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4.お姉さま


 チュンチュン……と、朝を知らせる鳥の声が聞こえる。

 麗奈はふかふかのベッドの上でうつ伏せに転がった姿勢のまま、その声を聞いた。


(目の前でイケメンがいちゃついていればいいのに……)


 安アパートの一室とは比べ物にならない広いお部屋の中は、ガランと大きくスペースが空いている。騎士団の面々が三組くらい組んず解れつしてても、全然余裕のスペースだ。

 異世界にきても鳥は朝にチュンチュンいってくれているのに、何故誰も組んず解れつしていないのか。

 朝から疲れ切っている麗奈は、そんな事を考えていた。当たり前であるのに、いっそ理不尽に感じる程に。


(鳥さんが仕事してるんだから、イケメンも仕事しろ)


 今の麗奈の中では、イケメンがイケメン同士でいちゃつくのは仕事だった。必須である。男同士であるなら、イケメン同士でなくてもいい。麗奈はなんでもいける。

 オバちゃんになるにつれて、『×』の文字のどっちが右でどっちが左かという問題は消えていた。どっちにしろオバちゃんから見れば若造でかわい子ちゃんなので、アンタ等が幸せならオバちゃんはそれで良いのよ……ってなるのだ。つまり、全員右である。

 起きたくなくてうだうだする麗奈の耳に、ドアをノックする音が聞こえた。


「聖母さま、よろしいでしょうか?」


 麗奈は体を起こした。今の声は、多分ルルベルさんである。

 そういえば、彼女にもいくつか聞きたい事があった。確認したい事もある。この世界で麗奈のお付きだというのだから、出来れば仲良くもしておきたい。

 麗奈は慌ててドアの方へと駆け寄った。ドアを開けると、朝から麗しいルルベルさんが立っている。


「おはようございます、ルルベルさん」

「おはようございます」


 麗奈の挨拶に、ルルベルさんがにっこりと微笑みを返してくれる。

 少女漫画に出てくるような繊細な美貌は、朝の光の中で輝いていた。全体的にかなり色素の薄いタイプで、髪はプラチナブロンド、瞳は薄い紫色である。緩い巻き毛を後ろで束ねただけなのに、様になる事この上ない。

 昨日も思ったバサバサの睫毛が光を弾いて目元を縁取り、些細な表情の変化にも、憂うような独特の雰囲気を与える。


(惜しい……何故彼女は女なのか)


 麗奈としては、ぜひこの美貌で麗奈の妄想の助けになって欲しかった。女性では、イケメンと絡んでも普通の恋愛モノになってしまう。普通の女性より身長が高めで中性的な外見なだけに、実に惜しい。

 麗奈はそんな事を考えつつ、ルルベルさんを部屋に通した。昨晩は何もせずにベッドに直行したせいで、部屋はどこも散らかっていない。そもそも元の世界の部屋ではないので、お見せできない薄い本も無いから安心だ。


