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月夜の下で

この回では剣術について触れていますが、あくまでも作者の見解に基づいて書き出したもので、実際の剣術とは異なっていると思います。

ご了承下さい。

「ーー眠ったか」


 ラグ殿が私にそう訪ねてきたので、私は静かに頷いた。

 横を見れば、お嬢様はあの少女……ミトと言うらしい……と一緒に休まれている。

 外はもう夜だ。

 私とラグ殿は、ひっそりと静まり返った家屋の中で、ユラユラ揺らめくランタンを囲むように座り込んでいた。


 私たちはあれから、この集落からは移動せず、壊されていないこの民家を見つけ、一旦そこに身を置くことにした。

 下手に動けば、またあの集団に出くわすかもしれないとラグ殿から提案があり、それに従ったわけだ。

 馬を軒下に繋ぎ家の中に入ると、ラグ殿は人さらいの集団が近くにいないか見に行くと告げて出て行き、お嬢様と私、そしてミトの三人がこの家に残ったわけなのだが……

 そこで私はお嬢様に頬を叩かれた。


 スパン!


 乾いた音だけが民家の中にこだました。


「エリー、あなたは私を守って下さるんでしょう?」


 お嬢様はそう私に詰め寄られた。

 その目に涙をためて……しかし、しっかりとした口調で。


「そのあなたがもし死んでしまったら……どなたが私を守って下さるの?」


 決して荒げず、しかし語尾を強めた口調で、お嬢様はそう私に迫った。


 その時の真っ直ぐな目は忘れることが出来ない……

 お嬢様は、真剣に私を心配して下さったのだ。

 こんな、奴隷上がりの召使いを……


 私は下唇を噛み、思わず嗚咽が漏れそうになるのを堪えてお嬢様に跪いた。


「……申し訳ありません、お嬢様……。このエリー、お嬢様へ交わした誓いをたがえるところでした……」

「……そうですね」

「ですが、あの場で見過ごすことは出来ません。目の前で助けを求める者を放っておくなど、とても……」


 そう私は口にするが、お嬢様は、


「そのあなたの軽率な行動のせいで私たちは彼らに見つかりそうになりました。幸いラグ殿がいて下さったおかげで難を逃れましたが……もし、ラグ殿がいらっしゃらなかったら。もし、私たちだけで旅をしていたら……そのことをよく考えなさい!」


 お嬢様の目にたまった涙は、まるでコップの淵から溢れる水のように溢れ始めた。

 私は視線を下に落とし、うなだれた。

 お嬢様の仰る通りだ。

 私の身勝手な行動で皆を危険に晒してしまった。

 お嬢様のご意思ではなく、自分の意思を優先してしまった。

 召使いとしてあってはならないことだ。


 主君を危険に晒すなど、あるまじきこと……

 なのに私は…….


