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9.準備


 存分にグリフィンをもふもふした後、麗奈はルルベルさんとラルバスさんを連れて部屋へ戻った。

 トゥミへ行くのが明後日という事は、準備は今日明日でしか出来ない。この世界の移動に関する知識のない麗奈は、この二人にアドバイスを貰うしか無いのだ。

 他にも、ラルバスさんには当日の同行者についてや、騎士団についても聞かねばならない。妄想の為にも、是非とも。


(ショタエルフは来るのかしら……)


 彼は転生組と手を組んで麗奈を火山に行くよう仕向けたわけだが、それとショタエルフである事は別である。というか、ショタエルフならしょうがない。ショタエルフなら許す。

 むしろ、もっとやれとも思うのだ。策略のために己のショタエルフっぷりを武器にするなんて、最高の妄想の糧。歓迎する他ない。

 麗奈の中では、彼は既に『腹黒ショタエルフ』で確定済みだ。ヨトゥールフさんがその設定に基く動きをしてくれたらば、妄想も捗るというもの。


「トゥミへの準備についてですか?」


 いつの間にか用意されていたお茶を注ぎつつ、ルルベルさんが察してくれる。毎度の事ながら、実に便利だ。だけど、ラルバスさんのお茶だけ注いであげないのは大人気ない。

 ラルバスさんは全く気にせず、自分の分は自分で注いだ。更に言えば、ルルベルさんより手際良く美しい所作だった。さすが家事技能持ちである。

 そんなラルバスさんに、ルルベルさんがキュッと下唇を噛む。

 大人気ない事をしたうえで、気にも留められずに負けるルルベルさんが哀れだった。ラルバスさんがいる時の彼女は、残念美女度をガンガンあげてくる。


「うん、トゥミ……というか遠出について? 何が必要かな?」


 遠出の準備となれば、女同士という都合上、ルルベルさんの方が話を進めやすかろう。ラルバスさんの気付かない事に気付く可能性も高い。

 元々は出来る女であるはずのルルベルさんを持ち上げる為にも、麗奈は敢えてルルベルさんの方を見て聞いた。


「必要な物は我々が全て準備いたしますので、聖母さまはごゆっくりなさってください」


 だが麗奈の気遣いは、ラルバスさんが爽やかな笑顔であっさりスルーしてしまった。空気は読まない派イケメンの笑顔が眩しい。そして強い。

 微妙な表情になっているルルベルさんと目を合わせつつ、麗奈は気付いた。


(ラルバスさんが団長なのは、きっとこの強さが理由だな……)


 この『気にしない、空気読まない』って性格は、人の上に立つなら便利だ。これだけで、何かを決断する際の邪魔な選択肢が極端に減る。そこに加えて真面目な性格ならば、仕事もきっちりこなすだろう。

 ついでに、メガネスさんが副団長なのも納得だった。あちらは気が細かそうだから、団員の精神面の異常にすぐ気付きそうである。


(いいコンビ……いや、いいカップリング……)


 こうなったらば、聞かねばなるまい。


「そういえば、同行者にメガネスさんはいるの?」


 ラルバスさんは頷いた。


「はい。騎士団からは私とメガネスが同行します。他には魔術師のヨトゥールフ殿がいらっしゃいますね」


 麗奈は心の中でガッツポーズをとった。ラルバスさんとメガネスさんだけでも美味しいのに、そこにショタエルフも加わっている。これは妄想の幅が広がるというものだ。

 だが、少し心配でもある。


「団長と副団長が一緒に出かけちゃって大丈夫なの?」


 二人とも不在の時に何かがあったら、騎士団は大変なのではなかろうか。もしもなどは無いに限るのだが、念の為の準備は必要だ。

 でもラルバスさんならダメでも大丈夫とか言いそうだなーと思っていたら、ここはルルベルさんが答えてくれた。


「大丈夫ですよ。副団長はもう一人居ますから」

「え!?」


 初耳である。

 でも騎士団のメンバーなら、召喚された初日に見ているはずだ。ショタエルフ同様、スルーしてしまっただけだろう。

 どんな外見の人だったのか考えていると、ルルベルさんが言葉を続けた。


「私の兄で、アゼルクと言います。ちなみに似ていません」


 兄。

 ルルベル兄。

 似ていなくても、別ジャンルで美しいに違いない。

 だってルルベル兄だ。しかも騎士団在籍。美形でないわけがない。というか、初日に美形しか見かけなかった。あの中に居たのなら、間違いなく美形だ。


(待って……副団長もう一人とか……待って……妄想が追いつかない)


 三角関係で考えるのも楽しいが、二組が複雑に絡み合うカップリングも捨てがたい。その両方の美味しいどこ取りも有りだ。

 『ラルバスさんとメガネスさんにショタエルフを絡めて』とか、『ショタエルフと副団長二人、団長も添えて』とか、小洒落た店のメニュー名みたいな組合せがし放題である。


「麗奈さん、トゥミに兄は来ないんですよ。そのうち紹介しますけど」


 麗奈はハッとした。

 そう、ルルベル兄はトゥミに同行しない。しないのだ。会った事はあっても、まだ顔も分からない。

 ルルベルさんを見ると、馬に『どーどー』って言っている時みたいな顔だった。ルルベルさんが馬に『どーどー』って言っているのを見た事は無いが、そんな顔だった。

 はしゃいでいた麗奈の心が、スッ……と落ち着いて行く。


「楽しみにしているね」


 頭の中で『色んな意味でな』と付け加えつつ、麗奈はにっこり微笑んだ。ルルベルさんも分かっていると言わんばかりに、にっこり微笑み返す。


「そうですね。アゼルクは素晴らしい男なので、一度お会いになるのが良いですね」


 空気読まないラルバスさんは、女二人の謎のにっこりにも怯まない。平気で会話に混ざってくる。場合によっては視線で殺される場面であるのに、心臓の強さが半端無い。

 だが、与えられた情報は素晴らしかった。


(なるほど、ルルベル兄はラルバスさんの評価が高い……)


