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強さの中に見える影

多くの評価を頂き、ありがとうございます!皆様のご期待に応えられるよう、精進致します!

「ひと月なんて、聞いてませんよ!」


 青空の下をのどかに歩く馬の上で、私はラグ殿に噛み付いた。

 と言っても、馬の上なのはラグ殿だけ。

 私とお嬢様は荷車の上だ。

 元々この荷車は馬二頭で引いていたらしく、御者が座る席がある。

 ちょうど私とお嬢様二人が楽に腰掛けられそうな広さだったので、私たちはそこに仲良く並んで座ることにした。

 もちろん、手綱は私の手の中だ。

 お嬢様が握る? ふざけた話だな。


 荷車の先からは一本のシャフトが伸び、その両側に馬が繋がって荷車を引いている。

 行商が使うだけあって、乗り心地は良い方ではないだろうか。


 それにしても、鞍に跨って操るのと随分勝手が違う。

 段差に乗る度にガタン! と揺れるから、その度にお嬢様は不快でないか、横目でチラリと確認しなければならない。

 背中の荷にも気を使う。

 何よりも、二頭の馬の足並みを揃えなければならないから、気を使うよりも神経を使うのだ。

 その違和感に慣れず、私の手綱を握る手がピクピク震えていた。

 それを見て、お嬢様はクスクスお笑いになっている。

 お嬢様……、私、こう見えて必死なのですが……


 あ、いや、それよりもラグ殿だ。

 旧街道を使いクロノシア国の国境まで掛かる日数がひと月だと言っていた!

 何故事前に説明がなかったのだ!

 これはキチンと説明責任を果たしてもらう必要がある!

 とにかく、返事をしろ!


「ラグ殿! 聞こえているのですか!?」

「別に言っていないがな?」

「っぬぐ!」


 そしてラグ殿がシレッとした態度で返してくることに、また腹が立つ。


「だいたい、どうして旧街道を使うときに言って下さらなかったのですか!?」

「必要ないと思ったからだ。出発すれば到着するだけだからな。余程のことで引き返さない限りは」

「くーーっっっ! あぁ言えばこう言う……!」

「なんだか、お二人とも似てますね」

「どこがですかー!!」


 お嬢様、そんなお戯れを……

 私とこの男は根本的に違いますから!


「ひと月ですか。長い道のりですが、よろしくお願い致します。ラグ様」


 お嬢様。いつになく笑顔が眩しいです……


 早朝にあの森を出た私たちは、ラグ殿の手引きで旧街道へと向かった。

 あの酒場や森があった場所は首都からそれほど離れていなかったことが、地図を見て分かった。

 剣士団に早々と追い付かれたのも理解出来る。

 距離が近過ぎたのだ。

 しかし、私は首都を出たことがない。

 お嬢様にしても然り。

 何故ならば、貴族令嬢の教育は全て首都内で事足りていた。

 まぁ、お嬢様だけでなく首都で暮らす貴族の子というのは、幼い頃から親元で修行し、そのまま適齢期を迎えれば家業につくというのが習わしだ。

 そのため、必要以上に首都から出るということもなかった。

 旦那様くらいだろう。

 外交でしょっちゅう家を空けられていた記憶がある。

 もしかしたら、旦那様はお嬢様もいずれと考えられていたかもしれない。

 どちらにせよ、今の時点で首都の外に出たことがないのだから、土地勘などあるはずもない。

 行き当たりばったりで逃げ惑い、たどり着いた先があの酒場だったというわけか。


 今思えば何というミラクル。

 まさに奇跡……!