「けれど……」


 だが、だがお嬢様は……


「けれど、それがエリーです。エリーはいつもそう。私の言うことなど聞かず、自分勝手に動いてしまう」


 私は顔を上げた。

 お嬢様が微笑んでいる……

 ミトを優しく抱き締めながら。


「身勝手な行動でしたが、そのおかげでミトを救うことができました。感謝します、エリー」


 お嬢様は私にそうお声を掛けて下さり、肩に手を優しく乗せて下さった。

 私はまた泣いてしまった。


 そのうちラグ殿が戻り、周辺にはもう人さらいの集団がいなかったこと。

 念のためこの家で一夜を過ごし、明け方にもう一度確認をしてから集落を発つことを進言された。

 私は先の賊のことを思い出し、野生の獣の危険がないか尋ねるが、野営するなら危険だが、家屋の中で過ごす分にはむしろ壁があるせいで獣も手を出しにくいという。


「何かあれば俺が即座に動く」


 とラグ殿に言い切られてしまったので、これ以上物申すわけにもいかない。

 ここはラグ殿に甘えよう。


 そうして、この家で過ごすうちに夜がやって来たというわけである。


 落ち着いてから中を確認すると、それほど広い間取りではないようだ。

 首都近くの森にあった、カムリ家の小屋よりかは少し広いというところか。

 私たちは玄関からから入ってすぐの、土間続きの部屋……リビングに使っていたのだろう室内で休むことにした。

 リビングと当たりを付けたのは、ここにテーブルや椅子、簡素な食器棚があり、何かしらの生活の跡があったから。

 私たち四人が休むには十分な広さだ。

 ミトなら、誰が暮らしていたか分かるかもしれないな。


 ラグ殿が荷車より取り出してきたランタンに火を付けると、室内に柔らかい光りが灯された。

 と言っても、顔を合わせようとしても近くに来なければ確認出来ない程度の明るさだが。

 それでも、灯りがあるというのは安心する。


「よく眠っているな」

「えぇ、そうですね」


 二人とも疲れ切っていたのか、スースーと寝息を立てている。

 ミトにしてみれば、とても不憫なことだ。

 昨夜はこうして家族で横になっていただろうに……

 私は姿勢を正すとラグ殿へと身体を向けた。


「ラグ殿、その……、昼間は申し訳ありませんでした」


 そう言って私は彼に頭を下げた。

 と言ってもただ下げるだけではない。

 床に手を突き、額を突き、いわゆる"土下座"だ。


「いったいどうした?」


 しかし、ラグ殿はいつもと変わらぬ口調だった。

 驚いたりはしないんだな。


「私の身勝手な判断、行動で皆を危険に晒してしまいました。深くお詫びいたします!」

「よせ、そんな真似をされるいわれはない」

「し、しかし!」


 私がバッと顔を上げると、ラグ殿は……うっすらとした微笑みを浮かべて私に顔を向けていた。

 私は……

 私は微笑みなど見せて貰いたくないのに……


「あ、あなたは……、私のしでかしたことに対して、何も思われないのですか?」

「しでかしたこと……か。確かに危険だったな」

「で、では……!」

「エリー、お前はいったいどうして欲しいんだ?」

「……え?」


 そこで私は頭の中が真っ白になった。

 どうして欲しい?

 どうして欲しいって……


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 ーー違うのだろうか?


「お前を見ていると、何か罰を与えて欲しそうに見えるんだが?」


 ラグ殿の言葉は私の胸中をギュッと掴んだ。

 そうだ、私は罰せらるべきなんだ!

 そう思い、ついラグ殿に噛み付いてしまった。


「そ、そうですよ! 私は悪いことをしたのですから!! ば、罰を……殴るなり蹴るな……」

「悪いことか……、結果的に少女ミトの命を救ったことが、悪いことになるのか?」

「え、あ……そ、それは……」


 ラグ殿の物言いに、私は言葉が詰まってしまった。

 そして、彼の目はとても優しい。

 それは、私に対しての怒りや軽蔑などではなく、何かを諭そうとする。

 そんな眼差しだ。


「エリー。確かにお前の行動は褒められたものじゃない。だが、それは定められた規律の中で行動する者たちにとっての話だ。俺たちは軍隊じゃない。一緒に旅を共にする仲だ。それに、人として当然の行動を俺は責めることはできん」

「あ……」

「だが、今日は俺がいたからこそ二人を助けることが出来た。もしお前とアリシアだけだったら、助けることはおろか、きっとタダじゃ済まなかっただろう。それだけは忘れるな」


