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どうして不機嫌なのかな

 井上先輩は時々私にアドバイスをくれるようになった。サーブの時の姿勢や、ためて打つこと。ラケットの面の向きとか後衛のゲームコントロールの仕方など。


 顧問の先生はテニス経験者じゃないから先輩のアドバイスはすごくためになる。だからこういう時はどうなのか、ここが上手くいかないんだとか、私からも聞きにいくようになった。


 ソフトテニスは基本ダブルスだ。前衛と後衛にポジションをわけることが多いけれど、最近はダブル後衛も増えてきている。


 私は彩菜と組んでいて、私が後衛、彩菜が前衛だ。前衛はネット近くにきた球をボレーするのが主体で攻撃の要だ。彩菜は背が高いし反射神経がいいから前衛向き。気も強いしね。


 後衛は相手が攻めにくいよう、深い球を打つ。もしくはゆるく高い球。跳ねない短いショットが決めれたらかっこいいんだけど、苦手なんだ。


 今日は水曜日で部活のない日。だから私も君も、いつもより早い時間に制服で帰っている。


「最近、井上先輩とよく話してんのな」

 無言で歩いていた君がぽつりと口火を切った。

 彩菜たち女友達とならおしゃべりが途切れることなんてないけど、君との帰り道は無言なことも多い。でも君と私の空気には無言が苦痛じゃない。


「ん? 話すっていうか、色々教えてもらってるだけだけどね」

 君の背はまた伸びて、見上げないといけないことにもすっかり慣れた。ぶかぶかだった制服もぴったりになっている。


 ううん、少し小さいくらいかも?

 ズボンの裾は一度直してもらったらしく、少し余裕があるけれど上着は来年着れるのかなって感じ。


 そういう私の背丈もそれなりに伸びた。セーラー服もすっかり違和感がなくなったし、サイズもぴったりになっている。


「ふーん」

 気のない相槌を打つ君。

「先輩、徹のことも筋がいいって言ってたよ。時々ひやっとする球を打つようになったから、うかうかしてられないって」

 私から見ても君の打つ球はすごいけど、井上先輩もそんな風に思うという事実が誇らしかった。


「俺に直接言えっての」

 けれど君はあまり嬉しくなさそうに唇を尖らせている。

「こら、先輩にそんな口きかないの」

 手を伸ばしておでこを指で弾いてやろうとしたら、ひょいとよけられた。

 む。ちょっと腹立つ。


「ばーか。先輩には、んなこと言わねぇよ。お前にだから言うんだっての」

 君はべーっと舌を出した。

「どうだか」

 私は疑いを込めた半眼で君を眺めた。


「たりめぇだろ。井上先輩は俺からみてもすげぇし」

 私の目が気に入らなかったのか、君は唇をへの字にする。


「そうよね。井上先輩はすごいもん。やっぱり経験者は違うよね」

「あー。俺も一年やって少しは上手くなったけどよ。だから余計に敵わねぇって思うわ」

 そう言って君は、ラケットを持っていない空の手で一回だけ素振りをした。私は瞬きをして、素直に先輩を褒める君を見上げる。


「あんだよ」

 じっと見上げる私に、君が片目をすがめた。

「ううん。先輩のこと尊敬してるんだな、と思って」


 敵わないって思うくらい先輩のことを認めてる。なのに、なんで褒められて嬉しそうにしないんだろう。普通は認めてる人に褒められたら嬉しくない? 男の子の意地ってやつかな。


「尊敬してるのは当り前。俺が気に入らないのは、なんでお前にやたら教えたり俺のこと話たりしてるんだよってとこ」

「んん? 同じ部なんだから徹も先輩に教えてもらってるじゃない。徹に直接言わないで私に話したことが気に入らないの?」

「……」

 何も言わないけど、ぶすっとした君の表情が肯定してる。君のことを先輩が私に話しているのが気に入らないらしい。

 なあんだ、先輩から褒めてほしかったのか。


「ふうん。意外。もっと先輩に構ってほしいタイプだったとは」

 意外な一面だなあ。君って褒めると照れて口数少なくなったり、ふいっとあっちを向いちゃったりするじゃない。


 君は立ち止まって私をまじまじと見つめた。何事かと私も足をとめ首を傾げる。君はちょっと真面目くさった表情だけど、目だけが怒りの色を含んできらめいている。


 あれ? この顔は私が見当違いなことを言っているときの顔だぞ。なんで?

 はてなマークで頭がいっぱいな私に、君の眉間へしわがよった。


「違ぇよ、ばーか」

 思い切り馬鹿にしたようにそういうと、君はまた歩き出した。その歩みは少し速くて、私は小走りでついて行った。

 歩幅が大股で、肩が少し上がっていて、足音が乱暴だ。怒ってる。


「何怒ってんの」

「知らねぇ」

 声も尖ってる。


 なんなの。意味わかんない。

 子供の頃からずっと一緒。君の事ならたくさん知っている。けれど知らないこともある。分からないこともある。


 分からないことがあると、少し不安になる。私は視線を落として、さっさと歩く君を追いかけた。


 そんな風に下を向いていた私の視界に、君の足が入ってきた。

 あれ、もう追いついた? 目線を上げると君の歩く速度が緩んでいる。私が追いつくのを待ってくれたみたい。


 君がちらりと肩越しに振り返って、また戻る。その顔はまだ少し怒っていたけど、歩く速度も足音も穏やかになっていた。


 そのことに泣きたくなるくらい安心して、私は君の横に並んだ。また無言の帰り道。すぐに君の家に着いたけど、君は素通りした。


 今日も送ってくれるんだ。


 君いわく「お袋に言われてるから」だそうだけど、今日は怒らせちゃったからそのまま帰るかな、と思ってた。

 喧嘩をしたとき、君はいつもこうやって何も言わないで私に歩み寄る。


 本日もいつもと同じ、君と一緒の帰り道。無言の空気が心地よかった。

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