 お嬢様の仰る通りでございますね。


 さて、あの森を経ってから既に日は昇りきっている。

 ちょうど頭上に太陽が差し掛かるので、さしずめ午後といったところか。

 食事は日が昇る前に一度済ましてある。

 そこから休憩なしで進んで来たのは、早めに旧街道に入りたかったからだ。

 しかし、今がどこらへんなのかが全く分からない。

 私たちは一体どこを進んでいるのだ。


「ラグ殿。私たちは今どこを?」

「旧街道にはもう入っている」

「え、あ、は!? 何故教えて下さらなかったのですか?」


 私が問うと、ラグ殿はチラッと私を見てきた。

 ……いやな予感がする。


「聞かれなかったからだ」





 やっぱり……

 うー……、なんだかいちいち腹を立てるのがバカらしくなってきた……

 この男はそういう人間だと思っておこう。

 と一人思案していると、お嬢様がラグ殿に話しかけた。


「ところでラグ様。そろそろお昼に……」

「そうだな。どこか馬を止められる場所を……」

「あ! あそこはどうです?」


 道沿いにちょうど荷車を止められそうなスペースを見つけた私は、そこを指差して即座に提案してみたところ……

 一瞬だが、ラグ殿の歯切れが悪くなった。


「あー、あそこは……」

「何か問題でも?」

「いや、まぁ大丈夫だろう」

「では、あそこに決定ー♪」


 私が調子良く手綱をパシッと弾くと、馬の速度が軽快になった。

 ラグ殿もそれに続くように足を速めてくる。

 ようやく食事にありつけると知って腹の虫が声を立てた。

 待て待て、もうすぐランチだよぉ。

 とウキウキでそこまで行ったのだが……


 そのスペースに来てみると、どこか違和感があった。

 草が刈られたような痕があるのだ。

 それもつい最近、しっかり刈り取りましたよと言わんばかりに。

 また、土が無造作に踏まれた跡もある。

 通る者が立ち寄って踏みしめられた跡には思えない。

 私は首を傾げるが、ラグ殿はと言うと、さっさと馬を降りてその傍にあった木の幹に手綱を括り付けた。

 遅れてはならぬと、私もそれにならうことにした。


「さてと。エリー、釜戸を出してくれ」

「え、今なんと?」

「釜戸を出してくれと……」

「いえいえ、その前です。どうして私の名前を……」

「アリシアがそう呼んでいた。違うのか?」

「お嬢様……」


 私は思わずお嬢様をジーッと見つめてしまった。

 ん?

 お嬢様、また無意味に視線を逸らさないで下さい。


 ん? ちょっと待て。

 ラグ殿はなんと……


 ()()()()が?


「ちょっ、ラグ殿! 何故お嬢様のお名前を!?」

「酒場に踏み込んで来たヘタレ共がそう呼んでいた」

「あぁ〜、それで」


 ……お嬢様。

 ポンと手のひらに拳を置いて納得されないでください。

 ラグ殿よ、私だけならいざ知らず、お嬢様まで呼び捨てとは。

 聞き捨てならない!


「おい、エリー。早く釜戸を……ん?」

「あ……」


 私とラグ殿がそちらを振り向くのはほぼ同時。

 そこには薄汚れた身なりの男たちが集団で私たちの前に現れた。

 どいつもこいつもなんて言うか……

 下心丸出しの薄気味悪い笑みを浮かべている。


「チッ、()()()()か!」

「ラ、ラグ殿。やっぱり、と言うのは?」

「このスペースは罠だったってことだ。誘い込むように道端の草を刈り込んで休憩場所を()()()作る。そして、そこに入ってきた者たちを取り囲んで殺してから、荷物の物色ってところか」

「あ、えーと……」

「女は姦された後、子供と連れ去る。人買いに売るためだ。男や老人はその場で殺す。こいつらは賊だろうな」


 ラグ殿の言葉に、私は耳を疑った。

 賊!?

 旅を始めていきなりのピンチなのでは!?


「ラグ様、()()()()()とは一体?」


 お嬢様、さすがでございます。

 いつ何時、いかなることがあろうともブレないその態度にその度胸……

 はっきり言って羨ましいです……


「知らない方がいい。さて、どうするか」


 ラグ殿はそう言うと、私たちを庇うように前に立ち、背中を向けた。


「ひっひっひ」

「女だ。女が二人」

「たーっぷり可愛がってから売り飛ばしてやるかぁ。あーひゃっひゃっひゃ」


 集団の先頭から、聞いていて毛羽立つような笑い声をあげる男たち。

 正直、私は足がすくむ程の恐怖を感じていた。

 ラグ殿は強い。

 剣士団を退けるほどに。

 だが、この人数では多勢に無勢だ。

 もしラグ殿が倒れたら、私はお嬢様を守れるだろうか?

