ラグは勇者?
何だか展開が足早な感じになってしまいました。
読みづらかったら申し訳ありません。
「ア、アトスーーー!?」
マーニィがつんざめくような絶叫を上げた。
それを聞いて、私たちも耳を疑った。
ラグ殿が……勇者?
「何故だ! 何故何故何故ーーー!!」
マーニィの剣を握る手に力が篭る。
合わさった刃同士がギチギチと擦れ合って嫌な音を立てていた。
その顔にはもうあどけなさや可愛らしさのかけらは見当たらない。
ただ、目の前のことを信じられないといったような表情になっている。
「死んだはずだ! それがどうして、どうして生きてるのーー?」
「さっきからギャーギャーと……」
ラグ殿は力任せに剣を押し返した。
「うるさい!」
ーーバキィィィン!
押し返した拍子にラグ殿の剣が真っ二つに折れてしまった!
マーニィの攻撃を防いだ際に、刀身にヒビでも入っていたのだろうか?
マーニィは押されつつも空中でヒラリと身を翻し、スタンと華麗な着地をして見せた。
が、その表情には力がない。
対するラグ殿は丸腰になってしまった。
その手には刃を失った柄だけが握られていた。
「アトス? どうして……?」
「さっきからアトス、アトスって……」
マーニィが何度も「アトス」と繰り返し言うものだから、ラグ殿の機嫌はすこぶる悪いように見えた。
「……誰と間違えてやがる? このブスが!」
ラグ殿は語尾を荒げつつ、刃を失った剣を投げ捨てた。
訂正。
すこぶる機嫌が悪いのではなく、かなり機嫌が悪いようだ……
だが、ラグ殿の返事にマーニィは明らかに戸惑っていた。
「え? アトスじゃない? でも、顔も声も……顔には傷があるけど……でも」
何度もそう繰り返し、何度も前髪を弄っている。
信じられないものを目の当たりにすれば誰でも混乱を起こすと思うが、彼女の場合は何か違う。
ただの混乱ではないようだが……
「ゴチャゴチャうるさい。掛かってこないなら」
ラグ殿はそう言って足元に倒れている剣士が持つ剣の下に足先を滑り込ませ、
「こっちから行くぞ!」
高く蹴り上げた。
「くっ! お、お前たち、何をしている! 早く、行け! 行け行け行け行けーー!!」
マーニィは一歩ずつ後ずさりながら、剣士たちにそう吠えた。
剣士たちは困惑しつつお互いに目配せし合うが、彼女の「早く行けぇ!」という叫びに肩を一瞬震わせると、ラグ殿に向かって一斉に駆け出して行く。
剣士たちが走り出したのに合わせるように、ラグ殿も駆け出した。
相手は全員武器を手にしている。
ラグ殿は丸腰だ。
これで一体何をしようというのか?
あと数メートル走れば剣士たちとぶつかるという時。
ラグ殿はジャンプをした。
そして手を高く頭上に掲げ……
先程蹴り上げた剣をその手に取ったのだ!
成る程、このために蹴り上げたのか!
これはもう何たる芸!
いや、芸ではなく技か!?
わ、わ……
私もあれ、やりたい……
「ラグ様! そのまま落ちたら……!」
お嬢様の叫びにも近い声を聞いて、私はハッとした。
そうだった! そのまま落下したら下の剣士たちに串刺しにされてしまう……
案の定、剣士たちは頭上のラグ殿目掛けて剣を突き上げている!
「ラグ殿! 避けて! 避けて下さい!」
思わずそう言ってしまったが、避けて下さいって、どう避けるのか!
ラグ殿にそう進言したところで、私に出来ることは何もない。
私が強ければ……
私は視線を地面に落とした。
悔しい、悔しい……!
「エリー! ラグ様を見て!」
お嬢様にそう言われ、私は顔を上げた。
ラグ殿は吸い込まれるように剣士団の中へと飛び込んで行く。
剣士団はラグ殿が落ちてくるであろうところに集まり、剣を掲げている。
これをどう回避するのか?
どう考えても、ラグ殿の串刺しが出来上がる構図しか浮かんでこない。
そう私が思案していると……
ラグ殿は空中で剣を大きく振った。
それも、自分の足元を。
その大きく振られた切っ先が下から向けられた剣を弾く!
