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6.忍者


 ヨトゥールフさん宅から帰る時、ルルベルさんが突然サッと手を上げた。「先生、しつもーん!」って感じでは無く、「やあやあ、応援ありがとう」って感じの上げ方だった。

 なので麗奈は、ファンへ対するサービスかなと思った。

 だけど、すぐにそれは違うと知れる。

 物陰から、シュタッと人が現れたのだ。

 麗奈は驚きすぎて声も出せず、静かにそっと腰を抜かす。


(忍者!?)


 格好はまさしく忍者だった。こんな昼日中に街中に出て良いのかなって、心配になるくらい忍者だった。

 そこをツッコむべきか悩んでいる間に、ルルベルさんが忍者に話しかける。


「例の話が通った旨、伝えるように」

「御意」

(御意って言った!)


 リアル忍者のリアル御意に、ツッコミよりもミーハー的な感情の方が強く湧き上がる。麗奈は思わず、黙って忍者が消えるのを見守ってしまった。忍者は立ち去る時も、シュタッと消えていった。すぐに目で追ったものの、どちらに行ったのか全く分からない。


「ルルベルさん、今のは……」

「忍者です」


 ルルベルさんは麗しいお顔でにっこりした。うん、それは分かっているけど何でここに?って言う言葉が、言いにくくなるようなにっこりだった。

 麗奈も逆らえなかっただろう。

 10年前までなら。


「それは分かるんだけど、何でここに? ルルベルさんの部下?」


 だが今の麗奈はオバちゃんだ。世の中、我を通した方が勝ちになる場面は多い。この歳になれば、もう色々学んでいる。

 麗奈はにっこり仕返した。オラ、お返事しろよと微笑みに込めて。

 ルルベルさんの綺麗な顔が、一瞬怯む。それでも中々言おうとしなかったが、麗奈はもう勝ちを確信していた。

 ルルベルさんが、大きく溜息をつく。


「……いいえ、王様直属です。事前に王様に連絡させました。こうしておくと、城に着いた時にスムーズに中に入れるのです」


 なるほど、そういう事か……とは、麗奈は思わなかった。相変わらずにっこりの圧力をかけたまま、無言で見詰める。


(嘘だな)


 これが本当の理由のはずがない。こんな何の問題もない理由だったらば、ルルベルさんなら聞かれる前に答えるはずだ。

 ルルベルさんは眉間に皺を寄せた。目で堪忍してと訴えてきたが、麗奈は微笑んだまま。

 二人の間に、緊張した空気が流れる。

 どのくらいの間、そうしていただろうか。

 ついに、ルルベルさんが肩を落とした。


「分かりました。ここでは何なので、お城に着いたら説明します……」


 麗奈は今度こそ、本当ににっこりと微笑んだ。その笑顔に、ルルベルさんがホッと息を吐き出す。

 もちろん、城に着いてからしらばっくれたりしたら、怒るつもりだ。麗奈が怒った程度では何ともないかも知れないけれど、一応、心構えとして。


 麗奈はまだ、この世界を完全には信じてはいない。昨日の今日だ。当たり前である。

 なので、今のように秘密にされると不安になるのだ。もしかして自分は騙されているのではないかと、全てが疑わしく感じてしまう。

 ずっとそんな状態だと心が保たないから、出来る限り普通にしているだけだ。


 すっかり萎れてしまったルルベルさんに、忍者について質問しつつ、城への帰路につく。

 途中でやっぱりルルベルさんを見て転ぶ人が続発したが、行きと同じ事の繰り返しだった。

 助けるのは女の子と冴えない男性だけ、イケメンは滅べの方向である。

 ちなみに、帰り道の助け起こした人カウントは、女の子二人に男性二人。放置のイケメンが三人だ。ルルベルお姉さま、イケメンに厳しい。


「お待ちしておりました、こちらへどうぞ」


 ルルベルさんの最初の説明も、あながち間違ってはいなかったらしい。忍者が話を通していたようで、城に入るのは昨日よりもスムーズだった。そして入城したらそのまま、王様の元へと通される。

 謁見の間ではなく、その奥の例の部屋だ。


「あ、麗奈ちゃんおかえりー」


 王様は既に茶菓子を食べながら待っていた。昨日のように、ルルベルさんが慣れた感じでテーブルへ向かう。

 麗奈もそれに倣った。


「聞いたよー、マグマん中突入だってー?」


 何故か決定事項になっているような言い方だった。麗奈は慌てて首を振る。振った方向はもちろん横だ。


「いや、それは……」


 否定の言葉を口にしようとしたら、王様が飛んでもない事を言う。


「決定って連絡受けて驚いちゃったー!」


 椅子に座ろうとしていた麗奈は、そのまま固まった。王様はそんな事を気にせず、にこにこしながら続ける。


「こっちは同行するメンバー決めといたからー! 映画のほら、溶鉱炉に沈みながら親指立てるあのシーン! アレやってねー!」


 麗奈は、ぎぎぎぎぎ……と音がしそうな感じに首を曲げた。曲げた方向はルルベルさんの方向だ。

 ルルベルさんは優雅にお茶を飲んでいる。様になっていて美しいけれど、今はそれどころではない。

 麗奈は視線に力を込めた。どういう事か言ってみろと、思いっきり。

 ルルベルさんがカップを置いて、美しく微笑む。


「説明致します。我々は前もって元の世界に帰るべく、ヨトゥールフ様に相談しておりました。ですが、どうしても不老不死の聖母さまでないと入手出来ないアイテムが必要と分かりまして、空気中の魔力問題もあるし、ついでで聖母さま召喚しようかって事になったのです」