「どうぞー」


 とりあえず、備え付けのソファーにご案内した。

 気がつかなかったのだが、いつの間にかテーブルにはティーセットが置かれている。ポットは熱々で、簡単な茶菓子も用意されていた。

 昨日も、いつの間にかお茶とお菓子が用意されていたのを思い出す。

 あの部屋は出入り口がひとつしか無かったのに、いつ用意したのか謎だった。事前に用意したにしては、お茶が熱々すぎた。

 この城のメイドは忍者かも知れない。

 麗奈は温められたカップに紅茶を注ぎ、ルルベルさんに差し出した。それを優雅な仕草で一口飲んで、ルルベルさんは麗奈を見た。


「聖母さま」


 ルルベルさんは、何故か自分のほっぺをツンツンしている。お顔はニコニコだ。

 この国における何かの表現だろうか? 麗奈は意味が分からず、真似して頬をつついてみた。

 その頬が、なんだかとってもデコボコしている。


「あー……」


 麗奈はルルベルさんが言わんとしている事を、ようやく理解した。

 ルルベルさんが来る直前まで、麗奈はうつ伏せに寝ている。顔を布団に押し付ける形だ。当然、曲がったお肌はお布団の痕をしっかり残す。


「寝起きで申し訳ない」


 頬をゴシゴシしてみるけれど、もちろんその程度では消えない。麗奈は諦めてエヘヘと笑った。ルルベルさんもにっこり返してくれた。


「大丈夫、それはそれで可愛らしいですよ」


 ガチャンと、麗奈のカップが音を立てた。お行儀が悪くても、むしろお茶を吹かなかった事を褒めて欲しい。

 麗奈は、真顔になってルルベルさんを見た。

 彼女はどこ吹く風といった表情である。


(……何この人?)


 若い頃ならいざ知らず、ここ十年以上は可愛いなどと言われた事が無い。麗奈の動揺は当たり前の事だろう。


(あ、そうか……私が『聖母さま』だからかな? フォロー入れてくれた?)


 一瞬、美的感覚のおかしい人かと思ったが、考えてみたら麗奈はこの世界の重要人物だ。リップサービスくらいしてもおかしくない。

 麗奈は今の会話をなかった事として、会話を先に進めることにした。

 まずは気になっていたところから。


「昨晩、お告げとやらがありまして」


 麗奈の言葉にルルベルさんは頷いた。まるで驚かない辺り、ルルベルさんもお告げを受けた事があるのかも知れない。


「転生者は神様と契約して、この世界にきていると聞いたの」

「はい。死んだ後に魂でウロウロしてたところ、この世界にどうかとスカウトされました」


 サトシくんが同意を得て転生させていると言っていた通り、ルルベルさんも利用規約のようなモノを見せられて、同意したのだという。

 ただし、サトシくんの説明とはちょっと違う感じだ。


「同意はしましたが……なんか目の前に一気に文字がバーっと出てきて、読むの面倒でガーっと流したら『同意する』ってボタンがあって、それを押さないと何も出来ない状態だったんですよね」


 ちょっと違うというか、マルウェア感が凄い。同意しないとどうにもならない状態にした上で話を持ちかけるとか、割と悪質である。


「そもそも私は元の世界にとても未練があり、成仏出来ずにいたわけですよ。そこをこう……騙された感が強くてですね……」


 麗奈は昨日の転生組のお茶会を思い出していた。お茶会で一緒に愚痴ると言っていた辺り、王様もこのタイプの可能性が高い。

 これは今度サトシくんに会った際、転生モードを確認させた方が良さそうだ。


「今度神様に言っとくわー。んで、あともう一個気になってんだけど」

「神様にですか……はい、どうぞ」

「……転生組の愚痴茶会とか私の妄想が世界を救ううんたらとか……もしかして、この世界の人に知られちゃマズイ内容?」


 最初にルルベルさんに耳打ちで説明されてから、ずっと気になっていたのだ。ルルベルさんは『妄想』と言ったし実際にそれで効果があったみたいだけれど、ラルバスさんは知らないようだった。

 もしこれが知られてはならない案件だった場合、うっかりしないように気をつけなくてはならない。

 ルルベルさんは少しだけ首を傾け、考え込んだ。


「うーん……知られちゃマズイというより……理解されないんですよ」

「理解されない?」

「はい……なんていうか、そのままを伝えても何故か美しい逸話になっているというか」

「あー……」


 麗奈は何となく理解した。ラルバスさんのあのキラキラっぷりを見れば、ルルベルさんの言わんとしているところが分かる。


「なるほど……あと聞きたいのは、ルルベルさんがどうして『妄想でこの世界の魔力が増す』って知っているかなんだけど」


 ラルバスさんは『愛』と言っていた。先ほどの話と併せると、この世界ではラルバスさん基準で記録が残っているはずだ。

 ならば、何故ルルベルさんが『愛=妄想』と気付いたのかが気になるところ。


「ああ、それですか。初代聖母さまの手記が残っているからですよ」


 答えは思いの外簡単だった。


「私は日本語が読めますからね。そこに書かれた内容により、聖母さまの妄想が魔力になると知っているんです」


 この世界の人は日本語が読めないし、解読を頑張ったところで、肝心のところは美談に変わってしまう仕様である。

 結果、転生者には周知の事実だが、異世界人には知られていない話となったらしい。

 麗奈は話を聞きながら、そういえばルルベルさんの技能に「異世界文字読解」とあった事を思い出した。便利な「予測」も有り、顔も綺麗。ルルベルさんハイスペックだなーと思う。


