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炎に飲まれる町で

三連休連続更新中……


つ、続くでしょうか……

「無事か! アリシア、エリー、ミト!」


 ラグ殿はけたたましく叫びながらドアを叩いている。


「ラグ殿! 私たちは無事です! いま開けますから!」


 と、私はベッドから飛び起きてドアを開けようとするが、その前にラグ殿がドアを蹴破ってしまった。


「無事か!?」


 そう言うラグ殿の表情が珍しく険しい。

 いや、焦っているのか?

 しかしながら、「開ける」と返事したのにレディの泊まる部屋のドアを蹴破るのはちょっと頂けない。

 つまりは、それ程に自体は急を要するということなのだろうが……


「ラ、ラグ殿……、いくら急いでいるからといって、ドアを蹴破るなんて……」

「町のどこかで爆発があった! すぐに逃げるぞ! 早くしろ!」


 え、爆発?

 そんなものは聞こえなかった……

 それ程深く眠っていたということか?


 私たちはラグ殿に促され、急ぎ部屋を出て行く。

 ベッドに着の身着のままで飛び込んだのが幸いだった。

 もしシャワーでも浴びて寝巻きにでもなっていたらと思うと、今頃準備に手間取り、逃げ出すのが遅れたかもしれない。

 お嬢様たちを見れば、どうやら私同様、そのままの格好で休まれたのだろう。


 お嬢様はミトに「大丈夫ですよ」と優しく声を掛けると、抱き上げ、私の後ろをついて部屋を後にされた。

 私たちの部屋は二階だ。

 廊下を駆け抜ける際、窓の外に目をやったが、それはとても凄惨なものだった。


 町の中を炎が駆け巡っている。

 屋根の向こうでは、建物が吹き飛ぶ光景も見えた。


 ーーなぜこんなことが起こったのだろう?


 そんな疑問を胸に、私たちはラグ殿の後ろについて宿屋の廊下を駆け抜けた。


 そして、その答えは宿屋を出た後に知ることになる。

 私たちは宿の入り口を抜けたあと、すぐに厩舎へと向かった。

 その時、背中から声を掛けられたのだ。


「見ぃつけたぁ、アトス……!」


 瞬間、背筋が凍り付いた。

 足を止め、振り向いた先には、舞い上がる炎の色です染まるブランドの癖っ毛。

 それを指先で上がりながら佇む女の姿があった。


「……マ、マーニィ……」


 私は声に出して呼んだ。

 あの女の名前を。

 元勇者パーティで、私たちを襲撃し、ラグ殿を勇者の名(アトス)で呼び、逃げる際に私を盾にした、マーニィ(あの女)

 

「ちっ! また来たのか?」


 ラグ殿が舌打ちし、彼女を睨んだ。


「そんな怖い顔しないでよぉ、アトス。やっと見つけたんだからぁ。これで……」


 マーニィは顔を上に向ける。

 視線だけが私たちを見下ろしていた。

 そして一言……


「きっちり殺してあげる」


 その目を見て、私の体が震えだした。

 歯もガチガチと音を立てている。

 お嬢様は気丈にもマーニィを睨み付けながらミトをギュッと抱き締めた。

 まずい、動けない。

 逃げなければと思うのに、足が動かない……


 これが恐怖か……

 人間、恐ろしいものに出くわしたときには、無意識に足が動かなくなるとは聞いていたが、これがそうか?

 クソ……クソ!!


 私は瞼を強く閉じ、何もできない自分が歯がゆくて、震えを堪えるようにして奥歯を噛み締めた。


 クソ! なんで私は弱いんだ!

 クソ! クソクソクソクソクソ!


