アリシアの謝罪と命の価値
なんだか急ぎ仕立てた感じの話になってしまいました……
「お嬢様! これは一体どういうことでしょうか!?」
私は飛び起きるなり立ち上がると、恐れ多くもお嬢様に詰め寄った。
奇跡が起きたとお嬢様は仰るが、ちょっと待て。
あれだけ頑なに依頼を拒んでいた男が、どうして手のひらを返したかのように引き受けたのだ?
もしや、お嬢様(と私)に賭けられた懸賞金が目当てで……
ついでに、お嬢様(と私)の体が目当てか?
ともかく、その心変わりが気になる!
「あなた!」
私はお嬢様から男へと視線を変えた。
男は私たちを小屋へ招き入れたとき同様、ベッドに腰掛けている。
「どういう意図があって、お嬢様の依頼を引き受けになったのでしょう? 言わせて頂きますが、私の目にはあなたはとても拒んでいるように映りましたが?」
私がそう言うと、彼はジロリと私の方を見た。
「気が変わった。それが理由だ」
「気が? 変わった?」
「そうだ。気が変わった」
相変わらずぶっきらぼうな口調でそう言うのだが、果たしてそう簡単に気が変わるものなのだろうか?
私はお嬢様に視線を寄せ……
……(¬_¬;)
ーーお嬢様。
視線を向けて、合いそうになったら流し目でズラすなんて器用な真似。
意味深過ぎて反応に困るのでおやめください……
「と、とにかくエリー。こうして護衛をお願いできましたから……」
「何故ですか?」
「……エリー?」
ーー何故。
この言葉は、お嬢様に向けたものではない。
目の前にいる、昨日まで酒を煽りまくっていた酔っ払いに向けて放ったのだ。
「答えて下さい。何故、何故依頼を引き受けたのですか? 何故、心変わりされたのですか?」
「……」
私は彼の近くまで行き、上から見下ろす形で睨みながら詰め寄った。
「ちょ、ちょっとエリー……。そんな、失礼ですよ?」
「どういうことでしょうか? ご説明を!」
私はお嬢様が戸惑われる姿を尻目に、男のまえに、さらにズイッと詰め寄った。
ちょうど、私の身長は、ベッドに腰掛ける彼と同じくらい。
そのせいか、近付くと顔と顔を付き合わすような形になってしまった。
目の前には、相変わらずボッサボサの髪の毛があり、伸びた前髪の隙間から覗く彼の目と私の目が重なった。
……ちょ、ちょっと怖い……
ーー彼のその目を見て、私は思わず目を逸らそうとする……
が、踏みとどまった!
今は、何故この男が頑なに断り続けた護衛を引き受けたのか? その理由を問いたださなければならないときだ!
怖がってる場合じゃないぞ!
そう、私の中では引っかかるのだ。
あれほど頑なに拒んでいた依頼を、どうしてこうもあっさりと……というところが、だ。
私は負けじと彼を睨み返す!
だが、この男。
表情を変えることもなく、さらに動じることなく、
「……近いぞ」
と一言。私は、
「ふん!!」
と、一蹴。
男の変わらぬぶっきらぼうな一言を、荒れ狂う嵐が如く鼻息で吹き飛ばした。
が、内心はビクビクしている。
冷静に。
ここは相手のペースに飲まれてはならない。
あくまでも冷静に、淡々とことを進めなければ。
私は小さく深呼吸して息を整えてから彼に問うた。
「説明をして頂けますか? なるべく詳しく、詳細に!」
「それはどちらも同じ意味だぞ」
「ーーっく! 人をバカにするのも大概にして下さい! とにかく、何故私たちの護衛を引き受けて下さるのか! そ・の・ご・せ・つ・め・い・を! して下さい!」
「ふん」
私がそう言うと、彼は視線を横に逸らした。
何か考えている?
彼は何だか難しい顔をしながら視線を戻すと、同時に小さく呟いた。
「それを説明すればお前は納得するのか?」
「えぇ、もちろん!」
何を当たり前のことを聞く?
まぁ、納得するかどうかは、その内容次第だが。
「……」
彼は座ったまま、腕を組んでしばらく黙り込んでしまった。
説明だとかなんとか言って、本当は大した理由はないんじゃないか?
それともただの口下手か?
そうだ、きっとそうだ。
そうに違いない!
彼はしばらく口を閉ざすと、後頭部をボリボリ掻き始める。
そして、めんどくさそうな態度でその閉ざした口を開いた。
「命だ」
私は耳を疑った。疑うしかなかった。
命だと?
本当にお嬢様がそう言ったのか?
言わされたんじゃないのか、貴様に!
だが、彼は淡々と話を続けた。
「お前の主人である、そこのお嬢様が自分の命を報酬にすると言った。それが理由だ」
そ、それが理由だって? カッコつけるな!