 ルルベルさんは、一気にそう言った。

 麗奈は、今度はぎぎぎぎぎ……と、王様を見た。王様は邪気の無い素直そうな笑顔で、うんうんと頷いている。


「ごめんねー! 空気中の魔力の事も、一応本当になんだよー? でも、メインは帰る方なんだー」


 麗奈は黙った。何も言わなかった。言えなかった。

 空気中の魔力の件は、確かに本当の事なのだろう。事実病人はいるようだし、ラルバスさんやメガネスさんは困っているようだった。

 だがこの二人は違うと言う。メインは二人が元の世界に帰る事で、麗奈はその為に呼び出されたと。

 いや、百歩譲って騙されたのはしょうがないとしよう。問題は今、ここでバラした事だ。

 相変わらず察しの良いルルベルさんが、聞く前に答える。


「城に着いたら話すっていう約束ですから」

(ここでソレかよ!!)


 麗奈は脳内だけでツッコんだ。実際にツッコむだけの体力が、もう無かった。


(事前に話していたと言うことは、今日のヨトゥールフさんとルルベルさんの会話は茶番か)


 取り敢えず麗奈も了承したような感じで話を進める為、一芝居うった模様。

 そういえば、断ろうとした瞬間にハプニングがあったなーと、麗奈は思い出していた。ヨトゥールフさんの肩からローブが落ちたやつだ。

 あれはタイミングが良すぎた。今考えれば、狙ってやっていたのだろう。ショタエルフ、良い腕持ってる。色んな意味で。

 ぐったりしながらも、麗奈はルルベルさんの隣の椅子に座った。座ると、王様がお茶をくれた。相変わらず熱々の紅茶で、良い匂いがする。

 その匂いを嗅いでいたら、少し気分が落ち着いた。


「……ごめんなさい」


 さっきまでしゃあしゃあとしていたルルベルさんが、小さく呟いた。顔を動かさずに視線だけ向けると、髪で隠れてその表情が見えなかった。

 だけど、隣だから分かる。

 反省している人の空気が、その周囲を覆っていると。


「自分たちが帰る事に夢中になりすぎて、あなたを実際に見るまで……勝手な事に気付かなかった」


 昨日麗奈と会って話をして、二人には迷いも生じていたのだという。

 それでもどうしても帰りたくて、結局は計画通りに動いたのだ。動いてみて、やっぱり後味が悪くて、今は後悔もしている。

 転生組はぽつりぽつりと、そんな話をした。麗奈はその話を、一言も喋らずに、ただ聞いていた。


「……本当にごめんねー……?」


 王様もしょんぼりしてしまっている。正面にいるのでその表情も良く見えるのだが、ちょっと目尻が濡れている感じだ。


 なんというか。

 さっきまでは憤りとか悲しさとか、感情がごちゃごちゃで混乱していたけれど、今は二人が可哀想になってきていた。

 された事は、もちろん腹立たしい。

 だけど、気持ちも分かるのだ。怒り続けるのが難しいくらいに。


「……他の転生者は?」


 話では、ほかにも転生者がいる感じだった。まさか二人だけという事はあるまい。


「いるけど……こんなに帰りたがっているのは、私たちだけで」


 ルルベルさんの口調は、すっかり敬語じゃなくなっている。表情はやっぱり見えない。

 麗奈は天を仰いだ。室内だから、あるのは立派な天井だけだ。だから目を閉じて、この世界の真っ青な空を思い出した。


「……聖母が不老不死って、有名なの?」

「うん……初代が色々やってて、手記にそれが残っている」

「その手記って、私も読める?」

「読みたかったら、持ってくるよー」


 麗奈の質問に、ルルベルさんと王様が答える。答えながらも、二人ともしょんぼりした雰囲気だ。返答に覇気がない。

 麗奈はひとつ、息を吐き出した。


「読んでみてダメそうだったらやらないし、行ってみてダメそうでもやらないからね」


 二人はキョトンとして、麗奈を見た。

 まかりなりにも一国の王様と、街中で見ただけで人が転ぶような美形がだ。

 これは、少し笑ってしまってもしょうがあるまい。


「親指立てて、溶鉱炉に沈むシーン」


 麗奈が笑顔でそう言うと、二人の目からボロボロ涙が零れ落ちた。王様は天を仰いでわんわん泣いて、ルルベルさんは机に突っ伏して泣いた。泣き方は二人で違うけれど、二人ともずっと「ごめんなさい」って謝っていた。