その時に生じた僅かな隙間に、ラグ殿は体を捻じ込ませ、剣士たちの中に消えていく。
と思ったのも束の間。
「「「「「おわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」
雄叫び……いや、悲鳴と共に、ラグ殿が吸い込まれたところからバタバタと剣士たちが倒れていく!
そこでは、バシュ! シュバ! と剣が振られる音が聞こえ、その音に合わせて赤い血しぶきが上がっている。
ラグ殿だ……
「うわぁぁぁぁぁ!」
「は、早くこいつを殺せぇぇ!」
「速い、速すぎる!」
「逃げろ! いや、ダメだ、逃げたらマーニィ様に……、と、とにかく殺せぇ!」
雄叫びとと共に剣士たちがラグ殿に斬りかかって行くが、その度に悲鳴と体の何かしらの一部が跳ね上がっていく。
ラグ殿の強さは理解していたつもりだが、これは……
剣士団は当初は二十名程の集団だった。
初めに六人がラグ殿に斬られ、二人がマーニィに殺された。
そして残りの人数がマーニィにけしかけられてラグ殿に向かっていったわけだが、まるで赤子の手を捻るかのように、いとも簡単に蹴散らされている。
それはまるで荒ぶる戦神が如くの立ち回り。
いや、もしマーニィの言っていることが本当だったら、ラグ殿は元勇者ということになる。
兎にも角にも、お嬢様。
あなたが雇った護衛はマジで強すぎます!
「これで……」
ラグ殿がスパン! と剣を大きく振ると、
斬られた胸元から鮮血を吹き上げながら、剣士が倒れた。
「終わりだ」
時間にして五分程度か?
もっと短いかもしれないし長いかもしれない。
時間の感覚なんてまるで無意味と言わんばかりに、ラグ殿はその場の剣士たち全てを斬り捨てたのだ。
「さて、待たせたな。次は……」
そしてマーニィに振り返り、
「お前だ」
と言って彼女を指差した。
「くっ、その強さ……化け物か?」
マーニィは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。
そのマーニィと私。
ーー何故か目が合ってしまった。
彼女はニヤッと笑って見せた。
「ははっ! やっぱあんたはアトスだよ! その詰めの甘さと言い、図に乗るところといい! あんな雑魚共を殺したくらいでーー」
そしてマーニィは走り出した。
私と目が合ったせいだとは思いたくないが、実際の話、それが原因だな……
マーニィは、私たち目指して走り出したのだ!
「……!」
ラグ殿の鋭い目がマーニィを捉える!
だが、私たちのいるところはラグ殿から遠くなっていた。
それが剣士たちの狙いかどうかは別として、ラグ殿が剣士たちと剣を交えた場所は、始めの位置よりも大きくズレていったのだ。
それに加えて……
ラグ殿がマーニィを追い掛けようとするが、急に動きが止まった。
何と、ラグ殿の足元を、生きていた剣士が掴んでいたのだ!
「チッ!」
ラグ殿は剣士にトドメを刺して手を斬り飛ばすと、私たちの元へと駆け出した!
しかし、距離はマーニィの方が近かった!
その顔がよく見える。
殺意に満ちた、いびつな笑顔が……
それを見た時、私の頬を一筋の汗が滴り落ちるが、構っていられない。
私は立ち上がると、腰元に忍ばせていた剣を抜いた。
「エリー! 何してる? 逃げろーー!」
ラグ殿が走りながら叫ぶが、構っていられない!
私ごときが何が出来るか?
剣を構えて立っているだけだが、時間ぐらいは稼げないか?
お嬢様たちが離れ、ラグ殿が駆け付けられる数秒程度くらい。
それ以上は望まない!
「あーはっはっは! 健気じゃなーい! じゃぁ、お望み通り!」
「やめろーーー!」
マーニィは甲高い笑い声を上げると、私の前に立ちはだかり、剣を振り被った。
私は頭上に剣を、真横に倒して構えた!
「真っ二つにしてあげるー♪」
ーー来る!!
私は下唇を噛み、全身に、特に剣を持つ腕に力を込めた!
マーニィは気色の悪い笑みを浮かべ、剣をーー
振り下ろさずに私に背を向けた。
「ーーえ?」
そのマーニィの向こう。
ラグ殿が彼女へ一撃を叩き込もうと剣を振り被り、跳躍したところだった。
ラグ殿も驚いた顔をしている。
「ーー何!?」
「キャハハハハハ! だから言ったじゃん、詰めが甘いって! やっぱあんたはバカアトスだわ♪」
このまま私の前にいたらラグ殿の剣をモロに受けることになるぞ!
