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好きってどんな気持ち?

 私って、井上先輩のことどう思ってるんだろう。


 先輩に告白されてから、私はずっと自分の中を探ってみている。


 先輩は優しいしテニスも上手いし、顔だってどちらかというとかっこいいと思う。でもどきどきするかな、って思うと、多分したことがない。ふわふわもしないし、小さなことが嬉しいってこともない。


 先輩のことは嫌いじゃない。


『俺と、付き合ってくれないかな』


 そう言われた時は、どきどきしてかーっと熱くなった。かわいい、なんて言われてふわふわした。

 あれ? これって彩菜が言ってた、どきどきとふわふわなのかな?


 下駄箱とかで先輩に会った時のことを思い出してみる。別にどきっともしなかった。

 うーん、分からない。


「千尋ー、手が止まってるわよ」


 遠くからのお母さんの声は私の耳から耳へと通り過ぎただけ。脳みその中では意味にならなかった。


 お父さんたちが炭をおこしている横で、私はキャベツの葉を千切っていた。折りたたみのレジャーテーブルの上に置いた、ビニール袋の中へキャベツを入れていっている。

 お母さんたちは椎茸の石づきを取ったり、ピーマンを切って種を取ったりと準備中。


 中学に入ってからあまりやらなくなったけど、今日は久しぶりの君と私の家族でのバーベキュー。車で20分ほどの公園は、子供の頃からのバーベキューをやる定番の場所だった。


「……おい」


 んー? あ、君の目、間近で見ると綺麗。

 ぼんやりとそんなことを考えた私のおでこがくすぐったい。髪の毛が当たったんだ。

 んん? 誰の髪の毛が当たったんだろ?


「おい。……おい、千尋!」

「へっ?」


 ぼんやりピントがぼけていた焦点を、ぱちぱち瞬きして合わせると目の前に君の顔があった。

 私のおでこに君の髪が当たるくらい、近くに。


「ひゃあああああっ」


 突然、至近距離に現れた君の顔に驚いた私は後ろに下がろとした。けど、芝に引っかかって体が後ろにぐらっと傾く。

 手に持っていたキャベツの葉が空中に投げ出されるのが見えた。


「わっ、ばか」


 焦った君の声と一緒にぐいっと背中が支えられる。力強い腕の感触と、頬に当たる固い温もり。視界いっぱいにブルーのTシャツとグレーのパーカーが広がっていた。


 つまり、君の腕の中である。


 ……腕の中だよっ!


「なっなななななっ、何してんの?」

「それは俺のセリフだろ」

「へ?」


 見上げた君の不機嫌そうな顔がやっぱり近い。

 近い。近いよ。どうしよう。


 心臓がばくばくとうるさいほど胸を叩く。頬が熱くて仕方ない。


「キャベツ持ったままぼーっとしてるし呼んでも反応ねぇし。何やってんだ」

「あっ、はい。そうですね。ごめんなさい」


 なぜ私は敬語。それより何この状況。

 あっ、そうか。よろけたから支えてくれたんだ。


 いや、そうなったのって君がびっくりさせたからで。いや、そもそも君の顔が近すぎたからで。

 落ち着けー。落ち着け、私。


「千尋ちゃん、大丈夫? こら、徹。いつまで千尋ちゃんを抱いてんの」


 駆け寄ったおばさんが私を覗き込んでから、君の頭をげんこつで小突いた。


「だっ!? 抱いてねぇし! 支えてるだけだし! ほら、ちゃんと立てよなっ」


 おばさんに言われて、君の顔が真っ赤になる。


「はいっ」


 私は慌てて膝に力を入れて立った。それを見て、君が私から手を離すとぷいっと顔をそむけた。


 二人してそそくさと距離を取る。


「あ、ありがと」

「別に」


 向こうを向いた君の耳たぶが赤い。多分私も赤い。わああ、恥ずかしい。


「ごめんねー、千尋ちゃん。この馬鹿が驚かしたから」

「あら、ぼーっとしてた千尋が悪いのよ」


 口元に手を当てて私たちを見るお母さんとおばさんの目が、なんかニマニマしてる。

 火おこしの手を止めて、こっちを向いたお父さんの目はちょっと鋭い。おじさんは半笑いだ。


「驚かせてねーよ! 呼んでも返事しねぇくせに勝手にいきなり驚いたんだよ。俺のせいじゃねぇし」


 おばさんに馬鹿扱いされ、君は怒ってむくれている。


 私は下を向いてキャベツを千切る作業を再開した。

 ああ、出来るならさっきのことをなかったことにしたい。


 そんなことをしているうちにジュージューという音と、いい匂いをさせて肉が焼けはじめる。


「ほらほら、焼けたわよ」

「野菜も食べなさいよ」


 お母さんたちが手際よく自分の肉を確保しながら、お父さんたちに焼けた肉を勧め、君の皿には野菜を放り込んだ。

 ボケッとしていてまた同じことになっては大変だと、私も箸を動かした。


 先輩のことはすっかり頭の中から消えてしまった。今、私の頭の中は君でいっぱいだ。


 背中に感じた君の腕の強さ、思ったより広かった胸、自分よりも少し高い体温が頭から離れない。ふわふわとした感覚が漂って熱でもあるみたいだ。


 やだ、これって彩菜が言ってたのと同じ。

 ううん、違う。断じて違う。これは多分今だけ、今だけなんだから。


 ウィンナーをかじりながら、コンロの反対側にいる君へちらりと目線を送る。


「これ、もーらい」

「待て、まだ早い。あ、それは俺がキープしてた肉!」

「子供に譲っとけって」

「お前こそ年長者に譲れ」


 君はおじさんと肉の争奪戦をしていた。なんだ、いつもの君だ。


 私はホッとしたような、肩透かしを食らったような気分になった。


 君は転びそうになった私を支えただけ。きっとどきどきもしてないし、なんとも思ってないんだ。


「こんな風にみんなでバーベキューをするのも、今年で最後かもしれないわね」


 おばさんが少ししんみりと言った。


「そうだな。子供たちも大きくなったしな」


 お父さんが同意して、お母さんが会話を引き継ぐ。


「そうね。来年は受験生だものね」

「ははは。あっという間だったな」


 お父さんたちやお母さんたちの顔と口調は感慨深そう。私は乱暴にウインナーを口に放りこんでから、肉に箸を伸ばした。

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