割れたワイングラス
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ありがとうこざいます!
拙い文で読み辛い箇所もあるかと思います。よろしくお願い致します。
「シン! 貴様、俺を騙したのか!?」
顔を真っ赤にさせながら、第三軍の詰め所にドカドカと入ってきたフェルディナントは、開口一番、シンにそう噛み付いた。
「何のことだ、フェルディナント?」
「何のこと? お前が俺に外交をしろと言っただろ!?」
シンはそう言われて人差し指を額に当て、考えるふりをした。
そして思い出したかのように顔を上げた。
「あぁ、そう言えばそんなことを言ったなぁ」
「お前に言われて俺は外務次官の元へ行ったんだ! 俺に、父の代わりにクロノシアと話をさせろとな! そうしたらあのジジイ、何と言ったと思う?」
大げさなジェスチャーと大きな声でまくし立てるフェルディナント。
それをシンは、冷ややかな視線で眺めていた。
「お前は外交より剣を持つ方が似合うと言いやがった! カムリ家の嫡男に、そんな言い草があると思うか!?」
ーー十分あると思うがな。
フェルディナントの主張に、シンは胸の中でそう呟いた。
そんなシンに知ってか知らずか、フェルディナントはさらにまくし立てた。
「おまけに俺よりもアリシアの方が交渉ごとには長けてるなんて言い出しやがった! くそ! なんでアリシアなんだ! なんでいつもあいつがかっさらっていくんだ!!」
そこまで吐き出すと、フェルディナントは肩を大きく動かし、喘ぎながら膝に手を置いた。
はぁはぁと、彼の息遣いが静かな詰所内にこだました。
「フェルディナント」
「何だ!?」
「ただ愚痴を撒き散らすためにここに来たのか?」
シンがそう言うと、フェルディナントは顔を上げ、シンを睨み付けた。
かと思えば、素早い動きでシンは胸倉を掴まれてしまった。
ーーシンの顔の前には、フェルディナントの顔がある。
ギリギリの位置で額が擦れ合うような位置に。
「ーー教えろ」
フェルディナントは鋭くギラついた目でシンを睨みながら小さく呟いた。
「何をだ?」
「ーー妹の居場所だ。知ってるんだろ? 教えろ」
シンは細くした目でフェルディナントを眺めた。
目の前のフェルディナントは、いわば飢えた狼だ。
それも権力という絶大なる力に飢えている。
自分が欲するものは全て、どんな手を使ってでもその手にしてきたフェルディナントが唯一手に入れられなかったもの。
それは「人望」である。
対して、妹のアリシアは多くの「人望」が集まっている。
それはきっと、アリシア自身の性格によるものだということは、見ていれば誰にでも分かるものだろう。
ーーいかに強大な武力を持ってしても、人の意思を変えることなど容易ではない。特に、内に秘めたる気高い誇りなどは、なーー
これは生前、エンリケ・カムリがクロノシア国との外交に向かうたびに口にしていた言葉だ。
当然、フェルディナントやアリシアも耳にしていた言葉だ。
カムリ卿は、
「力や恐怖で捻じ曲げた支配など土台はもろく、崩れるのは一瞬。だが、信頼や人望で築かれた城はそう簡単に落城はせん。上に立つ者は常にそうあるべきだ」
と周囲に常々言ってきた。
結果として息子は前者、娘は後者の道を辿ることになろうとは、誰が考えただろうか。
その息子たるフェルディナントは、尚もシンに迫る。
「教えてどうするつもりだ?」
「俺が妹を捕らえる……! だから知っている情報を全部寄越せ。さもなくばシン、お前と言えど……」
そこでシンは「クククッ」と吹き出した。
「何がおかしい!?」
シンが笑ったことに、フェルディナントは声を荒げ、胸倉を掴む手を激しく揺すった。
だが、シンは口の中で笑い声を抑えてなお、笑い続けている。
「ーーくっ、シン! 貴様ぁぁぁぁぁ!」
「さもなくば……どうする? ん?」
そこでシンは上目遣いでフェルディナントを見上げた。
「どうするつもりなんだ、フェルディナント?」
そう問いかけるシンの顔を見て、フェルディナントは背筋がゾクっとするのを感じた。
ーーな、何だ、この冷たい笑みは……
フェルディナントがそう感じた通り、シンは笑みを浮かべていた。
だが、目が笑っていない。
むしろ、殺気が伝わってくる。
それはさながら、目の前の獲物の喉元に今にも噛み付くような、荒ぶった獣……
思わず戦慄を感じたフェルディナントは、シンの胸倉を掴んでいた手を離した。
あのまま掴み続けていれば、自分の手が手首から飛ばされる。
そんな気がしてならなかった。
「シ、シン……」
「フェルディナント。情報はくれてやる」
シンはフェルディナントに歩み寄ると、彼の耳元に口を近づけ囁いた。
「せっかくだ。お前の剣士団と俺たち第三軍。共同戦線を張ろうじゃないか」
「……なっ!?」
「目的は同じだ。父殺しの罪を償わせずにクロノシアに行かすわけにはいかんだろう?」
そう言うと、シンはフェルディナントからゆっくりと離れ、テーブルに置かれたワイングラスを手に取った。
持ち上げ揺れる白ワインに、シンはゆっくりと口づけする。
