二年生が始まりました
季節はどんどん過ぎて、私は少し緊張しながら二年生の教室の入り口をくぐる。
ぐるりと見渡した、新学期の二年生教室はざわついている。同じクラスの顔ぶれで固まる子、誰に話しかけようかきょろきょろしている子、我関せずで机に座る子、関心のないふりをして観察している子。
私とすみれは同じクラスになり、彩菜は別になった。
その代わり。
早々に席に着いている君は、つまらなさそうに頬杖をついて窓の外を見ていた。私の視線に気づいたのか、こっちを見るとにやりと笑う。
それきりふいと目をそらし、また窓の外へと関心が移った。
彩菜と別のクラスになった代わりに、君と同じになった。一年間は同じ教室で同じ空気を共有する。
君の視線の先、窓の外に広がるのは春のぼんやりとした空。ぬくぬくと温かいような、汗をかくくらい暑いような、でも油断するとぶるっと寒い、そんな季節だ。
私は君の横顔から君の視線の先を追い、それからまた教室へ意識を戻す。
気のせい、気のせい。
そう、私は少しだけ弾んだ心を否定した。
知った顔が見えたからちょっと安心しただけ。安心して、心がほわっと温かくなっただけ。
それだけ、なんだから。
「今年もよろしくね」
席に荷物を片付け終えると、すみれがにっこりと手を出してきた。
「あらためて、よろしく」
にっと笑った私はすみれとがっちり握手を交わす。中学生活二年目が始まった。
パコーン。パコーン。
ラケットの芯をくったボールがいい音を立てる。
二年目ともなると、私も先輩たちと同じくらいに、いい音が出せるようになった。
ファーストサーブの成功率とか、コースの狙いとかはまだまだ比べ物にならないけどね。
乱打を終えて、今度はサーブ練習に入る。
トスを上げて打つけれど、ネットにかかってしまった。
ああ、失敗、フォールトだ。
ファーストを失敗すると、セカンドは確実に入るゆるいサーブになる。セカンドサーブを失敗するとダブルフォールトになって点を取られてしまうからだ。とはいえファーストでも、入れることに意識するとゆるくなるし、早く打とうとすると失敗しやすくなる。
正確で速いファーストサーブ、打ちたいなぁ。出来ればファーストサーブで決められるようになりたい。
もう一度トスを上げる。あっ、流れた。
三本打つと次の人に変わる。私は三本中、一本を入れて交代した。
うちの中学はそんなに強豪校じゃない。それなりの中くらい。小学校からクラブでやってた経験者だけが上手い。
次の自分の番を待つ間、球を打つイメージをしながらラケットを振ってみる。うーん。
「腕をひねって打ってみて」
後ろの方で何度もラケットを振っていると、後ろから声がかかった。
「あ、井上先輩」
いつの間にか後ろに男子テニス部の井上先輩が立っていた。テニス部は男女で一応わかれてはいるものの練習はよく一緒にやる。井上先輩は小学校からの経験者で、すごく上手い。うちの男子テニス部のエースだった。
「こうですか」
私はもう一度ラケットを振った。
「インパクトの前にひねるんだ。こんな感じ」
先輩はラケットを持たないで腕を動かす。最後にぐいっと、くの字になるように腕をひねった。
あ、これかあ。
先輩の動きと同じように、もう一度。インパクトの瞬間だから、ここでひねるのね。
「手が離れすぎてるよ。佐藤の手はここだろ。もっと耳に近付ける感じ」
先輩が自分の手で私の手の位置を示してから、正しい位置に持っていった。さっそく真似てラケットを振る。
「そうそう、そんな感じ。それで打ってみて」
「はい」
私は大きく返事をして、サーブの順番を待つ列に並ぶ。忘れないように頭の中でシミュレーションする。
手は離さないように耳の近く、インパクトの前にひねって打つ。
前の子が終わったから、コートに入る。ベースラインを踏まないように立ち、真っ直ぐにトスを上げる。
よし、綺麗にあがった。
手は耳の横。ラケットがボールに当たる瞬間、ひねる。
パコーン。
私が打ったボールは真っ直ぐに内側のサービスラインの中に吸い込まれた。しかも今までより速い。やった。今のだ。
感覚を忘れないうちにもう二本、打つ。一本は失敗したけど、もう一本はまた入った。
「よくなったね、佐藤さん」
「やった。ありがとうございます、井上先輩」
三本を終えて戻ると、笑顔の先輩が出迎えてくれた。私は嬉しくて感謝をこめて頭を下げる。
「あら、井上くん。珍しく後輩の個別指導? しかも可愛い女子に」
そこへ一年生の見学者の相手をしていた三浦先輩から、からかい半分の声がかかった。三浦先輩は女子テニス部のキャプテンだ。男女とも一緒に練習しているけれど、やはり女子の後輩への指導は女子の先輩が、男子の後輩への指導は男子の先輩がやるのが普通だ。確かに珍しいかも。
「佐藤さんはサーブが見ててもったいないなって思ったものだから、つい。悪かったか?」
井上先輩は少し照れくさそうに指で頬をかく。
「まさか。後輩が強くなるのは大歓迎だから、しっかり教えてやって」
三浦先輩は手をひらひらと振って、一年生たちのところへ戻る。それから一人一人にラケットの持ち方を教え始めた。
「あの、ありがとうございました。先輩のおかげでサーブの感覚がつかめそうです。忘れないうちに練習しますね」
「うん。頑張って。サーブの成功率が上がったら徐々にコースも狙ってみたらいいよ」
「はい!」
大きく返事をしてから私はまた列に戻った。




