テニス部に入ろうかな
中学校になると、小学校とは大きく生活が変わってくる。
まず、初めてのメンツが増える。どの子と仲良くなろうかと、皆の視線が飛び交う。ぎこちない挨拶を交わし、固い笑みを浮かべる。
校舎の大きさも下駄箱の位置も、何もかもが戸惑う。先生だって、なんだか雰囲気が違う気がする。
教室移動が多くなる。体育だけじゃなくて、他の教科も移動がある。それに、教科ごとに担任の先生が違うんだもの。それも変な感じ。なんだか忙しく感じる。
宿題の出され方も変わった。何日までって、期限がある。明日までにこれとこれをやりなさい、じゃないんだ。
制服も教科書も、何もかもが真新しい。
沢山の傷や落ちない汚れのある教室と机は使い込まれている。
そんな違いに少しずつ慣れていく。そんな日々。
新一年生が何よりも一番大きくて悩むのが部活だった。
なにせ中学生活の三年間……受験で引退を除くと二年半もの時間を左右する選択だ。悩まない方がおかしいと思う。
「千尋、部活決まった?」
放課後、並んで歩く彩菜が聞いてきた。私たちは入る部活動を決めるため、見学して回っている。ちなみに彩菜とはラッキーなことに同じクラスになった。他の子とも少ししゃべってはいるけど、やっぱり小学校からの友達と一緒だとほっとする。
「うーん、悩み中」
無難なところは文化部なんだけど、噂では内申点のことを考えると運動部がいいらしい。内申点がどうとかって、正直ぴんと来ないんだけど皆が言っているから、私もそれを考えて決めないといけないような気になってくる。
でも私、球技とか苦手なんだよなぁ。
「バレー部とか絶対無理だし、バスケも自信ない。ソフトも無理な気がする。無難なのは水泳かな。体力つくし」
「えー、水着とか嫌じゃない?」
「うっ、確かに」
水着ってなんか恥ずかしいし、着替えもめんどくさそう。私はさっさと水泳部を候補から外した。
「じゃあ、テニスかな。あーでも、卓球の方が運動出来なくてもなんとかなる気がする」
「だったらテニス部に入ろうよ。私もテニス部に入るつもりなんだ」
ふふふと彩菜が笑った。
テニスかあ。彩菜と一緒なら楽しそうだし、悪くないかもしれない。
「決まりだね、見学行ってみよ」
まんざらでもない私の表情を見て、彩菜が腕を引く。仕方ないなあ、と引っ張られていった。
パコーン。
球を打つ音が響く。
中学校のテニスは硬球ではなく軟式だ。テレビのテニスを想像していたけど、それとは違うんだって。
私と彩菜はテニスコートの端っこで、先輩たちがラリーをしているのを眺めていた。
コートは3面あって、男子と女子で1面ずつ使い、真ん中は共同らしい。
見学といっても、少しだけ体験もさせてくれた。
ドキドキしながらラケットを持たせてもらう。
「足の上にラケットの握りを置いて地面に寝かせて。上から掴むように握るのが基本ね」
言われた通りに握って、先輩を見る。一年上なだけの人なんだけど、小学校の頃の一個上の子よりも大人びて見える。
背が私よりも少し大きいだけじゃない。どこか余裕が感じられる雰囲気がそうさせるのかもしれない。
呼び方だって先輩。一つ上のお兄ちゃん、お姉ちゃんとかじゃない。ため口でよかった小学校との大きな違いで、緊張を呼ぶ元凶だった。
「足は肩幅より広めに開いて膝は軽く曲げてね。あとは球を出すから、実際に打ってみて」
ええっ、もう打つの?
出来るかなあ、緊張するなあ。
同じように顔を強張らせている一年生たちの後ろに並ぶ。
わ、あの子打ち返した。
良かった、次の子はネットにかかった。
彩菜はああ、あらぬ方向へ飛んでっちゃったね。
うう、そうこうしているうちに私の番がきた。
「いくよー」
優しく弧を描いて打ち出されたボールを、私が持つラケットは見事に空ぶった。
しょんぼりと列の後ろに並び直したら、男子の列に並んでいる君が話しかけてきた。
「鈍臭ぇえ」
小声でよく聞き取れなかったけど、口の動きとにやにやとした顔から何言ってるのか分かる。
伊達に長いこと一緒にいたわけじゃない。声が届かなくたって、言いそうなことは見当が付く。
「うるさいな」
私も周りに聞こえないくらいな声で返してから、べっと小さく舌を出した。
まったく。君までテニス部だとは思わなかったよ。
ついと君の視線が私からコートへと変わる。ラケットを構えて、君の目が球を出す先輩を見据えた。
タイミングよく後ろへと右手足が引かれて、ラケットを振りぬく。
なんか綺麗だな。
私の目は君に吸い込まれた。
パコーン。
君の打った球は先輩みたいな音を立てて、ホームランになった。
くそう、という文字を顔に貼り付けて君が列に帰ってくる。
「ださっ」
口元に手を当てて、ぷぷぷという顔を作る。
「うるさい」
鼻にしわを寄せて君が口を動かした。指を下に向ける動作付きだ。すぐむきになるんだから、子供だね。
また声の聞こえないやり取りだけど、互いに通じる。
「仲いいね、千尋たち」
どこかあきれた顔で彩菜が言った。
「腐れ縁だからね」
私が笑うと、彩菜があー、はいはいと流した。
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