涙の県大会
いよいよ県大会の日がやってきた。個人戦なのでトーナメント方式だ。井上先輩と萩野先輩、出場するのはたった一つのペアだけど、テニス部全員が応援に駆け付けた。
先輩たちは三試合目。リーグと違って勝てなければ即敗退だ。
せっかく来たので先輩たちの試合じゃない、他の試合も観戦する。
やっぱり上手いな。
コースも鋭いしカットサーブなんて、うわ、えげつない。あんなに跳ねないの? あんなのとれないよ。とれても打ち上げてボレーの餌食じゃない。
カットサーブというのはソフトテニスならではのものでボールの下をこするように打つ。するとコートに落下してから大きく曲がる。しかも上手い人のカットサーブは跳ねないのだ。曲がる上に跳ねない。とても攻撃的なサーブだ。
「あれ、見た?」
「見た。あんなの分かってても打てないよ」
県大会の空気の違いに少し後ろで戦々恐々と、彩菜と会話を交わす。前は同じ学校の応援が占めているからだ。
「落ち着いてー」
「サーブ大事!」
「レシーブ慎重に!」
それぞれの応援が飛ぶ。どっちも白熱してる。
「よし、ラッキー!」
「どんまい、どんまい! 次いけるーっ」
隣のコートから、その隣のコートからも届いてくる声援と熱気の後ろで、先輩たちは静かにアップしていた。しっかりストレッチをしてから軽いランニングをしている。
午前中というのにすでに気温は高い。ただ応援しているだけなのに汗が流れる。風があれば少しは涼しいけど、球が風に流されるからない方がいい。
一試合目が終わり、二試合目に入る。二試合目はわりとあっさり勝負がついた。
いよいよ先輩たちの試合だ。コートの隅に荷物を置く先輩を見ながら、私は自分が試合をするわけでもないのにドキドキしていた。
荷物を置いた先輩が私を見る。先輩の目に、どきりとした。
『俺と、付き合ってくれないかな』
その言葉が浮かんで、胸がきゅっとなる。答えはまだ出せなくて、見つからなくて。あれから私は先輩が普通に接してくれるのに甘えていた。
「先輩たち勝てるかな」
「勝つよ、きっと」
彩菜のささやきに私は拳を握って答えた。
あんなに練習しているんだもの。きっと勝てる。
先輩たちは土曜の午後、日曜日とコートを借りて練習。借りられない日は走り込みをやっていた。私もよく混ぜてもらったんだから、先輩たちの頑張りをよく知ってる。本当に勝ってほしい。
帽子をとって一礼。乱打の後、試合が始まった。
先輩たちはかっこよかった。萩野先輩はボールを拾いまくってたし、井上先輩のボレーはきれてた。
けれど、相手も強かった。
どんなに拾っても打ち返される。ボレーした球をまたボレーしかえされたら反応できない。ボレーとはノーバウンドで球を打ち返すもの。だからボレーとボレーが続くと高速の展開になるのだ。
後衛の萩野先輩のストロークだって私から見たら甘いように見えない。なのに相手の前衛の側にいくと綺麗にボレーされてしまう。だから前衛を避けて打つと後衛が待ち受けている。
私は声も枯れよと応援した。彩菜も、君だって珍しく大きな声を上げていた。
先輩との初練習の時以来、君の態度は普通に戻っていた。時々むきになって先輩に荒い球を返したりするし、先輩にアドバイスを受けていると妙に君の視線を感じるけど。
何って聞いても、別に、としか返ってこないし。
「サーブ集中ーっ」
「いけるよ、いけるっ」
井上先輩のフラットサーブ。センターラインへの高速サーブがきまる。相手はそれをストレートで返した。萩野先輩がバックでドロップショット。こすられてネット際に落ちる。
「ナイス、ショーット!!!」
私たちの応援がわあっと沸く。
萩野先輩のスライスサーブ。コートに落ちた球が曲がる。落ち着いて返された球を井上先輩のラケットが阻んだ。
パコン。
先輩のボレーは前衛の足元へ鋭く落ちていった。
「ナイス、ボレーッ!!!」
いける、いけるっ。先輩たちのってる。
けれど次の萩野先輩のサーブはファースト失敗。セカンドを狙い打たれた。
「ナイスレシーブ!」
今度は向こうの応援が沸く。
次は速いファーストサーブが入るけれど、綺麗に返される。後衛同士のラリーの末、萩野先輩のストロークがネットにかかった。
「よし、ラッキー!」
「どんまーい!」
両方から声援が飛ぶ。
結局、ファイナルゲームまでいって、先輩たちは負けた。
一回戦で敗退した私たちは早々に試合会場を後にした。先輩たちは泣いていた。初めて見る先輩たちの涙に、私たちもつられて泣いた。男子は泣かなかったけど、ぐっと唇を結んでいた。
君の目も少しだけ潤んでいたね。絶対に認めないだろうけど。
照りつける日差しがじりじりと肌を焼く中、後ろからと歓声が追いかけてくる。水筒やクーラーボックスに残った飲み物がやけに重く感じた。
荷物をまとめて帰る頃、先輩の涙は止まっていた。
でも、私はかける言葉を見つけられなかった。
県大会が始まって、そんなに経っていない。夏だってまだまだこれからだ。
けれど先輩たちの夏は今、終わったのだった。