 泣く子には勝てない。

 麗奈は二人が泣き止むまで、頭を撫でてあげた。自分でも甘いなーとは思うのだが、怒れないし仕方がない。


「ううう……麗奈ちゃんまじ聖母さまー」

「私は最初から知ってました。麗奈さんは聖母さまだって」


(あ……ルルベルさん、初めて名前で呼んでくれた)


 今までずっと『聖母さま』って言われていたのに、『麗奈さん』と呼んでくれている。それが嬉しくて、麗奈は微笑んだ。

 内心ちょっとだけ、似合わない名前だから呼んでくれないのかなと思っていたのだ。

 だけど違っていた。今はもう、単にまだ二人の距離が遠いから、遠慮して呼んでいなかっただけだと分かる。


(……ちょっと仲良くなれたのかな)


 面倒な事に巻き込みやがってとは思うものの、もうそれほど腹は立たない。人は少しでも関係がある人が相手の場合、寛容の度合いが大きくなるもの。

 麗奈は特に、その傾向が強かった。基本、懐に入って来た人にはとことん弱いし甘い。それで損を被ることも多いけれど、麗奈はそんな自分が嫌いじゃなかった。



 その後、二人の顔から泣いた跡が消えるまで待って、転生組の茶会は御開きとなった。麗奈は部屋に戻ってから夕御飯をいただき、ぼんやり考える。


(ルルベルさん、なんであの計画立てたんだろう?)


 普通に考えて、いくら不老不死となっていたとしても、マグマに突っ込めと言われてハイという人はいない。ルルベルさんならそのくらい分かるはずだ。

 それほど帰りたかったのだとしても、短慮にすぎる。

 麗奈が二人を許したのは、そこもあった。恐らくは、何らかの確証があったからだと思ったのだ。じゃなきゃ、いくらなんでも溶鉱炉に沈むシーンの真似など出来ない。

 ちょうどそこで、ドアがノックされた。来たのはメイドさんで、例の初代聖母の手記を持って来てくれた。ついでに、パジャマと着替えが用意出来たと渡してくれる。

 麗奈はそれらを有り難く受け取り、早速パジャマに着替えた。新品のパジャマは滑らかなシルク製で、大変気持ちが良い。その事に軽くテンションを上げつつ、ベッドに転がって聖母の手記を読む。

 読み始めてすぐ、先ほどの疑問の答えが分かった。


(うん、こりゃ大丈夫だと思うわ。しょうがない)


 初代聖母も、召喚された当初は妄想を楽しんでいたらしい。だがそのうち、戻れない事に絶望して鬱になってしまったようだ。手記には『何度も自殺を繰り返した』とある。

 彼女は死ぬ為に色々な方法を試したようで、高所飛び降り(無事着地)から入水(水の中でも呼吸出来た)、入マグマ(熱くないのに服だけ燃えた)、リストカット(刃物が砕けた)、首吊り(首が締まらない)と、結果付きで綴られていた。

 これだけやっても、死なない有様。

 ルルベルさんが『聖母なら平気だな』と思ってしまっても、仕方がなかった。


(むしろ良く謝ってくれたわ……偉いわ……)


 麗奈だったら『大丈夫大丈夫』で済ませてしまいそうだ。それでも彼らが謝ってくれたのは、麗奈が予想以上に普通のオバちゃんだったからと……初代が鬱になった原因を、我が身で理解出来ているからだろう。

 麗奈は手記を読み進めた。

 最初の方こそ自殺の事ばかり書かれていた手記は、そのうち精神的に改善していった聖母が、天才魔術師ラティトと仲良くなっていく過程に変わっていった。

 どうやら自殺を繰り返す聖母を見て軽率な召喚を反省したラティトが、懸命に彼女に謝り、真摯に対応し続けたらしい。それがいつか信頼に変わり、最後には恋に変わったようだ。

 ちょっと感動的な展開になっていて、涙が出てくる。読み物としても良く出来た手記だった。


(あー……お茶飲みたいわー……)


 涙を流したせいか喉が乾き、麗奈は飲み物を探す為に顔を上げた。

 すると、目の前に誰かがいた。

 目の前の誰かが、ギョッとしている気配が伝わる。

 その人は、手にティーセットを持っていた。


 二人の間に、暫し沈黙が訪れる。


 先に動いたのは、『誰か』の方だった。その人はティーセットをテーブルに置くと、シュタッと消えてしまったのだ。

 麗奈は消えた方向を、呆然と見るしか出来ない。


(やべぇ……あれ、昼間の忍者だ)


 そういえば、ルルベルさんは忍者は王様の直属と言っていた。どうやらそれも本当だったらしい。

 というか、問題はそこじゃない。


(ティーセット置いてるの、本当に忍者じゃねーかよ)


 そこは普通にメイドにしろよと、麗奈は思った。

次から更新ゆっくりめ予定です

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