 そうだ、今日はラグ殿がいたから……

 ラグ殿の強さがあったから……

 私は弱い、非力だ。

 もし私が強かったら……

 ラグ殿には及ばずとも、お嬢様を守れるくらい強かったら……


 私は……


「……ラグ殿……」

「ん?」


 私はもう一度ラグ殿に頭を下げた。


「ラグ殿! お願いします! 私に戦う術を教えて下さい!」

「……」

「私は……、私は強くなりたい! お嬢様を守るために! お嬢様を救うために! お嬢様は私の全てです! お嬢様がいなければ私は、私は……!」

「……」


 私はただまくし立てた。

 ラグ殿が果たして耳に入れてくれているかどうかは別として。

 自分の思いの丈をぶちまけるかのように。

 だが、返事がない。

 シーンと静まり返った静寂だけがこの部屋に充満している。


 私は頭を下げたまま、ラグ殿の返事を待った。

 だが、何も返ってこない。


 ダメか……

 だろうな、当然だ。

 こんな弱々しい、それも女で貴族の召使いなど、鍛えたところで何も得るものはない。


 そういうことだろうな。


 しばらく頭を下げたままにしていると、ラグ殿はスッと立ち上がり、私の横を通り過ぎていった。

 私はゆっくりと顔を持ち上げ、ラグ殿の方を見た。

 暗くてよく見えないが、ラグ殿は土間に降りて、何かを探しているようだ。

 ガチャガチャと音が聞こえてくる。

 そのうち音が止むと、ラグ殿が私を呼ぶ声が聞こえた。

 私は慌てて体を起こし、寝ているお嬢様とミトを起こさぬよう、静かに土間に降りた。


「外に出るぞ」


 ラグ殿はそう言って先に外へと出て行った。


 あの……、獣は……?


 私はキョロキョロと首を回しながら、恐る恐る外へと出た。


「獣ならいない。大丈夫だ」


 ラグ殿は暗がりからそう言って……

 ……いや、暗くない。

 影が出来ている。

 夜空を見上げると、月が出ていた。

 大きく丸い、満月が。


 その月に暫し見惚れていると、ラグ殿が私のそばへ寄ってきて、一本の木の棒を私に掴ませた。

  思わず「これは?」と聞きそうになったが、そこはグッと堪えた。

 ラグ殿の意図することが分かったから。

 ラグ殿は私の正面に立ち、同じように手にしている棒を構えた。


 なんと……、洗練された構え……


「エリー、構えてみろ」


 そう言われ、私はラグ殿の真似をして棒を構える。

 何ともぎこちない動きになってしまった……


「ん、先が下がりすぎだ。自分の視点の中心に持っていけ」

「は、はい!」


 私は言われた通り、棒の先を自分の視点の中心に持っていくように上げていった。


「よし、それでいい。その構えは中段になるが、剣術において最も基本となる構えだ。

 まず、自分の急所の全てを守ることが出来る。頭、喉、胸、鳩尾の全てだ。それと、視点の中心に切っ先を持ってくることで、相手との距離を図りやすくなる。それが間合いだ。

 今お前が構えているより先に俺が立っている。つまり、俺は今、お前の間合いの外にいる。ということになる。忘れるな」


 正直ラグ殿の言ってることはサッパリ分からない。

 だが、この「中段の構え」が基本であることはよく分かった……つもりだ。

 私は頭の中で反芻する。


「頭で覚えるよりも感覚で覚えていた方がいい。いざ立ち回った時には、頭で覚えたことよりも体が覚えている動きが真っ先に出る。まずは体に叩き込め」

「はい!」

「よし、基本が分かったら打ち込むぞ。まずは左右に一回ずつ、次に上下に一回ずつ、この棒に当ててこい。当てたらすぐに構えを取れ。中段だ。それを繰り返す。体が覚えるまで、な」

「分かりました!」

「よし、では来い!」


 そこからはがむしゃらだった。

 無我夢中だった。

 ラグ殿は私の希望に最善の方法で答えてくれた。

 それがとても嬉しくて嬉しくて……

 とにかく私は棒を振った!

 それこそ腕が棒になるまで振った!

 体が倒れるまで振った!


 棒を中段で構えて、右、左となぎ払い、上、下へと振り上げ、振り下げ、中段の構えに戻る。

 それを繰り返す。

 ひたすら、ただひたすらに。

 体に動きを覚えさせるために。


 私は強くなりたい!

 お嬢様を一人で守れるくらい強く!

 おこがましいことかもしれないけど、それが私の願いだ。


 クロノシア国までの道のりは決して長くない。

 短い間だけれど、その間だけでも剣を教えてもらえる。

 それが何より嬉しい。

 お嬢様を守る術を手に入れられる喜びが、私を突き動かす。


「エリー、アリシアを頼む。お前が守ってやってくれ」


 ふと、旦那様の声が聞こえた気がした。





















ここまでお読み下さり、ありがとうこざいます!

皆様からの評価、感想はとても励みになっております!

今後もよろしくお願い致します!

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