すれた鼻緒とかき氷
私が見つけたのは彩菜と鎌田くん。
彩菜に向けられた優しそうな鎌田くんの表情と、嬉しそうに彼を見つめる彩菜の表情。並んで歩く二人の手は、しっかりと握られていた。
二人の間に何があったのかは分からないけど、少なくとも亀裂が入るようなことはなかったに違いない。
それどころか、仲が深まるような何かがあったんだろう。
例えばどちらかが告白して、はいと頷いた、そんな何かが。
よかったね、彩菜。
「どした?」
「ううん。なんでもない」
焼き鳥をほおばり、今度は隣のたこ焼き屋で買い込む君が私を振り返る。私は首を振って彩菜たちから視線を切った。
きょろきょろと屋台を物色しながら、前から来る人を避けて歩く。
あ、前のお兄さんがこっちへ来る。
私はお兄さんにぶつからないよう、君がいない左に避けた。そうしたら前にいた親子連れに通せんぼされて思うように進めなくなった。
たったそれだけのことなのに、君との距離が思ったよりも空いて焦る。
カラコロと走って追いかけるけど、浴衣は足が開かなくて小走りしか出来ない。速度を緩めてくれた君に合流しては、また人を避けて離れてしまう。
祭りは楽しいけれど、人混みというのは疲れるもので。慣れない浴衣と下駄も、私の疲れに拍車をかけた。
浴衣がはだけてしまわないように歩こうとすると、気を使う。
前にも後ろにも人がいる。
うう、鼻緒にすれて足が痛い。
なんでもないふりをして歩いていたけど、痛くて歩みが遅れてしまう。そんな私に君も気が付いた。
「足、痛いのか」
「ちょっとね」
どこかで休憩したいけど、ベンチなどのたぐいはない。
きょろきょろと辺りを見渡した君の目線がある場所で止まる。ちょうど屋台が途切れた道の端へ、腰をかけるのに手ごろそうな石があった。
そこまで歩いて行って石へ私を座らせる。君はしばらく横で突っ立っていたけど、手持ちぶさたになったみたい。
「かき氷買ってくる」
そう言って君は屋台が立ち並ぶ一角へ戻っていった。
人ごみに紛れていく君の背中を見送り下駄から足先を抜いて、石に腰かけたままぷらぷらとさせた。
当たっていた鼻緒から解放されて、私はほっと息を吐く。
うーん、やっぱり慣れないことをすると駄目だなあ。
私が自分の足を見つめていると、誰かから声をかけられた。知らない男の人の声だ。
「彼女、一人ぃ?」
見上げた先にはやっぱり知らない人。ちょっと着崩した甚平に茶髪。なんとなくチャラそうな雰囲気の同い年か一つ上くらいの男が二人。
「よかったらさぁ、俺らと一緒にまわろうよ」
「いえ、友達がいますから」
あんまりお近づきになりたくない人たちだったから、私はやんわり断った。
これってナンパ?
びっくりした。自分がされるなんて思ってもいなかった。
「友達? いいじゃん、その子も一緒で。俺ら二人だし、友達とでちょうどいいだろ」
「そうそう。なんでも奢ったげるからさぁ。ね?」
どうやら私が言った友達というのは女の子だと勘違いしたらしい。二人は余計に積極的になった。
にやついた笑いがどうにも嫌だ。
それに座っている状態で前に二人も立たれると、妙に威圧感があって少し怖い。
「あの、困ります。それに友達は男の子で……」
「おい」
私が本当のことを伝えて断ろうとした時、二人の背後から君の声がした。
「徹」
私は心底ほっとして君の名を呼んだ。
気分は迷子の子供が親を見つけた時みたい。不安な気持ちがどっかに行って、嬉しさと安心でいっぱいになる。
「なんだ、彼氏持ちかよ」
顔をしかめ、ちっと舌打ちして二人が私の前からどいた。どいた二人の間から両手にかき氷を持った君の姿が現れる。君は眉間にしわを寄せて、じろりと二人を睨んだ。
「いこーぜ」
「ちぇっ、時間無駄にした」
捨て台詞らしき言葉を吐いた二人が去ると、君はずかずかと私の前に来て、かき氷を差し出した。
「ん」
「あ、ありがと」
君は無言でむすっとかき氷をほおばる。ざくざくとかき氷にストローをぶっ刺して崩し、二、三口ほど一気に放り込んでからぽつっと呟いた。
「悪ぃ、一人にするんじゃなかった」
私の方を見ないで、前を睨むようにして君が言う。
君からそんな言葉が出てくるなんて。
思わず胸がじーんとなる。さっきだって君がかっこよく見えたし。
「お前も一応女だったってこと、忘れてた」
ところが君は、いつもの顔に戻って余計な一言を付け加えた。にーっと私をからかうように見てくる。
「こら! どういう意味よ!?」
「やー、まさかお前がナンパされるなんてよー。あいつら目ぇ悪いんじゃねえの?」
へらへらとした笑みを貼り付ける君。
「ムカつく!」
前言撤回。さっきのは気の迷いだった。
ふんだ。どうせ私は女として見られてないですよー。私だって君のこと男として見てないし!
腹立ちまぎれにかき氷をかきこむと、キーンと頭が痛んで思い切り渋い顔になった。
「ぶくく。不細工な顔」
「うるさい。徹だってキーンときてたでしょ」
最初に一気に食べて顔をしかめてたの、見てたんだからね。
「俺は平気だし。かき氷なんて余裕だし!」
「よおし、だったらどっちが早く食べきれるか競争ね」
「泣いても知らねぇぞ」
「泣くのはそっちだから」
君と二人、ぎゃあぎゃあと言い合いながらかき氷を片付ける。
馬鹿で楽しい、いつもの空気。ずっと浸っていたい。この空気。
空になったカップを私の手から取り上げた君は、ずいと反対の手を出した。
「足、痛いんだろ。手ぇ引いてやるから、帰るぞ」
「うん」
君の手に私の手が重なる。重なった途端、君が力強く引っ張って立たせてくれた。
「徹」
「ん?」
「また来年も来ようね」
「おう」
カラコロ、カラコロ。
行きと違って弾まない下駄の音と、私の手首にぶら下がった巾着。繋いだ手と反対に揺れる、君の透明袋に入ったスーパーボール。
祭りの熱気から少しずつ遠ざかっていくけど、私の手を包む君の手は熱かった。




