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7.実験


 翌朝目覚めると、視界の中に麗しいモノがあった。麗しいし眼福ではあるのだが、起きたばかりの目には優しくなかった。

 キラキラしすぎてて。


「……おはよう、ルルベルさん」

「おはようございます、麗奈さん」


 昨日の朝に『イケメンが組んず解れつしてて欲しい』と思った場所に、ルルベルさんが居た。

 どうせ朝から目が痛い美形ならば、イケメンが組んず解れつしていれば良いのに、ルルベルさん(女性)ソロである。

 というか、そもそも何故朝から麗奈の部屋にいるのか。

 昨晩泊めた覚えは無い。そして、今朝招き入れた覚えもない。寝て居る間に寝ぼけた記憶もない。

 疑問はルルベルさん当人により、すぐに解決した。


「あさイチで来たら麗奈さんはまだ寝ていたので、お邪魔しました」


 何故そこで『出直す』を採用せずに、『お部屋で起きるまで待つ』を選択してしまったのか。

 ルルベルさんはてへぺろをしているので、あまり褒められた行いではない自覚があるようだ。


(……まあ、忍者もいるしな……忍者、ルルベルさんに御意してたしな……)


 あの忍者は、昨晩も麗奈の部屋に勝手に入り込んでいた。あいつがいる限り、鍵は無意味だろう。しかもルルベルさんに従うようなので、ルルベルさんにも鍵は無意味だ。

 だが、ルルベルさんは麗奈のお付きとの事だし、特に支障は無い気もする。というか、いちいち気にするのも面倒だ。

 麗奈はその辺を全部スルーする事にして、起き上がった。それよりむしろ、昨日新しく貰った服の方が気になる。

 オバちゃんといえども、属性は女。新しい服は早速着てみたくなるもの。

 麗奈は服を広げて見てみた。

 デザインはだいたい、昨日街中で見かけたような感じだ。ただし、素材は高級そうである。

 麗奈は着心地抜群だったパジャマをポイポイ脱いで、新しい服に袖を通してみた。


(んんん? どう着るんだ、これ?)


 長いワンピースみたいなものの上に、前身頃側が丸っこいデザインの何かを帯のようなもので留めるらしい。そこまでは理解したが、イマイチ仕組みが分からない。


「ルルベルさん、これどうやって……ルルベルさん?」


 ルルベルさんに聞こうと振り向いたら、ルルベルさんは何故か両手で顔を覆っていた。麗奈は『何やってんのこの子』と思いながら、その手を無理矢理開いて自分の方を向けさせる。


「はい、これ見て! これ、どうやって着るの?」

「もー……着替える場合は声かけてからにしてくださいね? それはここをこうして……」


 寝ている間に勝手に部屋に入ったワリに、着替えは気にしているらしい。麗奈には、その基準が良く分からない。

 ルルベルさんはぶつぶつ文句を言いながらも、着付けを手伝ってくれた。ちょっとエプロンっぽい感じに着ければ良いとの事だった。


「……これで良し……うん、お似合いですよ」


 備え付けの鏡で見てみたが、確かに似合っていた。色合いも良いのだが、何しろデザインが良い。麗奈の丸い体型が、実に可愛らしく見えるようなデザインだった。


「凄いね、これー」


 しかもこの服もまた、着心地抜群。柔らかく軽い布地は、動いても邪魔にならない。それでいて暑くもなく寒くもない。

 服に関してはこちらの世界の方が好みだなと、麗奈は思った。単純に経済力の差のような気もしたが、そこは気にしてはいけない。


「今日はどうするんですか?」


 ルルベルさんに問われ、麗奈はハッとした。

 昨晩、初代聖母の手記を読んで、思った事があったのだ。今日は是非、それを確認したい。


「ルルベルさんって、魔法とか使えちゃう?」

「魔法ですか……簡単なものでしたら、多少」

「じゃあ……忍者ー、灰皿ちょうだーい!」


 来るかどうか分からないけれど、麗奈は大声で忍者を呼んでみた。

 すると、忍者はスタッと天井から下りてきて、テーブルに灰皿を置いて天井に去っていった。

 天井を見てみたが、穴は開いていない。どこから出入りしたのか、果てしなく謎だ。

 麗奈はもう、あの忍者はこういうもんなのだと思うことにした。オバちゃんになると体力が無くなる分、細かい事は気にしていられない。

 それより今は大事な事がある。

 麗奈は召喚された時に持っていたバッグを探った。そこから百均で買ったタオルハンカチを出し、灰皿に置く。


「ルルベルさん。火の魔法が使えたら、そのハンカチ燃やしてもらえる?」

「え……良いんですか?」

「うん。それが一番安い物だから、それで試そうかと」


 ルルベルさんは首を傾げながら、何か呪文を唱え始めた。それに伴い、ルルベルさんの指先がポゥ……と赤く光り出す。


(凄い……特撮でもないのに光ってる)


