5.後継者の末裔
道中で身の危険を感じつつも、麗奈は無事、後継者の末裔が住むという家に到着した。
いくら不老不死でも、女の争いというのは恐ろしいので関わりたくない。ルルベル信者に聖母さまフィルターが掛かるか疑わしいし、到着まで胃がキリキリと痛かった。
ちなみに、到着までにルルベルさんが助け起こした人数は七人である。うち、女の子が四人、冴えない男性が三人。イケメンも二人ほど倒れていたのだが、華麗にスルーされていた。ルルベルお姉さまは本当にイケメンに厳しい。
状況的には大変に面白かった。
しかし、麗奈はとても疲れた。やっと目的地に着いたものの、ぐったりである。
「すみません、いらっしゃいますか?」
ぐったりする麗奈に代わり、ルルベルさんが件の家の戸を叩いてくれた。麗奈はその隣で、じっくりとお家を観察する。
見た感じ、普通の家だ。強いていうなら、他の家より這っている蔦の量が多いだろうか。そのせいで少し薄暗くは見えるが、不気味という程でもない。
扉の奥の方からは、こちら側に近付いてくる音がする。
麗奈はその姿を想像してみた。
偏屈そうな爺さんか、ツンデレ系の金髪碧眼イケメンしか想像出来なかった。不安と希望が現れすぎである。しかも希望の方が詳細に想像出来ている辺り、欲望に忠実というかなんというか。
そうこうしている間に物音が近くなり、目の前の扉が開く。
「……すまぬ、待たせたな」
最初、麗奈の目線には誰もいなかった。声だけ聞こえる状況だ。声につられて視線を落とすと、そこには小さな頭が見える。その頭の両脇には、とんがった耳。
視線が下りるに従って、姿が明らかになっていく。
髪の色は綺麗な蜂蜜色。瞳の色は初夏の若草のような、澄んだ緑。白い肌に華奢な身体。
(エルフ!!)
しかも、ショタ。
(うおおおおおおおおおおおおお!)
麗奈は脳内で、狂ったように太鼓を打ち鳴らした。ちょっとした祭りだった。脳内をズンドコさせながら、更にショタエルフを観察する。
彼はイラストの魔術師が身につけるような、フード付きのローブを着ていた。今はフードを被っていない為、その尖ったお耳が丸見えである。ローブの下には半ズボンと膝小僧が丸見えだ。靴下はオーバーニーではなく、ハイソックス。選択が正しすぎて、脳内で太鼓の乱れ打ちをするしかない。お顔はエルフのイメージ通り、すっきりとした美形だ。ショタゆえに輪郭はまだまろやかであり、可愛らしい。アーモンド型のお目々がキラキラしている。
ショタエルフという強すぎる存在で、麗奈は道中の疲れが全て吹き飛んだ。
「分かります、ショタエルフは私も別腹です」
ルルベルさんが小声で麗奈に呟いた。
ショタエルフは食い物かよというツッコミは出来ない。麗奈もそれは分かるからだ。基本的にショタはそれほど好みではないのだけれども、ショタエルフとなったら話が別。
何故なら、エルフは長命だから。
「おお、昨日の……聖母さま自らこんなところにご足労いただけるとは」
ショタエルフが麗奈を見て、にっこり笑う。麗奈もつられてにっこりした。
脳内で太鼓をズンドコさせたまま。
(イイヨイイヨー、その口調イイヨー)
見た目ショタであっても、長命なエルフの場合は、年齢までショタとは限らない。精神だけ老けた『ショタジジイ』の場合もある。
つまり、合法だ。あんな事やこんな事になっても、実は大人なので問題ない。BLに限らず、その存在は伝説である。
そんな存在が、今、目の前に。
(おおふ……ここは極楽か?)