 そう思うと、体中が強張ってしまい、動けなくなってしまった。


「ラグ殿……」


 やっと絞り出した声の、なんと頼りないこと……

 だが、ラグ殿は私たちを振り向かず、


「下がっていろ」


 と言うだけ。


「あーはっはっはー! まさかこの罠にハマる奴らがいるとはなぁ!」


 集団の中から、一際大柄な男が笑い声と共にヌッと現れた。

 おお、何と太い腕! 分厚い胸元!

 髪が長いのだろう、後ろでまとめているが額は見事に後退している。

 チョッキのような衣類を身に纏ったその男が口を開けて笑うと歯がなかった。

 これは……そうだな。

 いかにも悪い奴という装いだ。


「おい、そこのお前。大人しくしてたら楽に殺してやる。荷は貰うからな。あと、女もだ。お前はそのまま、獣の餌にしてやるよ」


 と私たちを値踏みするような目で見たあと、男は顎をしゃくった。


「おめぇら、あの優男と遊んでやりな!」


 男に促され、賊たちは次々とその手に武器を構えていった。

 その握る武器のほとんどが剣やナイフと言った刃物類なのは、賊のお決まりなのだろうか?

 いや、それはこちらの勝手な価値観なのかもしれない。

 しかし、数が多い!

 だが、私には助太刀できる術がない……


「ラ、ラグ殿……」

「心配ない。荷車の後ろに隠れてろ」

「し、しかし! 多勢に無勢では……」


 私たちの心配をよそに、ラグ殿は馬の鞍に携えた()()()は手にせず、焚火に使おうと荷車から取り出していた一本の木の棒を握った。


「ラグ殿! それは武器ではないですよ!」

「ラグ様、何故剣をお持ちにならないのですか?」

「心配するなと言った。こいつら程度、木の棒(これ)があれば十分だ」


 ラグ殿がそう口にした途端、賊共の表情が揺らいだ。

 あれは……バカにされて怒ったっていう顔だ……

 聞こえていたのか……


「ぁんだ、このヤロゥゥゥ!!」

「なぁめやがって! ズタズタにしてやらぁ!」

「泣きべそかいても許さねぇぞ、コンチキショーが!」


 あぁ……聞くに耐えない言葉……

 ラグ殿……本当に大丈夫なのでしょうか?


「かかれーーー! ここまでコケにしてくれるたぁ、いい度胸だゴルァァァァァァァ!!」


 威勢の良い掛け声と共に、賊たちは群衆となってラグ殿に襲い掛かってきた!

 しかし、ラグ殿はたじろぐどころか、私たちに視線を寄せて、


「いいか。絶対にそこを動くなよ」


 と言って賊たちに向かって駆け出した!

 私たちは言われた通り、荷車の向こうへと身を潜めると、そこから顔を出した。

 ラグ殿の様子が気がかりなのだ。

 しかし、それは杞憂に終わる。


 何故ならば、私たちはとんでもないものを目にすることになるからだ。

 それは一瞬……いや、束の間の出来事……という表現が正しいのかもしれない。


 ラグ殿は身を低くし、素早い足取りで賊の集団へと駆け寄っていった。

 賊たちも、「ウォォォォォ!」と雄叫びを上げながら、ラグ殿と距離を縮めていく。

 と、手前で急にラグ殿が滑り込んだ。

 そこへザーッと賊たちが雪崩れ込む。

 が、先頭の集団が次々と地面に倒れていくではないか!