そんなのダメだ!
ダメダメダメダメ!
えぇ、ダメですとも!
ほら見ろ! お嬢様もお返事に困っているじゃないか!
ねぇ、お嬢様!
て、お嬢様!?
何をモジモジしていらっしゃるのですか!?
そんなお嬢様の態度を目にして、私は思わず声を荒げてしまった。
「お、お嬢様……、な、な、な、な、何という事を……!」
私は勢いよく、今度はお嬢様にズンズン詰め寄った。
お嬢様は戸惑いつつも私に笑顔を向けられているが……
「あ、あは、エリー。ちょっと落ち着いて……ね、落ち着い…………」
「お嬢様!!」
「……はい」
「お嬢様は一体何をお考えなのですか! フェルディナント様の手に掛かるかどうかの瀬戸際で命からがら逃げ出せたというのに、護衛を雇う為に今度はそのお命を報酬にするなどと……! それも、こんな、こんな、どこの馬の骨とも分からぬ酔っ払いに……
そんなこと、このエリーはおろか、ご主人様でもお許しにはなりませんよ! 絶対に!」
「ちょ、エリー……、馬の……って、口が過ぎますよ……」
「兎にも角にも、まずはクロノシアの奥方様のご実家に今後のことも含めて一筆を……」
「そこまでにしておけ」
勢い余ってまくし立てているところに、酔っ払いが話し掛けてきた。
それも私の肩に手を置いて!
ふざけるな、何が「そこまでにしておけ」だ!
誰のせいでこうなったと思っているのだ!
一体お前は何様のつもりだ!
私は肩に置かれた手を乱暴に振り払い踵を返すと、私より頭一個分抜きん出た彼の顔を睨んだ。
「言わせておけば! 貴様にどうこう言われる筋合いは……!」
「主が決めたことだ。抗うのか?」
「え?」
彼も私を見るが、ギロリと睨み付けてこなかった。
むしろ、物静かで、優しげな眼差し……
「お前の主人は立派だ。何かを成し遂げる為に自分の命を差し出すなど、なかなか出来ることじゃない。お前はもっと誇りを持つべきだ。このお嬢様の元で働くことに、な」
彼はそう言って私の横を通り過ぎていった。
私は彼の言葉に混乱してしまった。
何か、頭にカミナリが落ちたような感じがする……
誇り……
この言葉は私の心の中を駆けずり回った。
とにかく何か言わないとと思い、彼を振り返った。
彼はドアノブに手を掛け、外へ出ようとしている。
「ーあ、あの!」
「それと、俺は酔っ払いじゃない。ラグだ」
「え?」
彼はドアノブに掛けた手はそのままに、私に顔を向けると、
「俺の名前だ。ラグと……呼んでくれ」
「……ラグ」
「夜までには戻る。国境へ向かうには、荷物もいるからな」
それだけ言って、彼は外へ出て行ってしまった。
お嬢様を見ると、困ったような笑顔を浮かべて私の方を眺めている。
「お嬢様……」
お嬢様は私の側は身をお寄せになると、そっと私を抱き締められた。
ーーそして一言。
「ごめんなさい」
と仰ったのだ。
私は慌ててお嬢様を引き離そうとするが、背中に回されたお嬢様の手はなかなか離れようとしない。
やがて私は諦め、抵抗をやめた。
「お嬢様……」
「ごめんなさい、エリー。一言の相談もなく……勝手に決めてしまって」
「いえ、そのような……」
「でも、これは私の責任なのです。あなたを巻き込んでしまった、私の……」
「……」
私はお嬢様の顔を見た。
お嬢様は目に涙をいっぱい溜めて、それが一つ一つ雫となって頬を伝って……
ボロボロと涙を零して泣いておられたのだ。
「ごめんなさい、今の私にはあなたを助けることができません。ですから、私の命と引き換えにあなたを助けて貰うことにしたのです」
「そ、そんなお嬢様! ご主人様からお嬢様に付き従うことを命じられたときから、私の命はカムリ家に……、いえ、お嬢様に捧げたのです!」
「エリー……」
お嬢様は私の唇に人差し指を当て、
「命を軽んじないで……」
と、私にそう仰った。
そして笑顔で、
「あなたの命はあなたのものですよ、エリー」
あぁ、そうだ。これがアリシア様だ。
人を敬い、尊び、慈しみ、愛でることができる。
「優しさとは他者を思い、その境遇を考えて、何とかならぬかと行動すること。アリシアはそれが出来る子だ」
ふとご主人様のお声が耳に響いた。
あの低音の効いた、心地良く優しい声が。
あぁ、そうでございますね。ご主人様……
心の中でそう答えながら、私もお嬢様を抱き締めた。
お陰様で、日間アクションランキングがど偉いことになっておりますが、これも読んで下さる読者の皆様のお力添えがあるからこそと感謝致しております。
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