ショタエルフだけで、もうこの世界を救う価値がある。救う為、存分に妄想しようではないかと使命感に駆られる。実に素晴らしい。
麗奈は脳内太鼓を打ち鳴らしつつも、表向き落ち着いてみせた。
妄想の為にはまず、彼の人となりを知らなければなるまい。その上で的確なお相手を探す必要がある。
「こんにちは……中野です、よろしくお願いします」
「私の名はヨトゥールフ。魔術師ラティトの名を継ぐ四代目。こちらこそ、よろしくお願いします」
麗奈の挨拶に、ショタエルフも返してくれた。名前はヨトゥールフくん……いや、ヨトゥールフさんというらしい。
見た目は10歳くらいだが、名前を継ぐ程の実力という事だ。実年齢は結構行ってそうである。
(初代天才さんが『ラティト』さんだったのかな……)
流れ的に、多分そうだろう。
麗奈は初代聖母とくっついちゃったという、天才さんのことを考えた。サトシくんの話だと桁外れの天才だったそうだが、ヨトゥールフさんはどのくらい技を継いでいるのか。
「ささ、奥へどうぞ」
ヨトゥールフさんに促され、麗奈たちはお家にお邪魔する。
家の中は麗奈のイメージ的に『魔術師の部屋』というより、『錬金術師の部屋』といった感じだった。様々な植物や薬が綺麗に並べられており、それぞれに番号と名前がふってある。机にはフラスコやアルコールランプのような物が並び、理科の実験室のようだ。
「散らかっていてすまない」
麗奈はこの程度は散らかっているうちに入りませんよと思いながら、勧められた椅子に座った。すぐ隣の椅子にルルベルさんも座る。ヨトゥールフさんはテーブルを挟んで対面だ。
(凄い……なんて可愛い生き物なのか……)
改めて目の前にすると、ショタエルフは本当に可愛かった。
サラッサラの金髪は実に素直に真っ直ぐで、頬に軽くかかるくらいの長さ。お口は小さくピンク色で、どこのリップクリーム使ってんの?って聞きたくなる艶。色白ゆえに瞼に薄く血管が透ける様は、少しアイシャドーでもつけているように見える。
(昨日何で気付かなかったかな……小さいからか。小さいからだな)
しかも、フード付きのローブがある。これを目深に被られてしまったら、可愛いお耳が見えない。気付く事は難しい。
実に惜しい事をした。イケメン騎士団とショタエルフが同時に存在したのなら、組合せもしやすかっただろうに。その場で薄い本数冊分の妄想も可能だったはずだ。
(おっと……それどころではない)
思考が暴走しそうになったところで、麗奈はハッとした。
今はまず、大事な話をせねばならない。
「こんなところまでご足労いただいて……何かありましたかな?」
どう話そうかと悩んでいたところ、ヨトゥールフさんからズバッと切り込んでくれた。
麗奈はチラリとルルベルさんを見た。麗奈の視線を合図にして、ルルベルさんが口を開く。
「ご挨拶が遅れました。私は薔薇騎士団所属、ルルベルと申します。この度、聖母さまお付きとなりました」
最初は普通に麗奈から話すつもりだったのだが、事前にルルベルさんに止められていた。
ヨトゥールフさんもこの世界の住人なので、聖母さまフィルターがかかっているらしい。なので、直に話すと真っ直ぐ伝わらない恐れがあるという。
結局それでよかったなと、思う。麗奈が説明するよりも、優秀なルルベルさんが話した方が断然分かりやすい。実際に今も、ルルベルさんの説明にヨトゥールフさんがうんうんと頷いている。質問を返す様子がないのは、する必要がないからだろう。
「……聖母さまはこの世界を救われた後、元の世界にご帰還される事をご希望なのです」
「なるほど、それで私の元に」
ヨトゥールフさん、めちゃくちゃ話が早かった。事前の話では扱いにくい人のイメージだったのだが、ぶっちゃけラルバスさんより会話が楽そうである。一緒に仕事をするのも楽そうだ。
「しかし……これは少々困りましたな」
ヨトゥールフさんは小さな顎を可愛いおててでさすりながら、首を傾げた。すごく可愛いけど、仕草だけおっさんのようだ。
麗奈は心の中で、イイヨイイヨーと呟いた。ショタジジイ感溢れてる。
「初代の生み出した魔法ならすぐに出来るのですが、初代は帰還の魔法は残していないのですよ」
やっぱりそうきたか、と麗奈は思った。
内心予想していたのだ。帰還の方法があるようなら、最初にラルバスさんから教えて貰えるはずである。あそこで『帰還の記録が無い』と言っている以上、こうなるだろうなと予測はついていた。
ただ、ヨトゥールフさんは『少々困る』と言っている。少々、だ。
「初代の数々の教えから、新しく帰還の魔法を生み出すとなると……時間が必要になります」
麗奈は心の中でガッツポーズをとった。