 ラグ殿は滑り込むように身を屈め、地面に程近い姿勢で賊たちの間をすり抜けながら、その足を叩いていったのだ。

 足を叩かれた者はそこで失速し、走って来た勢いのまま、地面に倒れる結果となった。


 そこから先は、もうラグ殿の独壇場だ。


 倒れて起き上がる者は、その横っ面を叩かれてまた倒れる。

 立っている者は足を棒で小突かれ、姿勢を崩された後に鳩尾へ一撃を叩き込まれている。

 さらに言えば、その斬り込むスピードが桁違いだ。

 賊たちが迎え撃とうと構える前に、ラグ殿は間合いに入り込み一撃を加えていく。

 だが、数は圧倒的に向こうが多い。

 そうしているうちに、ラグ殿は背後から斬り掛かられ……


「あ! 危ない!」


 私は思わず声に出してしまった。

 ラグ殿は賊の剣を棒で受けるが、所詮はただの棒っきれ。

 あっさりと真っ二つにされてしまった。

 しかし、ラグ殿はひるむことなく、クルリと後方へ翻ると、倒れている賊の手から剣を抜き取り……

 斬り掛かった!

 初手で相手の武器を持つ腕を斬り飛ばし、そのまま腹を割く。

 余りにも速すぎる斬撃に、一瞬時が止まったのではないかと思うほど。

 そして、その流れのまま次へと向かい、次々と賊たちを斬り飛ばしていく。


 やがてその場に立っているのは、ラグ殿と賊たちを取り仕切っていた男だけとなった。

 周りには無残にも打ち倒された男たちが転がっている。


 私は自分の目を疑った。

 一対多数という絶対的戦力差がある中で、ラグ殿はあっという間に賊の群衆を打ち倒したのだ。

 それも、圧倒的な強さで。


「あ、……あれ?」


 残された男は、ただ呆けた顔をしていた。


「で、俺は殺されて獣の餌にされるらしいんだが」


 ラグ殿は息切れ一つせず、そこに佇んでいる。

 そしてスーッと手にした剣を掲げると、その先を男へと向けた。


「それで良かったか?」

「ヒィィィ!?」


 ラグ殿にそう聞かれ、男は情けない悲鳴を上げると、クルリと踵を返してドタドタ走り出してしまった。


 ーー逃げたな……


「おいおい。仲間がいるってのに」


 ラグ殿はため息混じりに大きく振りかぶると、


「逃げるのは反則だ」


 と、手にした剣を男に向かって投げた!

 クルクル回りながら、弧を描きながら飛んでいく剣は、逃げる賊の後頭部に直撃し、賊はその場に倒れてしまった。

 それを見た後、私たちは荷車から離れ、ラグ殿に駆け寄った。


「ラグ様……」

「あ、あの、この者たちは……死んだのですか?」

「見ての通りだ。息がある者もいるが、長くはもたんだろう」


 ラグ殿は腰に手を当てると、足元を見回した。

 大の男たちが十四〜五人はいるだろうか。

 腕や足がなかったり、腹から血を流して地面に倒れている者もいる。

 離れた向こうにも、一人。

 その光景を目にしたのと、血の匂いが鼻についたのとで、思わずこみ上げそうになってしまい、私は口元を手で覆った。

 お嬢様は……、気丈な方だ。

 とても青白い顔をされているのに。


「そのうち、血の匂いを嗅ぎ付けて獣が来る。今のうちにここを離れるぞ」

「「え?」」

「さっさとしろ。昼飯は暫くお預けだ」


 淡々と話すラグ殿に向かって、お嬢様は戸惑いつつも尋ねられた。


「あ、あなたは……。人を殺めるのに迷いはないんですか?」

「……甘いことを言うな。迷いがあれば、自分が死ぬだけだぞ」


 そう言ってラグ殿は自分の馬に向かうと、さっと跨って私たちを一瞥した。

 私は口元を押さえつつ、お嬢様の手を引いて荷車に向かう。

 乗り込む際、チラッとラグ殿を見た。


 あんなぶっきらぼうな言い方をする傍ら、ふと見せる、どこか悲しげな表情……

 ラグ殿……一体あなたは何者なのですか?


 ーー迷い、か。


 ラグ殿も、迷うことがあるのだろうか?

 それとも、迷いを克服できるくらい強くなったのだろうか?

 それは一体、どんな強さなのだろうか?


 ラグ殿の背中を眺めていて、私はふとそう思ってしまった。












ここまで読んで下さり、ありがとうございます!

皆様のお力でここまで来れました!

評価、感想を頂けますと大変励みになります。

よろしくお願い致します!

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