 胸の中に溢れ出す恐れ、葛藤、悔しさ、それに打ち勝とうと足掻く自分自身。

 だが、弱い。

 私は弱い。

 次第に心の中を暗い闇が覆い尽くしていく。

 まるで底のない泥沼に一歩足を踏み出し、ズブズブと沈んでいくようだ。

 這い上がろうともがくが、けれどそれが返って余計にそこから抜け出せなくなる。

 やがて沼の中に髪の毛の先まですっぽり浸かり沈みゆく私。


 ーーそうか、これが恐怖か。


 恐怖という泥沼に足を取られた私は引き摺り込まれ、沈み、もう這い上がれない。

 ただ、ただ、暗闇へと沈んでいく。

 そこへ差し込む光などはない。




 ーー私に手を差し伸べる、一筋の光は……







「エリー!」


 そこで私は引き戻された。

 目の前には()()()が笑って佇んでいる。

 横を見ればお嬢様がミトを抱き締めている。

 後ろを振り返れば……




 私の肩に手を置くラグ殿がいる。




「エリー! 大丈夫か? しっかりしろ!」


 あぁ、また戻された。戻してくれた。

 どうしてこの人はいつも私を戻してくれるのだろう?

 元いた場所に……どうして?


「エリー、いいか? よく聞け」


 そこで私はハッとした。

 そうだ、恐らく私はマーニィの殺気に飲まれて一瞬だが呆けていたのだ。


 一瞬だ、たった一瞬。


 とても長く感じたが一瞬だったのだ。

 それをラグ殿が……


 ーーいけない! 私よ、集中しろ!

 今はこの場をどう乗り切るかが問題なのだ!

 私はフン! と鼻から息を抜いた。


「申し訳ありません、ラグ殿! もう大丈夫です! 何なりと!」


 私はラグ殿に視線を返した。

 ラグ殿はそんな私を見て「よし!」と肩に置いた手を二度三度、バシバシと上下させた。


 い、痛い!

 ちょっ、そんなに叩かないで、私の肩!


 それが思いのほか痛く、私は思わず顔をしかめてしまった……

 ラグ殿、せっかくの計らいを申し訳ありません。


「いいか、お前はアリシアとミトを連れてこの場から逃げろ!」

「え?」


 それを聞いて、私は一瞬呆けてしまった。

 今なんと?

 逃げろと仰いましたか?


「え、えーと。ラグ殿?」

「聞いていなかったのか? 荷車にアリシアとミトを乗せて逃げろと言ったんだ! 馬はもう繋いである!」

「で、でもそれでは! ラグ殿はどうするのです?」

「俺か? 俺はーー」


 そう言ってラグ殿は視線を前に向けながら私たちの前に出ると、腰元の剣を抜いた。


「ここであの女を食い止める!」


 え!

 く、食い止めるなんて! そんな無茶な!


「ラグ殿!」

「ラグ様!?」


 私とお嬢様の声が重なる。

 しかし、ラグ殿は私たちの方を見ようとしない。

 恐らくだが、視線を外せばあのオンナが掛かってくると踏んでいるのだ。

 

「エリー! 行け!」

「ラ、ラグ殿……」

「心配するな、さっさと終わらせる。そうしたら、すぐに追い掛ける!」

「……!」


 ラグ殿は振り向かないまま、私にそう言った。

 私はギュッと唇を真一文字に結ぶ。

 ほどいたら……もし解いたら嗚咽が漏れそうになるから……

 そう思ったから……


「分かりました。ラグ様、この場はお任せ致します!」


 お嬢様は凛とした表情を見せ、ミトを連れて荷車へと向かわれた。

 私は、私は……


「エリー」


 ふいにラグ殿が私を呼んだ。


「は、はい……」

「アリシアとミトを頼む」

「ラグ殿! それは私の仕事では……」

「お前は強い」





 え?






「いいか、エリー。強さというのは腕っ節や剣の腕前で決まるんじゃない。本当の強さというのは、心の中にある」


 ラグ殿は視線を変えず、剣を構えた。

 それは私にいつも口を酸っぱくして言っている、中段の構え。

 ラグ殿はあのぶっきらぼうな、でも普段よりも穏やかな口調で私に話し掛けてきた。


「誰かを守りたい。大切なものを守りたい。役に立ちたい。簡単なようだが、そういったことを成し得ることはとても難しい。

 誰もが強さを求め、欲にまみれ、闇に染まっていく。だが、お前は自分の中にちゃんと持っている。

 アリシアを守りたいという想いが、お前の心の中にちゃんとある」


 光が射した。

 私の闇の中を照らす、一筋の光。

 とても神々しくて、眩しくて、それでいて温かく優しい。


 それはまるで雲の切れ間から注ぐ、一筋の日の光のようにーーー私の心の中に注がれた。


「行け、エリー。必ず追い付く! 約束だ!」

「……!」


 そう言われ、私はラグ殿に踵を返して駆け出した。

 それが私の返事だ!