さすが天才の後継者。可愛いだけでなく優秀だとか、ショタエルフ万歳である。
どちらにしろ、麗奈はちゃんとこの世界の魔力を補充してから帰るつもりだった。少しくらい準備に時間がかかっても、問題はない。
だが、続く言葉に麗奈は萎れた。
「だいたい30年くらいで出来ると思うのですが」
長生き出来る種族は、時間に余裕があっていけない。
いや、今の麗奈も不老不死なのだが、さすがに30年は無いと思うのだ。そんなに長くここで暮らすのは、さすがに辛い。
だってこの世界、漫画もアニメもない。ゲームもない。無い無い尽くしだ。いくらイケメン騎士団やショタエルフが居ても、それはそれ。やっぱり二次元情報が欲しい。
落ち込む麗奈の姿に、ルルベルさんが「分かる」って顔をしていた。彼女もまた、こちらの世界で同じ思いを抱いているのだろう。
「……だが、場合によってはもう少し早く出来るやも知れぬ」
麗奈はガバッと顔を上げた。
なんとなく、最初に呼び出された時に思った「ヘラクレスも真っ青の無理難題な冒険」の前振りのような気もするが、麗奈は耳を傾けた。聞くしかなかった。
「媒介となる植物で、入手困難な物があります。それがあれば、いくつかの手順を省けるのです」
やっぱりそうきたか。
異世界からの召喚が出来るような魔術師が、入手困難というくらいだ。困難度合を想像したくない。
「聖母さまなら、何の問題もなく入手できますよ。火山の中に入るだけです」
想像したくないのに、具体的に言われてしまった。ショタエルフ、思いのほか攻撃的である。その可愛いお顔はにこにこ笑顔で、『聖母さまならいける』と本気で信じて疑っていない顔だ。聖母さまフィルターが仕事しちゃってる。
(つまりこれは、不老不死じゃないとダメってやつ……?)
火山の中という事は、十中八九マグマの中。普通の人はマグマの中になんて入れるわけがないから、誰かに頼んで取ってきて貰うのは不可能だ。
麗奈は決めた。
(うん、30年待とう)
不老不死といっても、色んなバージョンがある。一番嫌なのは、『痛覚がきちんと残っている不老不死』だ。時々小説やゲームの中などに、そのバージョンの不老不死のキャラクターが出てくる。バラバラにされたのに生きていて、痛みに悶えながら回復を待つシーンを読んだ時、これだけは嫌だと思っていた。
麗奈の不老不死が、このバージョンでない保証はない。試すのも怖い。サトシくんは「この世界の物質では傷付かない」と言っていたけれど、『熱』もそこにカウントされるのかは謎だ。
ならば、避けるのが賢明。
「火山はどこのですか?」
麗奈が心を決めているにも関わらず、ルルベルさんが場所なんて聞いている。何聞いちゃってるのと言う間もなく、ヨトゥールフさんがお返事した。
「トゥミの南の火山です」
「なるほど、ならばそれほど時間もかかりませんね」
麗奈は「なんだこの空気」と思った。
なんかもう、行く事前提で話が進んでいる。危ない目に遭うのは麗奈なのに、誰も麗奈にやるかどうかの確認をしてこない。
非常にまずい雰囲気だ。ここで断らねば決定してしまう。
麗奈は断るべく、大きく息を吸い込んだ。
その瞬間、ヨトゥールフさんのローブがハラリと肩から落ちた。
ローブの下はノースリーブの白いブラウスで、剥き出しの肩がエルフ特有の華奢さを強調する。
(華奢ー! 可愛い!!)
麗奈は思わず、吸い込んだ息を吐き出してしまった。脳内でまたズンドコ太鼓祭りが始まる。
心のどこかで、今はダメだと声がしていた。麗奈には、その自覚があった。
しかし、人生の半分以上を腐って過ごした麗奈に、ここで祭りを中断させて冷静さを取り戻す事は出来ない。妄想の餌を与えられたらはしゃぐのは、もはや本能なのだ。
「では、早速王に報告致しましょう。詳しい日程が決まりましたら、ご連絡致します」
ハッと気付いた時には、既にヨトゥールフさんとルルベルさんで、話が決まってしまっていた。
しかも、決まったらすぐ「それじゃあバイバイまた今度」といわんばかりに、さっさとお家を出されてしまった。
パタンと閉じられた扉の前で、麗奈の背中に冷たい汗が流れる。
(……やばい。これはやばい)
このままだと、マグマの中に突入されられる。
まさか齢40にして、そんな過酷なプレイをさせられるわけにはいかない。絶対に阻止しなくては。
(30年待っても良いから、無傷で帰らないと)
麗奈はせめて王様のところでは話を食い止めようと、今度こそ心に決めたのだった。
この時。
麗奈は色々動揺していて、ルルベルさんが意味深に微笑んでいる事に気付けなかった。
……気付いたところで、その後の流れを変えることなど出来なかったのだけれども。