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お化けは怖いんです

 ああ、やだよやだよ、もう。


 隙間がないようにしっかりとくるまった布団の中で、私はぎゅっと目をつむる。


 夜もすっかり更け、明日に備えてもう寝ようということになり、怪談話は終わった。


 もちろん、流石にそれはないでしょ? というようなものや、全然怖くないもの、テレビで見た話をそのまま言ったものもあった。

 けど中には本当にぞっとするというか、よくある怪談話みたいにオチもなかったりするのが余計にリアリティがあって、怖かった。


 眠れない。


 最初は頭を出していたんだけど、天井の影が不気味に思えて無理。

 私は頭からかぶった布団の中で丸くなって、自分の体を見えない何かから守る。


 何かなんているはずないんだけど。ばかばかしいんだけど。

 そもそもこんな風に布団に丸まっていたって、何の防御にもならない気がするけど。何もしていないよりましなんだもん。


 小さい頃からどうにも怪談話というものは苦手だ。もちろんお化け屋敷だって入らないし、夏の特番、心霊現象スペシャルとかも見ない。


 まずいなあ。

 こういう時に限って、トイレに行きたくなってきた。

 うう、もう嫌だぁ。


 ああ、寝る前にお茶なんて飲むんじゃなかった。でも暖房で乾燥して喉が渇いたし。

 ああ、怖い話なんて聞くんじゃなかったよぉ。


 トイレは部屋の中にあるんだから、ほんとうにすぐそこだ。

 だから怖くない。怖くないったら。


 ついに観念した私は、カメが甲羅から顔を出すように布団の外へ。すると、向かいの布団の有栖川さんと目がばっちり合った。


「あれ、有栖川さんも眠れないの?」

 布団から顔だけにょっきりと出したまま、私は有栖川さんに訊ねた。

 他のみんなはすっかり夢の中。起きているのは私と有栖川さんだけみたい。


「寝てたんだけど、ちょうど目が覚めただけ。佐藤さんも?」

 光をしぼった室内灯に照らされた有栖川さんは、やっぱり可愛かった。いつもみたいに整えられていない髪が頬にかかっていて、少しぼんやりとした寝ぼけまなこも色っぽい。


「ええと、その、トイレに行きたくなっちゃって」

 怖くて寝られませんでした、なんて言えなくて私は誤魔化そうとした。

「ああ、それで起きたの。なら行ってきなよ」

 ふああ、と小さくあくびをして有栖川さんがまた目を閉じようとする。

「それがその……」

 うう、どうしよう。

 でもでも、膀胱がもう無理。有栖川さんが起きていてくれている今がチャンスよね。


「さっきの話で怖くなっちゃって。トイレ行くのが怖いの。もしよかったら付いてきてくれない?」

 私は意を決して正直に打ち明ける。

「ええ?」

 ぱちぱちと二重まぶたが閉じたり開いたりした。

「だからトイレに付いてきてくれない?」

「すぐそこなのに?」

 有栖川さんの大きな目がさらに大きくなった。それからぷっと吹き出す。


「やだ、佐藤さん可愛い」

 みんな寝てるから声を抑えてくすくすと笑う。

「いいわよ。ちょっと目が覚めたし、付き合ったげる」

 そう言って布団から出てきてくれた。


「ありがとう!!」

 よかった! 有栖川さん本当にありがとう。涙でそう。

 私は勢いよく布団を出て、有栖川さんの両手を掴んだ。

「しーっ、佐藤さん、声大きいって」

「あっ、ごめん」

 口に手を当てて、抜き足差し足で有栖川さんと一緒にトイレへ向かう。


 流石にトイレの中まで一緒にいてもらうわけにはいかないから、ドアの前で待っていてもらった。


 ドアを閉めて狭い個室に一人きりになると背後が怖い。

 トイレの中に引きずり込まれるって話もあったのよね。ここにはいないよね、うんいない。


「有栖川さん、いる?」

「いるいる。ドアの前にいるから安心して」

 つい不安になってトイレの外にいる有栖川さんの存在を確認してしまう。笑いを含んだ声が返ってきてほっとした。


 トイレから出ると、またそろそろと布団へ戻る。私は幽霊とかが入ってこないようにぴっちりと布団をかぶり直した。また首だけ出して、有栖川さんに礼を言う。


「もう、佐藤さんってこんな可愛い人だったんだ。ちょっとずるいなぁ」

「か、可愛い人って。もっと可愛い有栖川さんに言われても」

 そもそもこんなに怖がるなんて、可愛いと言うより情けないと思うの。

 事実、君になんて思いっきり笑われたり馬鹿にされる。


 小学校の頃なんてそれでからかわれて、学校帰りとか公園とかでわざと怖い話されて。

『怖い話する徹なんて大っ嫌い! 意地悪!』

 わんわん泣いて怒って帰ろうとしたけど、街路樹の陰とかからお化けが出てきそうで、その場で動けなくなっちゃって。


『俺バリアはれるから! 一緒にいたらお化けよってこないぞ』

 しゃがみ込んで泣く私に、いつも君は偉そうな態度で手を差し出してきた。

 君のせいで怖くなっちゃったのに、置いて行かれるのは嫌だから、私はいつも悔しがりながら君の手をとった。


 小学生の君は、何でも「バリア」で解決してた。

 今思えばバリアってなんだよって感じだけど、信じてた。


「ねえ、佐藤さん」

 しんと静まり返った部屋の中に、有栖川さんの声と他の子たちの寝息だけが響く。

「私ね、好きな人はまだいないけど気になる人はいるの」

「そうなの?」

 そういえばさっき歯切れが悪かったけど、そういうことだったからなのかな。


「ねえ、佐藤さんと藤河くんって、本当に幼なじみなだけ?」

「え?」

 さっき思い出していた君とのことを聞かれ、私は面食らった。


「徹とは幼なじみだよ。それだけ」

 何度聞かれても私の答えは決まっている。今まで何回繰り返したか分からない答えだ。

「本当に、それだけ?」

「それだけもなにも、他にないよ」

 有栖川さんがどうしてそんなことを気にするのか分からなくて、私は首をひねった。


 寝る前にもそう言ったのに、何でまた聞くんだろう。

 そんなに気になるのかな。


 有栖川さんの大きな瞳がきらめきながらじっと私を見ていて、ちょっと落ち着かない。どきどきと心臓が嫌な感じに波打った。


「そう」

 私の答えに、有栖川さんはなぜかにっこりと嬉しそうに笑った。


「ちょっと聞いておきたかったの。それじゃ、おやすみ」

「おやすみ」

 それきり有栖川さんは寝転んで目を閉じてしまった。私も布団をかぶり直す。


 ……好きな人はまだいないけど、気になる人はいるの。


 有栖川さんの綺麗な声が耳に響く。

 温かい布団にくるまった私は、怖さとは違う意味で眠れなくなった。

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