ラグの優しさ
今回は少しコミカルな感じになりました。
旅の息抜きみたいに思って頂ければと思います。
旧街道を進み始めて二日程経った。
クロノシアは依然遠く、荷車がある関係でスピードを上げることもままならない。
かと言って地図とにらめっこして近くなる訳でもなし。
速くなる訳でもなし……
全く、こんなノロノロと進んでいては、いつまた剣士団や賊共と出くわすか……
何より、何故こんな大荷物なのだ?
荷車いっぱいの荷物ってどんなだ、おい!
……なんて言えない……
私たちは何もしてないものな。
全てラグ殿が用意してくれたのだ。
もしや、クロノシア国まで一ヶ月掛かるというのは、これを見越してのことか?
だとすれば、荷車の中の食料なども一ヶ月分はあるということになる。
ラグ殿……
色々勘ぐって申し訳ありません。
「アリシアはどうした?」
「荷車の隙間で横になって休まれています」
「そうか。ゆっくり寝れればいいがな」
私とラグ殿は、焚火を囲みながら向かい合わせに顔を合わせていた。
旧街道は、思っていたよりも整備が行き届いており、所々に休憩のためのスペースが設けられていた。
馬はもちろん、馬車を入れても十分な広さがある。
それに、ある程度踏みしめられた地面は、そこらへんの石で焚火の為の釜戸をこさえて野営するにはもってこいだ。
旧街道を主として使っていた頃の名残りとは言え、これなら経路としてもまだまだ十分使えるように思う。
賊に会わなければ……の話だが。
旦那様。街道整備もさることながら、旧街道の安全、維持にもご尽力頂きたかったです。
そんな思いを馳せつつ、旧街道の傍に腰を下ろした時には、まだ夕焼けが見えていた。
「夕焼けがとても綺麗ですね」
その時、お嬢様はウットリとした表情で眺めておられたが、あいにく私は忙しかった。
申し訳ありませんが、それに付き合ってる暇はないのでございます!
釜戸(ラグ殿が持参!)を置いて、薪をくべ(ラグ殿が用意した荷車にどっさり!)、初級魔法で火を付ける!
この一連の流れは必ずスムーズにいかなければならない!
でなければ、夕食の下ごしらえに響くのだ!
「ほぅ、エリーは魔法が使えるのか」
ラグ殿、驚いたか? 驚いただろう?
ラグ殿は確かに強い。
力やスピード、剣や技。経験から来る洞察力etc……
どれも私にはないものばかり。
だが、家事能力では私の方が上だ。
上に違いない!
どうぞ、安心して私の作る夕食をお待ち下さい!
日が沈むと辺りはだんだんと冷んやりしてきた。
今夜の夕食は、干し肉とパン。野菜と肉をダッチオーブンで煮込んだスープだ。
肉は塩コショウをまぶしてダッチオーブンの中央に、その周りには玉ねぎやキャベツなどの、熱が通ったら水分が出やすい野菜を置く。
これを火にかけ、一時間ほど煮込めば、特製スープの完成だ。
ふふふ。
それぞれの器に取って、どうぞ召し上がれ!
私は器に盛り付けて、それぞれ二人に手渡した。
湯気が立つスープをスプーンですくい、口元に運ぶ二人。
それを私はドヤ顔で眺めている。
いい気分だ。
「ん、……これは?」
「あら、あらら?」
どうだ、エリー特製野菜スープの味は?
肉から滲み出た肉汁に野菜の甘み。
そこにパンチとして加えた塩コショウが程よいハーモニーを……
「薄いな」
「薄いですね」
ハーモニーを奏で……
奏でない?
え? 薄い?
「エリー。味付けはどうしたのです? やけに水っぽいのですが」
「そんな! ちゃんと塩コショウをまぶしましたよ!」
私は塩コショウの瓶を手に取ると、お嬢様の目の前にそれを出して見せた。
「多分、水が出すぎたんだ。ちょっと借せ」
ラグ殿が私の手から塩コショウの瓶をもぎ取ると、それをスープの上にわっさわっさと振りまくるではないか!
「ちょ、ちょっと! 何するんですか!?」
「黙って食ってみろ」
私が慌てふためいているのを無視して、ラグ殿はスープを器に盛り直すと私たちに渡して来た。
くっそ、せっかく作ったのに。
だが、ラグ殿は男だ。
そして、私は女。
家事能力は女である私が上に決まって……
「わぁ! 美味しい!」
お嬢様。今の私にその言葉はナイフと同じでございます……
私は悲しゅうございます……
「気にするな、お前の仕込みがなければここまで味は引き立たない」
ラグ殿。慰めて下さるのはありがたいが、場の雰囲気を察して頂きたい。
おいしいところを全て持っていかれたのでは、私の面目丸つぶれだ……
あぁ、お嬢様……
そのスープ、美味しゅうございますか?
そうですか、そうでしょう。
何でだろう、私はものすごく負けた気持ちになる………
そうして焚火の横に座り項垂れていると、ポンと肩に手を乗せられた。
顔を持ち上げると、お嬢様の笑顔がそこにあった。
「エリー! 食べましょう! 食べて寝れば、嫌なことを忘れられますわ!」
その笑顔がなんだかとても愛くるしい。
やはりお嬢様は天性のカリスマをお待ちなのだ!
こんなことで腐っている場合ではない!
食って食って食いまくって、明日からもまた頑張るのだ!
と、私もスープにパンをがっついた。
そしてお嬢様は夕食を召し上がると早々にお休みになられた。
という訳だ。
上を見上げれば、星が瞬き、夜空を埋め尽くしている。
とても美しい。
ふと横に視線をずらせば男が一人。
焚火の火に当たりながらナイフで木をこそいでいる。
こ、これは正直……
……ムサい……
「ん? どうした?」
「え、あ、いやなんでも……!」
しまった、ちょっと見過ぎてたか?
私としたことが……
「お前も寝てていいんだぞ。俺は明け方に少し寝れればそれで十分だからな」
それは十分じゃないのでは?
「ラグ殿、それではあなたの体調が……」
「まぁ、明日には小さいが町に入るだろう。その時は宿屋でも取ってゆっくり休めばいい」
そう言いながらも、ラグ殿は私には視線を寄せず、ただただ、木をこそいでいる。
「ラグ殿、先程から何を?」
「これか? エリーが魔法を使えると分かったからな。少しでも火種になるものがあれば、火を起こしやすくなるだろう。
魔力の消費も抑えられるんじゃないか?」
それって、もしかして……
ーー私のためなのか?
「魔法の原理はよく分からんがーー」
と言いながら、ラグ殿は作業を進めていく。
それがなんだか妙に嬉しくて、こそばゆくて……
ラグ殿は鬼神のごとき強さを持っているが、優しい一面もあるのだな。
もしかしたら、こっちのラグ殿が本当の彼なのではないだろうか。
ラグ殿は、「今のうちに休んでおけ」と私に言うが、私はラグ殿の作業をもう少しだけ見ていたかった。
ーーもう少しだけ、見させて下さい。
そう思い、ジッと作業の様子を眺めていると、ラグ殿はチラっと私を見ただけで何も言わずに作業を続けている。
何故か、それが心地が良かった。
後で聞いた話だが、旧街道の場合、クロノシアまでの行程は走ろうが歩こうが一ヶ月は掛かるので、それなら私たちに負担がないように進もうというのが、ラグ殿の考えだったらしい。
私は浅はかでした……
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