 ラグ殿を信じる、私の返事!


 荷車は宿の横の厩舎の前にあるからすぐに見えてきた。

 ラグ殿の言う通り、既に二頭の馬がシャフトに繋がれている。

 私は柱にくくっていた手綱を解くと荷車の御者席に駆け上がった。

 そして勢いよく手綱をはたき、馬を走らせる。

 目指すはこの町の出口。

 旧街道へと続く道へ、馬を走らせた。


 ーーラグ殿、信じています!

 私との約束を果たして下さる事を!


 そう願いながら。



 ーー



「あの女って、あたしのこと?」


 マーニィは口元を綻ばせながら、前髪を弄っている。

 視線はラグと合わせようとはしていない。


「相変わらず自意識過剰。変わんないね、バカ勇者は」

「黙れ、今度は逃さん」

「アハハー! 逃さんて、怖い怖い。でもね、私も遊びじゃないし、さっさと終わらせたいんだけどぉ」


 マーニィはスッと顔の横に手を差し出し、パチンと指を弾いた。

 すると、彼女の周りに一人、また一人と人影が現れていく。

 十人ほどの影が出揃うと、規則正しく隊列を組んだ。

 横二列、前後に五人ずつに。

 町に上がった火の手が宿屋の方にも迫ってきた。

 その明るさで人影は形を象っていく。

 現れたのは装甲に身を包んだ兵士たち。

 剣士団ではない、装甲兵だった。

 装甲兵に変わりはないのだが、普通の装甲それとは違い、やけにスリムである。


「ふふふ、シンがね。こいつらを試して来いって。剣士団より強いらしいんだぁ」


 マーニィがそう言うと、装甲兵たちはガチャガチャと音を立ててその手に剣を握り始めた。

 ラグは足をジリジリと広げ、剣を握る手に力を込める。

 マーニィがおそらく一人ではないことは彼も予測していた。

 だが、解せないのはあの爆発だ。

 見たところ、マーニィは魔法使いではない。

 先程現れた装甲兵たちにも魔力や魔法の類は感じられない。

 ではなぜ、家屋を吹き飛ばすほどの爆発が起こったのか。


 ラグは目を細め、マーニィたちを見据えた。


「さーて。そしたら始めちゃお」


 マーニィは妖艶な表情でラグに向かって指を出した。


「お前たち、アトスを殺しちゃえ」


 マーニィがそう言うと、ひとりの装甲兵が駆け出した。

 ズンズンと低く重たい足音を立てながら、剣を振りかぶる。

 大袈裟な動作だ。

 恐らく大振りによる力技でラグを抑え込むのだろうが、動きが分かれば避けるのは容易い。

 ラグは装甲兵の動きを読みつつ、剣が振り下される瞬間を見計らって横に飛び退けた。

 装甲兵の剣は地面に突き刺さり、動きを止めた。

 ラグは飛び退けたと同時に低く構え、装甲兵の足を斬りに掛かる!


 その瞬間。


 剣が爆発した!


「なに!?」


 ラグは飛び込んだと同時に起こった爆発に巻き込まれそうになるが、何とか両足を前に突き出し、地面を削るようにしてブレーキをかける。そして爆発に飲まれる前に後方へ飛び、それをやり過ごした。


 そこでラグは悟った。


 ーー剣に魔法を仕込んだのか!?