 召喚も魔法ではあるけれど、麗奈は呼ばれる側で実際に準備しているところや呪文を唱えるところは見ていない。実際に目で見るのはこれが初めてだ。朝の光の中で行われる不思議現象に、瞬きを忘れる。

 ルルベルさんの指先で光はくるくると円を描き、不意に小さな火の玉になった。その指先を弾くようにすると、ヒュンと音を立てて飛んでいく。

 火の玉とハンカチが触れた。


「……え?」


 そのままハンカチは燃え上がる……かと思いきや、火の玉はハンカチの表面を滑るように移動し、煙だけ残して消えてしまった。

 ハンカチはさっきと変わらず、灰皿の上にある。焦げてすらいない。

 ルルベルさんが目を見開き、慌ててもう一度呪文を唱えた。先程と同じように火の玉が生まれ、またハンカチへ飛んでいく。


「え、えー……?」


 火の玉は、ハンカチを燃やす事が出来なかった。またもやそのまま消えてしまったのだ。

 ルルベルさんが困惑した表情で麗奈を見る。


「うん、予想通り」

「えっと……私が死んだ後、あっちの世界で耐火素材のハンカチが発売され」

「る、わけないでしょ。これは普通のハンカチ」


 麗奈はハンカチを取って、ルルベルさんに投げた。受け取ったハンカチを撫でたりひっくり返したりして、ルルベルさんが素材の確認をしている。そしてそれが普通のハンカチだと理解して、また麗奈を見た。


「ここ来た夜にね、神様のお告げがあったんだけど……私はこの世界の素材じゃないから、傷付かないって言ってたのよ」

「素材」

「だからね、同じくこの世界の素材じゃないハンカチは燃えないんじゃないかと」


 ルルベルさんの眉間に、深い皺が刻まれた。顔がもう、「解せぬ」と言っていた。

 だがその辺は麗奈も解せぬので、流して貰うしかない。今言いたいのはそこではないのだ。


「……で、初代聖母の手記に『マグマに入ったら服だけ燃えた』ってあったのね」


 そこまで言うと、ルルベルさんがハッとした表情になった。麗奈は頷いてみせる。


「分かったよね? この世界の服だと燃えちゃうのよ……裸は困るじゃない」


 溶鉱炉に沈むあの名シーンの再現も、腹の突き出たオバちゃんが素っ裸でやったら台無しである。服を着ていても似たようなもんかも知れないが、モラル的に多少はマシだ。

 一人きりで行くのなら、そして場所が人気の無い場所ならば、裸でやるのもひとつの手だろう。しかし、昨日王様は「同行するメンバーを決めた」と言っていた。同行者がいる事は確定している。防犯的に考えても、その同行者が女性ばかりという可能性は低い。


「そうですね、元の世界の服を持っていくべきです」


 ルルベルさんが頷いた。女性同士、この辺は話が早い。

 麗奈はルルベルさんからハンカチを返して貰うと、バッグに仕舞い込んだ。


「ついでに、本当に燃えないかどうかも確認したかったのよ……燃えなくて良かったわー」


 これでハンカチが燃えてしまったら、麗奈も危ない。サトシくんが嘘をついたとは思いたくないが、かといって信じて死ぬのも馬鹿馬鹿しい。マグマに入るなんて恐ろしい事をするのだから、最低限の確認は必要だ。


(さて……出発までに準備しないと)


 取り敢えず、確認は出来た。後は出掛ける準備をしなくてはならない。その為の情報を得ようと、麗奈はルルベルさんに視線を向けた。


「あの……麗奈さん」


 ルルベルさんが、何だかごにょごにょしている。様子が少しおかしい。


「なに?」


 優しく問いかけると、ルルベルさんの眉毛がへにょっと下がった。ちょっと可哀想になっちゃうくらいの、漫画みたいなしょんぼり顔だ。


「あの……仕向けといてなんだけど、その……無理して入らなくても」


 麗奈は失敗したなと思った。

 昨日、ルルベルさんのこの辺の葛藤のようなものは聞いていたし、謝って貰ってもいたのに、今更不安を口にするのはいただけない。ルルベルさんが気にするに決まっている。


「ごめん、そんな凄い気にしてるわけじゃないのよ」


 本当は気にしている。今のルルベルさんの出した小さな火の玉とマグマじゃ大違いだ。大丈夫と聞いていても、怖いのが当たり前。不安で当たり前。

 だけどもう、麗奈自身が決めた事だ。ルルベルさんだけの責任じゃない。


(後でこっそり本当に怪我しないか試そう)