「元々はこの世界の天才魔術師が気付いた理論のようです。その後継者が聖母さまを召喚されたのですよ」


 麗奈はガバッと身を起こした。

 テーブルを挟んで対面にいるルルベルさんの肩を掴むと、その肩の細さを気にする間も無く、ガンガンと揺すった。


「そう、その人! その人に会いたいんだけど!!」


 その人が、サトシくんが言っていた「天才の後継者の末裔」に違いない。今のうちに会って話をつけておけば、後々帰るのに困らなくなる。


「わか、り、まし、た。午後、そこ、に、いきま、しょ、う」


 揺すられているのに、ルルベルさんは律儀に答えた。この状態でよく舌を噛まないものである。切れ切れでもちゃんと聞こえるとか、滑舌が良すぎる。ルルベルさん、無駄なところまでハイスペックである。

 昨日名前を聞いた時の態度はどうかと思ったが、この人良い人だわーと麗奈は思った。律儀な人は嫌いではない。


 その後、遅めの朝食を二人で食べた。ご飯は気付いたら部屋の中に用意されており、やっぱりこの城のメイドは忍者ではないかとの疑惑が深まった。麗奈に食べ物の匂いで気付かせないなど、かなりの手練れである。

 ルルベルさんに聞いてみたところ、実はルルベルさんも似たような疑惑を持っているらしい。なんと、今まで一度もその姿を確認していないそうだ。

 いつか姿を見ようと思いつつ、麗奈は食事を楽しんだ。

 そう、この世界の食事は楽しめるのである。

 異世界にきて真っ先に心配したのは食事だったのだが、杞憂に終わった。現代日本ほどの状況ではないものの、かなり美味しい食事が出来る。ルルベルさんの話では、カレーもハンバーグも再現済みとの事で、食事に不自由しないで済みそうだった。過去の転生者、良い仕事をしている。

 ちなみに、今朝のメニューはローストビーフサンドだ。デザートはイタリア風プリン。普通なら胃もたれするメニューだが、もちろん麗奈は気にしない。そんな事を気にしていたら、立派な腹の肉など育たないのだ。


 食後に少しの休憩を入れてから、二人は街に向かった。


「後継者さん、街に住んでるのね」


 麗奈はその事を意外に感じた。

 その手の人物は、人里離れたところでひっそり暮らしているイメージがある。感謝はされているが煙たがられてもいるような、そんなキャラクターしか想像出来ない。


「現在は魔力が不足している都合上、神の加護のある街中でないと病気になりますから」


 どうやら麗奈の想像通りの人柄のようなのだが、今は特殊な事情ゆえに街中で仮住まいしているとのこと。

 それはさぞかし暮らし難かろう。あと、話しにくそうである。上手い事会話が出来るか気になるところだ。聞き出さねばならない事があるのに、会話が難しい相手というのは困る。

 そこは少々不安に思いながらも、麗奈は異世界の街並みに心躍っていた。

 何というか、良い意味でイメージ通りなのだ。


(この街、凄い可愛い)


 まるで絵本のような赤いレンガの屋根の家が、綺麗に並んでいる。軒先には緑の蔦が這っていて、色の対比も美しい。石畳の道は所々にモザイクで絵が描かれていて、先へ先へと歩きたくなる。


(やべぇ、こんな可愛い街に家貰えんの?)


