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ころりほろ苦、コーヒースノーボール

 本日、家庭科部で作ったお菓子はコーヒースノーボール。口の中でほろりと崩れるクッキーみたいなお菓子で、白い雪みたいな粉砂糖をまぶした、コロンと丸い見た目からスノーボール。

 持って帰りやすいお菓子だったから、みんな大目に作って持って帰ることにした。私もみんなと同じく透明な袋に入れてから、中身が出ないようビニールタイで巻いて閉じる。


「千尋は? 藤河くんに持って行ってあげないの」

「んー? そうね」


 すみれに言われて私は時計に目をやった。時刻は午後6時半。今ならまだ君は部活をやっている頃だ。


 部活の後、君はいつもお腹を空かせてる。


 しょうがないな。余ったんだから仕方ない。君に食べさせてあげようじゃない。


 すみれはバイト先に寄ってバイト仲間にあげるのだと言う。下駄箱ですみれと別れた私は、いそいそと運動場に向かった。


 運動場では、君が汗だくになって駆けまわっていた。パスを回し、走り、ボールを取られてまた駆け戻る。相手のディフェンスとやり合って、君が取り返し、今度は攻撃に走る。

 私の目は君の動き一つ一つに吸い込まれて、いつの間にかお菓子を持っていない方の手で握りこぶしを作っていた。


 いけ。いけ、いけ。ああ、惜しい。あっ、やられた。そう、そうよ、頑張れ!


 相手チームも同じサッカー部員だけど、私の目に映っているのは君だけ。心の中で君だけに声援を送る。


 だって他の部員たちのことなんて知らないし。クラスメートもいるにはいるけど、そんなに話をするわけでもない。

 だったら、よく知ってる君を応援する。そうでしょ?


 私は心の中で、誰に向けているわけでもない言い訳をしながら、練習する君を見つめ続けた。



 練習が終わった君が頭から水をかぶる。他のサッカー部員も皆、汗だくで似たようなもの。やはり水で汗を流していく。


「お疲れ様です」


 そこへ待ち構えている有栖川さんは、私から見ても天使の笑顔だった。


「麗奈ちゃんありがとお」

「サンキューっす」


 デレデレした顔で次々とタオルを受け取っていく男子サッカー部員たち。有栖川さんの前には行列が出来てる。

 こらこら、君たち。サッカー部マネージャーはもう一人いるぞ。


 私はちょっと同情してもう一人の女の子を見たけど。

 そばかすの浮いた小柄なマネージャーは、大柄なサッカー部員に乙女の笑顔でタオルを渡していた。二人に漂うのは桃色の空気だ。


 あ、こっちはこっちで幸せそう。きっと他の男子たちなんて眼中にないんだね。


 タオルを渡されるサッカー部員も、いかつい顔を崩している。はたから見ればでこぼこカップルだけど、二人に漂う雰囲気は素敵だった。


 なんだ、よかったと私は無意味に胸をなで下ろした。

 別にあの彼女のことなんて知らないんだけど。もし私が同じサッカー部マネージャーだったら、いたたまれないと思ったから。いらない心配でよかった。


 私が小柄なマネージャーに気を取られている間にも、有栖川さんの前の列は着々とはけていった。有栖川さんの綺麗な声が、私の耳に届く。


「はい、どうぞ。藤河くん」


 お疲れ様です、とだけ言ってタオルをどんどん配っていた有栖川さんが、君の名前だけを呼んだ。


 私はそのことにどきっとして、君と有栖川さんをじっと見つめた。


 有栖川さんはまっすぐ君の目を見上げていた。その目、その顔は他の部員に向けるものとは違うような気がして。

 有栖川さんの頬が少し上気しているように見えるのは、気のせいだろうか。瞳が潤んでいたように思えたのは気のせいだろうか。


 ずきん。


 なぜか私の胸が痛んだ。


「おう、サンキューな」


 にっと笑った君が彼女からタオルを受け取る。マネージャーからタオルを受け取るのは、当たり前のこと。


 なのに、そうして欲しくない。そんな気持ちに胸がざわざわした。


 私はそっとその場を離れる。

 目に焼き付いたのは、すらりとした有栖川さんの立ち姿、同性でもつい見てしまう大きな胸、さらさらと音を立てそうな髪に縁どられた、小さな顔に浮かんだ笑顔。


 タオルを受け取る君の日に焼けた顔。最近の君は男らしくて、かっこいいんじゃないかと私でも思う。

 タオルを渡す有栖川さんと渡される君は、すごく絵になっていた。


 ずきん。ずきん。


 私の手には君にあげ損ねたお菓子。袋を閉じていたビニールタイを取って一つ指でつまみ、口に放り込んだ。コーヒースノーボールは口の中でほろりと崩れ、少し苦い。


 全部食べちゃおうかな。


 私は余ったスノーボールが入った袋をかかげる。

 袋の中でころころと転がるスノーボールを眺めていると、突然日に焼けた手が上から伸びてきた。手はスノーボールの入った袋をひょいとつまんで視界から消える。

 振り向くと、君がスノーボールを口の中へ放り込んでいた。


 あっけにとられる私の前で、君がスノーボールを口の中でもぐもぐとやっている。


「腹減ってたから、美味えー!」


 ごくんと飲み込むと、にーっと口を笑みの形にした。


「一人でいいもん食べてずりぃだろ」

 ずるいのは君だ。そんな幸せそうな顔、ずるいよ。


 私は胸がきゅっとなって。呼吸の仕方を忘れてしまった。


 ぽこん、ぽこんと甘くて苦いスノーボールが、君の口の中へ消えていく。


「次からは、ちゃんと俺にくれよな」


 食べ終えた君が、ぽかんと固まっていた私のおでこを、指でピンと小突いた。


「あたっ」


 君の指が触れた途端、呼吸が戻る。

 反射的におでこに両手を当てた私の頭を、大きな手がガシガシとなでた。


「久しぶりに一緒に帰ろうぜー」

「……うん」


 久しぶりに二人で歩く道は。

 いつもよりも少しカラフルな気がした。

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