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告白の行方はどこでしょう

 体育祭当日。私たちは体育祭とは別の事でそわそわしていた。


 彩菜は全ての競技が終わってから、放課後に告白する。


「どうしよう、どうしよう」

「きっと大丈夫だよ、ねっ?」

「落ち着いて、ね」

 競技の合間になるとおろおろする彩菜に、私とすみれは気休めしか言えない。


 競技は学年ごとのダンス、リレー、綱引き、借り物競争、などと進んでいく。

 ダンスはどの学年も見ごたえがあった。やっぱり小学校の時と違って迫力がある。特に三年生のダンスはかっこよかった。振りも大きくて、きれもよくて、ノリもよかった。


 クラス対抗リレーは盛り上がった。

「いけーっ!頑張れ、頑張れっ」

 君とはクラスが違うので敵だから、もちろんうちのクラスの男子を応援する。


「ああっ、抜かされる!」

「頑張れ、頑張れぇっ」

 順番を待つ私からも、走り終わった子からも声援が飛ぶ。君は無情にもトラック半ばで、私のクラスの男子を抜き去った。

 ワアアッと君のクラスが沸く。反対にうちのクラスからため息が漏れた。


 バトンを次の走者に渡し、走り終わった列に加わる君は、笑顔のクラスメートに小突かれていた。

 うん、ちょっとしたヒーローだね。結構離れてたのに、追い付いて抜いたんだもの。

 私が5メートルの差をあっさり追いつかれちゃったのも仕方ないよね。


 そうこうしているうちに私の番がくる。助走を始めた私の手に、ぱしんとバトンが渡った。

 腿を上げ、地面を蹴る。腕を振り、息を吸う。景色が流れて、周りの応援が背景になる。

 少しずつ近づく他のクラスの女子の背中。目の前だ。もう少しっ。


 あと一歩、届かずにバトンが次に渡った。


「惜しかったね」

「ねーっ」

 うちのクラスは結局2位。君のクラスが1位か。悔しいなあ。


「あ」

 テントに戻って水分補給していた私は、小さく声をもらしてしまった。二年生のリレーだ。鈴木先輩はアンカー。

 彩菜は無言で、両手を胸の前で握りしめていた。

 ぎゅっと唇を引き結び、熱を帯びた瞳を向けている。声を出すと先輩を好きな事がバレてしまうから、心の中で祈ってる。


 横並びにアンカーへバトンが渡る。流石にアンカーはみんな速い。ぐんぐんとトラックを回っていく。

 頑張れっ。

 私も彩菜と一緒に先輩を応援する。

 ああっ、抜いた!


 鈴木先輩は一番にゴールテープを切った。


「先輩、速かったね」

 ぽそっと小声で彩菜にささやく。

「うん」

 彩菜はちょっと泣きそうな顔で首を縦に振った。

「かっこよかったね、先輩」

「うん」

 すみれも彩菜にささやいた。やっぱり彩菜は小さく肯定するだけ。でも少し上気した頬と潤んだ瞳、柔らかく弛んだ桜いろの唇から彩菜の想いが伝わってくる。


 誰かを好きになると、感動も倍なんだね。


 普通なら『あの人速かったね、盛り上がったな、すごいな、あいつ抜かされたな』それだけで終わる。

 それが『良かった、かっこよかった、泣きそうなくらい嬉しい、やっぱり好き』って感情でいっぱいになるんだ。

 彩菜の心の中を見ることは出来ないけれど、きっとそうなんだろうって分かる。それって素敵で、こっちまでふわっとした気分になる。


 グラウンドでは借り物競争が笑いを取っていた。60歳以上の人を借り、おじいさんの手を取ってゆっくりと歩く走者もいるし、中々見つからなくて、借りるものが書かれた紙を持ったまま探している走者もいる。似合わないサングラスを借りておちゃらけている走者もいた。


 チーム別リレーも滞りなく進んだ。彩菜は練習通りバトンを受け取り、走った。

 陸上部ほどではないけれど彩菜もかっこいい走りをする。私とすみれは声の限り応援した。実を言えば彩菜は青チームで、私とすみれは赤チームだったりするのだけれど。


 やがて体育祭は無事に終わり。競技ごとの順位が書いてある模造紙が丸められて廊下の片隅に置かれていた。



 ……途中までついてきて。


 強張った顔の彩菜に頼まれて、下駄箱付近ですみれと二人、待っていた。彩菜は靴を履き替える先輩に声をかけ、二人の姿は校舎裏へ消えていった。


 君には彩菜たちとおしゃべりするからと、今日は先に帰ってもらっている。


「彩菜、上手くいくかな」

「大丈夫、きっと上手くいくよ」

 彩菜を見送った私とすみれは、ポツリと言葉を交わした。


 どうか彩菜の恋が上手くいきますように。

 私とすみれの気持ちは、それだけだった。


 それ以上彩菜のことを話していたらなんだか落ち着かないから、体育祭がああだった、こうだったなどの雑談で時間を潰した。


 靴を履き替えて、同じように雑談している子たちも何人かいる。さっさと帰る子たちが次々と私たちの側を通って行った。


 長かったのかな。短かったのかな。


 時間にすれば十分もなかったんだろう。ものすごく長く待った気がしていた私とすみれは、彩菜の姿がちらりと見えた時点でだっと駆け寄った。


 二人とも答えは聞かなかった。彩菜の張りつめた顔。ぐっと結んだ唇。


「帰ろっか」

 私がかけた言葉は一つだけ。


「うちに寄って。親が帰ってくるまでまだ時間があるから」

 すみれが彩菜の手を優しく引っ張った。


 彩菜の家の方向にあるしすみれの家も学校から近いし、誰もいないから落ち着ける。

「うん」

 いつもよりも、小さくて儚い彩菜の返事が私の心にぽつんと響いた。

 私たちは何も話すことなく、すみれの家に向かった。

今日はもう一回、いつもの18時に更新します。

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