 またもや妄想の幅が広がるネタだ。いっそ騎士団は妄想ネタを与えるべく教育されているのでは?と思うほど、ネタが豊富である。


「……荷物に関しては、元の世界の服だけ持ってきていただければ良いと思います」


 ルルベルさんは、荷物の方に話を戻した。

 先ほども妄想から引き戻されたし、どうもあまり兄の話をしたくないような気配が感じられる。イケメンは敵だと言うだけあって、兄も敵カウントなのかも知れない。

 その後も色々気になるところを聞いてみたのだが、全て国で準備するので心配いらないとの事だった。当日は本当に服だけ持って行けば良いようで、身構えていた麗奈は拍子抜けである。

 一応明日はショタエルフに挨拶でもしとくかと思いつつ、麗奈は帰る二人を見送った。

 気付けば結構な時間になっている。

 麗奈は食事と風呂を済ませて、後は寝るだけの状態にしてから、ベッドに腰掛けた。

 天井に視線を向けて、大声を出す。


「忍者ー! ハサミ持ってきてー!」


 その声に反応して、上から忍者が降りてきた。時間にして数秒、手には既にハサミを持っている。麗奈は天井を見ながら忍者が現れるのを待っていたが、何故かどこから出てきたのか分からなかった。


(おっと……忍者探ってる場合じゃないわ)


 麗奈は忍者が差し出すハサミを受け取り、爪の先っちょを少しだけ切ってみた。ガギンッと音がして、途中でハサミが止まる。それ以上力をいれると、刃が折れてしまいそうだった。

 次に髪の毛を一本抜いて、それを切ってみる。今度は髪の毛が刃にそって曲がってしまい、まともに切れない。前髪を掴んでまとめて数本切ろうとすると、爪の時のようにガギンッと鳴った。もちろん、切れていない。


(ここまでは予想通りなのよね)


 麗奈はバッグからポーチを取り出し、その中から爪切りを出した。試しに爪を切ってみると、普通にパチンパチンと切れる。髪の毛も切れた。

 そこまで確認したら、麗奈は忍者を手招きした。素直に寄ってきた忍者に、自分の爪切りを渡す。


「それで爪を切ってみて。今、私がやったみたいに」


 忍者は少しだけ首を傾げたが、言われるままに爪を切ってみた。

 ガギンッと音が鳴る。忍者は驚いたように目を見開き、自分の爪を確認した。爪は全く切れておらず、傷も無い。

 麗奈はその様子を確認した後、忍者が持ってきたハサミを渡した。忍者も麗奈が何をさせようとしているのか分かったようで、ハサミで爪を切ってみる。

 パツンと音がして、爪が切れた。


(やっぱり……私がこの世界の物で傷付かないのと同じく、こっちの人は私の世界の物では傷付かないのか)


 忍者が動揺した視線を向けてくるので、簡単に説明してあげた。例の『素材が違う』云々である。

 明らかに納得していない顔だったが、麗奈もそれ以上の説明はできないので諦めて貰った。王様も既知の事だし、出来ればそっちに聞いて欲しい。


(まあ……でもこれで、私が悪用される心配は減ったかな)


 実は、麗奈は自分が恐ろしい兵器になった気分がしていたのだ。

 この世界に麗奈を傷付ける物が無いという事は、ある意味無敵という事になる。これで攻撃力があったらシャレにならない。少しぶつかっただけで相手が死んでしまうなんて事になったら困る。創作ネタとしては面白いけれど、実際に自分がなったらたまったもんじゃない。

 だが少なくとも、麗奈が直接殴った程度で誰かが死ぬ事はなさそうだ。むしろ、麗奈自身の体では、誰も傷付ける事が出来ない。自ら進んでこの世界の武器を手にしない限り、麗奈は『異常に丈夫なオバちゃん』だ。

 それでも充分バケモノだけど、ここはショタエルフがいる世界。不老不死くらいなら、まだ人類カウントして貰える。

 ただ、これでひとつ問題が出てしまった。


(転生組……あのまま元の世界に行くの、すっごい危険かも……)


 麗奈と同じ条件になるというのなら、あの二人も元の世界に戻ったら不老不死だ。しかもあの世界のえげつない兵器でも倒せないとか、確実にバケモノ認定される。

 麗奈の脳内では、いずれ地球にも拒絶されて宇宙に放り出され、そこで何も考えないようになる二人が浮かんだ。そんなどこかの究極生命体みたいな人生を、彼らが望んでいるとは思えない。

 二人が戻るのならば、事前に麗奈の世界の体に変更せねばならないだろう。

 でもそうなると、きっとまた何かアイテムが必要になるのではなかろうか。この辺は明日、ショタエルフに探りを入れねばならない。


「もう良いよ。王様にこの事は伝えといてね」


 麗奈は忍者を帰し、ゴロンとベッドに転がった。

 明日の事は決まった。今日の用事も済んでいる。ならば、ここから寝るまでは妄想タイムにすべき。

 何せ、麗奈の妄想はこの世界を救う。


(今日は燃料いっぱい投下してもらったからね!)


 まずは騎士団を巡る三角関係ネタから。


 麗奈は目を閉じると、楽しい妄想を始めた。

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