 忍者に刃物を借りて爪を切ってみれば、自分の体でも安全に実験出来るだろう。それで大丈夫ならば、麗奈の不安も消える。

 麗奈はルルベルさんを安心させるため、その背中を軽くポンポンと叩いた。無意識に息を詰めていたのか、ルルベルさんが息を吐き出す。

 それでもまだ気にしている表情のルルベルさんに微笑んでみせて、麗奈は話題を変えた。


「そういえば、同行メンバーって誰かしら? ご挨拶した方が良いかな?」

「……召喚時にいた騎士団の中から、優秀な者が数人選ばれたようです」


 麗奈が話題を変えようとしている事に気付いて、ルルベルさんが答えてくれた。本当にこの人の「予測」は便利である。


「……ってことは、ラルバスさんとかメガネスさんかしら」

「ラルバス団長は来るでしょうね」


 おや?と、麗奈は首を傾げた。ラルバスさんの名前を聞いて、ルルベルさんが急に怒ったような気配を出したからだ。

 落ち込んだり怒ったり、感情表現豊かだとツッコむべきか、ラルバスさんと何かあったのかと探るべきか。


(感情表現豊かなのは悪い事じゃないし、今後のことを考えてラルバスさんとの事を聞いておくべきかな)


 だが、ルルベルさんは女性でラルバスさんは男性だ。しかも二人とも独身。

 独身の男女のアレコレだったら、余計なお世話になりかねない。いや、むしろそれはそれで余計なお世話をしたいのがオバちゃんなのだが、何も出掛ける前にすべき事ではなかろう。


(あ、でもルルベルさんは『お姉さま』だったっけか)


 「イケメンは敵だ」とルルベルさんは言っていた。

 それでいくと、ラルバスさんは間違いなく敵である。しかもただのイケメンではない。一国の騎士団長という、ハイスペックイケメンだ。挙句に技能に「家事」とあったから、お婿さん候補としてのポイントも高い。


(そうか、敵か)


 聞くまでもなく、理由が分かった気がした。

 この考えでいくとラルバスさんに限らず、あの騎士団は全員ルルベルさんの敵だ。騎士団が同行とか、中々腹立たしいに違いない。


「トゥミの南の火山って、遠いの?」


 イケメン騎士団が来るのは、麗奈には美味しい。途中で妄想し放題である。

 だが人間関係が煩わしい状態は、精神衛生的に避けたいところ。もし火山が近いなら、いっそルルベルさんと二人で行った方が楽なんじゃないかと思ったのだ。

 麗奈の問いに、ルルベルさんが難しそうな顔をする。


「遠いというよりも、高さが問題です。なので、騎士団所有のグリフィンが必要です」

「グリフィン!?」

「はい。ご想像通りの生き物です。ファンタジーです。それに乗るのです」


 ルルベルさんの目はキラキラしていた。だが、眉間に皺が寄っている。「グリフィンに乗るのは嬉しいけれどイケメンは敵」という、ルルベルさんの感情が手に取るように分かる表情だ。


「グリフィンに乗って行けば、日が落ちる前に火口に到着出来ます」

「そ、そのグリフィンってどんな感じ? 触れる?」

「……人懐っこいんです」

「ふおおおお」


 ルルベルさんと麗奈は、共に身悶えた。

 乗れるサイズの人懐っこい動物とか、最高である。異世界生物をもふもふ出来るなら、するしかあるまい。いや、すべきだ。しなくてはならない。

 麗奈の脳内で、今日の予定が急速に決定した。


「あ、あのさ! 乗る前にグリフィンと親睦を深めておくのはどうかなぁ!」


 麗奈は元の世界で一回だけ、馬に乗ったことがある。まだ二十代の頃の事だ。友人同士で格安の乗馬体験に行き、乗馬後に馬のお世話をさせてもらったのだ。その時、ブラッシングをもっとやって欲しいと、甘えてきた馬の可愛さが忘れられないでいる。未だに時々思い出すくらいだ。

 是非、グリフィンもお世話したい。


「それは名案ですね。大事な事です」


 ルルベルさんも、すぐに賛成してくれた。顔には「グリフィンもふもふしたい」って書いてある。イケメンは敵だが、もふもふには逆らえないようだ。

 麗奈はルルベルさんを見た。

 ルルベルさんは謎の頷きを返す。


 決定。


 二人はウフフと笑い、騎士団に向かった。

 もちろん、目当てはグリフィンである。

けものもふもふしたいです

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