マーニィ、一体何を考えている!?
「じゃーバイバイ! あんたはアトスに真っ二つにされちゃいな♪」
と言うと、マーニィは一枚の紙切れを取り出し、ビリッと破り捨てた。
すると、破り捨てた紙切れがボウッと青白く光り、彼女の体が透け始めたではないか!
何が起こったんだ?
「瞬間移動!? 呪符を使ったか? エリーィィィィィ!!」
ラグ殿が叫ぶ!
私はラグ殿を避けなければ……
しかし、ラグ殿を避ければお嬢様とミトが……
これは……受け止めるしかないのでは?
「ラグ殿!」
「エリー、避けろ!」
スーッと消え行くマーニィ。
消える前に見た彼女の顔は、「してやったり」とでも言わんばかりの、腹が立つ顔だった。
そして理解した。
彼女は自分で殺すのではなく、ラグ殿に殺させるつもりだったのだ。
彼女への怒りが込み上げてくるが、今はそれどころではない!
この局面を何とかしなければ!
ラグ殿が剣を離せば良いのだが、既に剣は軌道に乗っている。
今話したら、それこそすっぽ抜けてあてのない方向へと飛んでいくだろう。
下手すれば誰かに刺さるかもしれない。
だからラグ殿は離せないのだ。多分。
だったら受け止めるしかないでしょう。
やってやれないことはないだろうが、まず剣は折れるな。
そして私は肩口からブッシャーと血が噴き出るだろうな。
つーか死ぬだろうな……間違いなく……
ラグ殿、いえ師匠。
敢えて受けさせて頂きます。
実は全身が震えて力が入りませんが……
避けても避けきれないと思うし、この場から逃げるわけにもいきません。
腹をくくるしかない!
よし、来い!!
「ラグ殿ーーー!」
「ーーエリー! クッソ……!」
ラグ殿が悔しそうな顔をしながら迫り、その剣が私の構えた剣にかさなりそうになったその瞬間。
急に私の視界が真っ白になった。
急に、だ。
恐らくだが、私はラグ殿に斬られたな。不思議と痛みはない。
となれば死を迎えたか。
とすると、そうかここが天国か。
この光の向こうにはきっと花畑と草原が……
ーーあれ? 違うな、
まだ生きてる。
真っ白なのは光に包まれたからだ。
今は昼間だったが、太陽とは違う光。
この光は一体?
やがて光が消え、辺りが見えるようになった。
ラグ殿は地に足を付け、私に剣を振り下ろしていた。
私は横に寝かせた剣でそれを受け止めていた。
なんだ、やればできるじゃないか。
偶然かもしれないが、できたじゃないか。
良かった、死ななくてーー
なんてこと言ってる場合じゃない!
ラグ殿は私に剣を向け、私はその剣を受け止めたーーと思っていたが違った。
私たちの間に、もう一本剣があったのだ!
それがラグ殿の剣を受け止めていた!
まるで私を守るように。
そして私は目を瞬いた。
その光景があまりにも奇妙で。
だってその剣……宙に浮いている?
「……あ、あれ?」
「ーークラウ……ソラス」
ラグ殿は剣を引くとそう呟いた。
その声に反応し、クラウソラスと呼ばれた、私の前にあった剣はその輝きを潜めた。
そうか、さっきの光はこの剣から発せられたのか。
クラウソラスは光を失うと、ゆっくりと宙を漂い始め、元あったところーーラグ殿が乗っていた馬の鞍に下がっていた鞘に自ら向かっていく。
今気が付いたが、その鞘は鎖でがんじがらめになっていた。
その一部。
剣が収まる部分の鎖だけが解け、そこに剣が戻ると一瞬で鎖が戻りがんじがらめにする。
まるで剣を封じ込めているかのように。
それを見送ると急に全身から力がある抜けて地面にへたり込んでしまった。
張り詰めた緊張が解かれたようだ。
お嬢様とミトが駆け寄り、抱き締めてくれた。
お嬢様、いつもと変わらぬ柔らかな香りがします。
ミト、痛い。脇腹をグリグリしないでくれ……!
ふとラグ殿を見上げる。
ーーラグ殿は眉間にしわを寄せ、複雑そうな顔をしていた。
ラグ=アトス。
果たしてそうなのか?
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