 専用の邸宅が用意されているというのを思い出し、麗奈はソワソワした。ただ家が貰えるだけでも嬉しいのに、この街は凄く可愛い。これは期待してしまう。

 オバちゃんだって、可愛いものが好きなのである。普通に暮らしていると金銭的に難しい理想のお部屋も、この世界なら出来そうでワクワクする。


(この世界に足りないものは、薄くて高くて夢いっぱいの本だけかも知れない)


 だけど、無ければ作れば良いだけの話。

 帰りが長引いたら作ろうと、麗奈は心に決めた。転生者の中にはきっと、同じ気持ちの者も居よう。

 何しろ、ここには妄想の糧が存分に存在する。

 麗奈はチラリと隣を見た。

 ルルベルさんは、街中でも輝いていた。図抜けて美形だった。


(惜しい……男であれば)


 道行く人が、ルルベルさんを見ている。誰もが目を奪われている。しかも中性的な美貌ゆえ、相手は男女問わずだ。

 妄想の糧として、ルルベルさんが女である事が実に残念でならない。

 ルルベルさんは集まる視線を気にする風でもなく、自然に動いている。もはや見られ慣れている感じだ。風に髪を靡かせて颯爽と歩く姿は、ここが薔薇園でないのが謎な程である。

 ルルベルさんの美しさに見惚れていた少女が、段差に足を取られてひっくり返ってしまった。漫画かよとツッコみたいところだが、ルルベルさんが本当に美しいゆえに「分かる」としか言えない。


「大丈夫ですか?」


 ルルベルさんは彼女に駆け寄り、優雅に手を差し伸べた。少女はポゥっと頬を赤らめつつ、嬉しそうに起こして貰っている。これは彼女、数日手を洗えないだろう。ルルベルファン……いや、信者が爆誕している。

 彼女を助け起こした後、今度はイケメンが転んだ。彼もルルベルさんに見惚れて躓いたクチだ。

 しかし、ルルベルさんは彼を無視した。

 だが、反対側で同じく転んだ冴えない男性は、助け起こしてあげている。


「ルルベルさん……」


 麗奈はルルベルさんをジッと見た。見ただけで、何も言わなかった。それでも「予測」持ちのルルベルさんは、先読みして回答してくれた。


「イケメンなど滅べば良いんですよ……」


 美女がイケメン滅べというとか、イケメンに何か暗い過去があったとしか思えない。騙されでもしたのだろうか。オバちゃんとしては少し心配である。

 しかし、それについてもルルベルさんは聞く前に答えてくれた。


「イケメンがいたら、女の子はそっちに行ってしまいます。私からしたら敵です」

「あー……そっちか」


 麗奈は頷いた。

 なるほど、敵。イケメンは敵。確かに、ルルベルさんが凄まじい美形であっても、性別の都合で勝てない部分はあろう。

 麗奈はなんとなく、最初にルルベルさんが助け起こした女の子の方を見た。

 彼女はいつの間にか、別の女の子たちに囲まれていた。ルルベルさんが助け起こした時の状況を聞いてキャッキャするのではなく、明らかに剣呑な雰囲気だった。ファンの集いというよりも、新入りの教育という名のリンチっぽい感じである。

 更に、ひそひそと囁く声も聞こえてきた。


「見て……ルルベルお姉さま……今日も本当にお綺麗」

「あれが噂の……イケメンに厳しいけれどブサイクに優しいお姉さまか……」

「ルルベルお姉さまだ……拝め、拝んでおくんだ。イケメンの滅亡を祈れ」


 お姉さま、有名だった。

 これは一緒に歩いて大丈夫なのだろうか。ファンに刺されそうで怖い。誰も一緒にいる麗奈の事は話題に出していないのが、余計に怖い。


「大丈夫ですよ。その辺はよく教育されているので」


 誰にだよ、とはツッコまないでおいた。取り敢えず重要なのは、麗奈が攻撃されない事である。

 麗奈は身の縮む思いで、ルルベルさんの隣を歩いた。早く後継者のお家に行きたかった。

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