 あのまま飛び込んでいれば、間違いなく爆発に巻き込まれているところだった。

 しかし、目の前で爆発したのだ。

 装甲兵も無事ではないだろう。

 地面に着地したラグは再度構える。

 モクモクと煙が上がる中、ガチャガチャと何かが歩いてくる音が聞こえてきた。


「ちっ、生きているのか?」


 ラグが舌打ちすると、煙の中から装甲兵が姿を現した。

 ところどころブスブスと煙が上がっているが、ダメージそのものについては問題なさげである。


「よく出来てるでしよー? そいつらの装甲はワザと頑丈にしてるんだよ! 剣には爆発系魔法(エクスプロージョン)の加護が施されてるから、爆発に巻き込まれても傷つかないようにだって!」


 そこでマーニィは悪戯っぽく笑って見せた。


「だ、か、ら、触れたら爆発しちゃうよー」


 そしてまた、ケラケラと笑っている。

 ラグは装甲兵を睨み、構えを変えた。

 足を前後に大きく開き、横向きに。

 右の爪先はあの装甲兵の方を向いている。

 膝を曲げて姿勢を低くし、剣を両手持ちに変え、切っ先を後方へ向けた。


「さー! 殺っちゃえ殺っちゃえー!!」


 ーーだが次の瞬間。


 ラグは装甲兵の背中側に立っていた。

 あの構えのままで。

 装甲兵はまだ歩いている。

 背後にいるラグには気付いていない。

 歩くたびに装甲兵の体がゆれ、そのうち首がゴロリと地面に落ちた。


 マーニィは不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。

 そしておもしろくないと言わんばかりに歯をギッと鳴らす。


「何してくれてんの?」

「種が分かれば対策は出来る。奴が剣を振るより早く、その首を落とせばいい」

「ちぃっ! ホント嫌な奴! だから私たちに裏切られて殺されるんだよ! お前たちぃ!」


 さらにマーニィが促すと、前列の装甲兵たちが剣を構えた。


「アトス、今更だけど……」


 そう言うマーニィの目は非常に冷たい。

 そして手を出し、親指を立てると下に向けた。


「死ね」


 それを合図に装甲兵の約半数がラグ目指して駆け出した。

 ラグを取り囲むようにして装甲兵は広がっていく。

 が、ラグはそれを涼しい顔で眺めているだけだ。

 互いの距離が縮んでいく中、ラグは剣の先を地面に向けながらゆっくりと歩き出した。

 そして、差し迫る装甲兵の間を難なくすり抜けていく。

 いや、正確にはすり抜けるようにして避けていったのだ。

 ラグが集団をすり抜けた後。

 装甲兵たちの首が次々と跳ね上がり、地面に落ちた。

 そのうちの一つは斬られた反動で兜が外れた状態で地面に転がっている。

 その顔は……

 ーー干からび、顔を歪めた兵士のものだった。


 マーニィは目を疑った。

 その兜の中身に、ではない。

 今の立会いに目を瞬いていたのだ。

 彼女はラグが何をしたのか分からなかった。

 いや、()()()()()()()()()()()()()と言った方が正しい。


 そしてラグは地面に倒れる装甲兵には目もくれずその場に立ち止まると、鋭くなったその視線をマーニィに向けた。

 目が合い、マーニィの背中を悪寒が襲う。

 彼女は肩をブルッと震わせた。


「あ、あぁ……」

「約束したんだ、エリーとな」


 マーニィはたじろいだ。

 今目の前に立っている男は彼女が知っている「勇者」ではない。

 彼女が知る「勇者」は、あんな風に涼しい顔で敵を斬ることはなかった。

 心優しい「勇者」はいちいち躊躇っていた。

 しかし、彼は違う。

 躊躇いなく殺す。

 迷いなく剣を振る。


 マーニィの体が震え出した。

 いつも恐怖を与えてきた彼女だが、今回は違った。

 彼女は恐怖を与えられているのだ。


「さっさと終わらせるって約束した。だから、覚悟しろよ、マーニィ」


 ーーラグのその目に憎悪が宿る!


「……今度こそ、今度こそ殺してやる!」




























ここまでお読み下さり、ありがとうこざいますm(_ _)m

皆さまからの評価、感想は大変励みになっております。

今後もよろしくお願い致します!



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