「フェルディナント。お前はいずれこの国の道しるべとなるべき存在だ。この国の未来がお前に託されるとすれば、身内とは言え、罪を犯した妹を逃したとなればカムリ家のメンツに関わる問題になるだろう。さすがにそれはマズイ」
シンはそう言ってゆっくりと視線をフェルディナントに向けた。
「お互い、この国のために働こうじゃないか。共に動けば、俺たち第三軍も国の飾りじゃないことを証明できる。好都合だ」
「この国のために……」
その一言がフェルディナントの「心」を動かした。
シンは底知れぬ相手。
先程の、体の底から震えるような殺気にしても、その腹の底は決して見せない。
手の内が読めない相手だ。
だが、第三軍の戦力はいざという時の決定打になる。
程良い距離感を、今は保てている。
変に踏み込んだりもしない。
心地よい現状だ。
これは維持すべきだろう。
それに、互いに手の内は見せずとも、利用できる限りは利用すべき。
それがフェルディナントの決心だった。
「この国の未来のため……か」
「そうだ、悪くないだろう?」
「……あぁ、悪くない」
「だから、お互いに持ちつ持たれつでいこう。今までのように、な」
そう言って微笑むシンに対して、フェルディナントはもう寒気を感じなかった。
ーー第三軍を利用出来ればカムリ家は安泰だ。
フェルディナントは心の底からそう思っていた。
「そうだな、お前の言う通りだ」
ピッと襟元を正すと、フェルディナントはシンにまっすぐ目を向けた。
「父殺しなど、末代までの恥。我が妹とは言え、その贖罪は晴らして貰わねばならない」
フェルディナントの言葉に、シンは満足そうに頷く。
「シン、取り乱して済まなかった。情報は後ほど俺の部屋へ待ってきてくれ。出動の準備を整える」
そう言って踵を返すと、フェルディナントは入って来た時とは裏腹に、落ち着いた足取りで詰所を後にした。
それを見送ったシンは、フゥッとため息をつき、グラスを煽った。
ーーやれやれ、お坊ちゃんのケツを叩くのは面倒だな。
窓際に立ち、そう物思いにふけっていると、扉がまたバン! と開けられた。
シンはやや不機嫌そうに眉間を寄せて扉に目を向ける。
ーーなんだ? フェルディナントめ。まだ何か言い足りないのか?
シンが扉に振り向くと、そこには顔から血の気が引いたマーニィが立っていた。
「マーニィか、どうした? もう始末したのか?」
「ハァハァ……、シ、シン!」
息を荒げながらも何とか声を絞り出そうとするマーニィを見て、シンは訝しんだ。
彼女がやけに取り乱して見えるからだ。
「落ち着け、どうした? 今水を持ってこよう」
「ア、アトスが!」
水差しを取りに行こうとしたシンは、マーニィのその一言で歩みを止めた。
ーーアトス?
シンはマーニィに振り返った。
「アトスがどうした?」
「あ、あれはアトスだよ! アリシアたちと一緒にいるのは、アトスだ!」
「アトスは死んだ。俺がトドメを……」
そう言うシンの言葉を、マーニィは甲高い声で遮った。
「だって、間違いないよ! 忘れるはずかない! 紫の髪がなびくのも、透き通った青い目も! 声も! あれはアトスだ! アトスは生きてたんだよ!」
体を折り曲げてそう訴えるマーニィを見て、シンは彼女へと静かに歩み寄った。
そして、マーニィの肩に手を乗せて体を起こすと、その頬に手を沿わせる。
マーニィとまっすぐ目が合った。
「落ち着け。何があった? 同行した剣士たちはどうしたんだ?」
「み、みんな死んだ……、私はレイアの呪符で戻ったけど……」
「本当にアトスなら、聖剣があるはずだ。クラウソラスが! それは見たのか?」
「わ、分かんない! 分かんないけどぉぉ……」
マーニィは今にも泣き出しそうな、消え入るような声を出す。
シンはいったんマーニィから視線を外し、思案した。
ーー仮にアトスが生きていたとすれば、酒場での経緯も頷ける。
確かに剣士団程度では歯が立たんな。
マーニィでも無理だろう。
となれば、あれを試してみるか。
「マーニィ」
シンはマーニィの名を呼び、視線を戻した。
「仮に本物のアトスとして、奴に勝てるか?」
「え、え? 本物なら? だったら無理かも」
とフルフル首を振る。
だがシンは「大丈夫だ」と言った。
「いくらアトスでも人間だ。体力には限界がある」
「シン? 何考えてるの?」
「……マーニィ、今日はゆっくり休め。夜が明けたらレイアのところへ行くんだ。いいな?」
「わ、分かった」
シンの言葉に頷くと、マーニィはいそいそと詰所を出て自室へと向かった。
パタンと詰所の扉が静かに閉まる。
シンは一人になった詰所で、手にしたワイングラスをただ眺めていた。
白ワインの表面に、自分の顔が浮かんでいるのが見える。
ワインに映り込んだその顔の、なんと力のないことか。
「……勇者、アトス……」
虚ろな目でそう呟くと、シンは急にその表情をグシャリと歪めた。
そして壁に向かって勢いよくグラスを叩きつけた!
ガシャーンと乾いた、ガラスが割れる音が響き、しばらくの間キーンと言う音が室内で共振している。
「……生きていたのかーー!?」
その顔は憎悪に塗れていた。
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