらいはできるだろう!
よし! では頃合いを見計らって……
「グァルァァァァァァァ!」
「見計らってって、嘘ぉぉぉぉぉぉ!」
この狼め!
私の考えがまとまりきらないうちに掛かってきた!
私は中腰のままで思わず大振りをしてしまう!
当然狼には当たらない。
飛びかかってきたのもこちらの動きを牽制するためだったようだ。
狼たちとの距離が妙に近くなった気がする。
「もぅ! こ、この獣が!」
と私が悪態を吐くや否や、また一匹が飛びかかってきた!
口を大きく開き牙をむき出しにして迫るその様を見て、私は思わず目をそらし、刀身だけを振ってしまう。
狼は荷車の、私たちの足元をダン! と蹴り、また戻っていった。
どうやら飛びかかる距離も探っているのか。
恐ろしくチームプレイに長けている……
剣士団も少しは見習ってほしい……
「エリー! ど、どうします!?」
「お嬢様! 私が囮になりますから、その隙にお逃げ下さい!」
「え、お、囮!? 何を言っているのですか!?」
「ですから、私が……うわわわ!」
私とお嬢様が問答をしている時にまた、狼が迫る!
私は剣を振る!
今度は当たった?
飛びかかってきた狼の横っ面を剣がかすり、狼は驚いたように遠ざかっていく。
「ふぅ……」
「エリー!!」
「あ、お、お嬢様! 危ないですから下がって……」
「エリー! 後ろ!!」
とお嬢様の声が甲高くなったと同時に、私の背中が熱くなった。
「あぅっ!?」
背中に手を回すと、血が付いていた。
どうやら飛びかかってきた狼の爪で引っ掻かれたようだ。
始めは熱かったが、そのうちジンワリと痛みを帯び始めた。
くそっ、油断したか!?
だが、それが狼たちの合図でもあったらしい。
獲物との距離を把握したか。
見える位置にいる三頭が体勢を低く構え、一斉にバッ! と飛び跳ねてきたのだ!
ーーお嬢様、早くお逃げ下さい!
私は御者台に立ち、剣を構えた。
中段の構えしかできないが、今はなりふり構っていられない!
お嬢様を守らねば!
震える手を必死で抑えて剣をまっすぐ立てる。
間合いを見ながら、私の目は狼を凝視している。
まだ、まだだ。
ハァハァと自分の息遣いが大きく聞こえる。
ドクドクと心臓が胸打つ。
急に何も聞こえなくなった。
ただ目の前に跳躍している狼がいる。
ゆっくりだ、ゆっくりと私目掛けて狼が飛んでくる。
その牙が狙うのは私の首か?
肉を食らうのか?
させない、絶対にさせない!
ーーアリシアとミトを頼む。
ラグ殿の声が聞こえた。
「ギャウン!!」
急に狼が悲鳴を上げて横に避けた。
避けた? 違う。
横に跳ね飛ばされたのだ。
後方から飛び交う狼たちも同じように横へ飛んでいく。
地面に落ちるとピクピクと痙攣し、そのこめかみ辺りには矢が一本、突き刺さっていた。
「……え?」
と矢が飛んできた方は目を向けると……
私たちの後ろから馬が走ってきていた。
その馬は、荷車と狼たちの間に割って入り、それに跨る者が、狼たちに向けて矢を放っていく。
正確に、速く、確実に、狼たちに向けて。
暗がりの中から次々と狼たちの悲鳴が聞こえる中、一匹だけが果敢に飛びかかってきた。
彼は馬の上で剣を抜き、構えた。
中段の構えを。
狼が跳躍する。
私に飛びかかってきた狼とは遥かに勢いが違う。
馬上の男目掛けて飛びかかる狼。
彼はスッと剣を高く天に掲げると、ピュン! と小気味良い音を立てながら剣を振り抜いた。
瞬間ーー
狼の頭が割れ、背中が斬り裂かれ、臓物を撒き散らす。
体を真っ二つに裂かれた狼は、ドサリと地面に落下した。
あぁ……来てくれた……
約束通り……
私との約束通りに!
私は嬉しさに思わず声を上げた。
「ラグ殿!!」
彼は私たちに振り向くと、その口元を綻ばせた。
「すまん、待たせた」
と言って。
道の向こう。
平原の中を突き進む道の向こうで、薄っすらと夜空が明るくなり始めている。
その明かりが私たちを優しく包み込んでいった。
ーーー
マーニィの再出撃からおよそ五日後。
シンは第三軍の詰所でマーニィの死を知った。
「そうか、マーニィが死んだか」
「はっ、遺体は無残な状態で……、よほどの手練れでなければ……」
「分かった。報告ご苦労」
「え、あ、いやしかし! マーニィ様の死を痛み、丁重に喪に徹せよと団長から……」
「必要ない」
シンは、彼の前でツラツラと報告していた剣士団の一人に向けて言い放った。
「相手の力量すら読まずに驕り高ぶった結果だ。そんな愚者に送る手向けなど必要ない。そう団長に伝えておけ」
「あ、は、はい!」
シンがそう言うと、剣士はいそいそと詰所から立ち去っていった。
シンは窓辺に移動し、そこから見える景色を、顎に指を携えながら眺めていた。
「マーニィめ、せっかくあれを与えたのに。バカな奴だ」
それだけ言うと、シンは踵を返し、詰所の一角にある扉の前に立った。
鍵穴に鍵を突っ込みガチャガチャ回す。
やがてカチリと鍵が開く音が聞こえ、ドアノブに手を掛けて扉を開く。
その中は真っ暗だ。
先の見えない闇が広がっている。
その闇に向かって、シンは口を開いた。
「さぁ、お前の出番だ」
シンの声に闇が蠢く。
それを見て、シンは不敵な笑みを浮かべた。
「ーーレイア」
ラグ、来るの遅ぇよ!
シン、ゲスい!
レイアってどんなやつだ?
と疑問を抱かれた方も多いかと思いますが……
着々と物語は進んでおりますので、悪しからず……
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