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3.神様


 麗奈は白いところを、ふわふわと漂っていた。漂いつつ、これは夢だなーと考えていた。

 夢というのは脳の記憶整理なのだと、どこかで聞いた事がある。今日は色々あり得ない事ばかりだったから、脳がパンクして真っ白なのかも知れない。

 麗奈は自分の脳に対し、ゆっくり休めよ……と思った。

 起きたらイケメン騎士団妄想天国が待っている。悩む時間があるのなら、楽しい妄想(しかも世界を救える)の方が良い。


(……ん?)


 明日に備えて真っ白な中に意識を沈めようとしたその時、麗奈は白い中に少し色のある部分を見つけた。なんだか、そこの辺りから声が聞こえてくるような気もする。

 麗奈は無視した。


「……待ってって言ってんじゃんか!」


 気のせいかと思った声が、急にハッキリと聞こえた。テレビのリモコンで、ボリュームを一気に大きくしてしまったような感じだった。


(……気付かなかった事にしようとしてたのに)


 麗奈は、夢の中だというのに舌打ちした。


「止めてよ、舌打ちとか! 酷くない?」


 プリプリ怒る声と共に、プリプリ怒る少年が現れた。黒髪黒目で、日本人的平たい顔をしている。特に美少年でもなんでもなく、その辺にいる普通の中学生といった外見だ。服装が不可解なところ以外、おかしなところは見当たらない。

 彼は真っ白な中に胡座をかいて、麗奈を指差した。


「言っとくけど! 僕がいないと、アナタは元の世界に帰る事なんて出来ないんだからね!」


 麗奈はすぅ……と目を細めた。

 踏ん反り返って非常に偉そうにしているが、彼は自分が言った言葉の意味に気付いていないらしい。

 麗奈は彼に冷たく言い放った。


「つまり、お前のせいか」


 少年は目を見開いた。

 そして一瞬の沈黙の後、あたふたと慌てはじめる。


「あ、いや……その……あの……!」


 明らかに図星だ。彼が麗奈をこの異世界に飛ばした犯人……この世界の神だろう。

 さっきのセリフだって、「元の世界に返す力がある=この世界に連れてくる力がある」と言っているも同然。しかも自分がいないとダメだと言ってしまっては、誰かに責任を押し付ける事も出来まい。


(神様にしてはお粗末すぎるな……)


 麗奈は神様らしい少年が慌てる様を、冷静に観察した。あまりにもお粗末すぎるので、何らかの演技かと勘ぐったのだ。

 じっと見られているのを睨まれていると解釈したのか、少年がどんどん消沈していく。


「その………………ごめんなさい」


 彼は最終的に、垂れた犬耳が見えそうな程にシュンとしてしまった。胡座もいつの間にか正座になっている。絵に描いたような反省のポーズだ。幼さの残る細い肩を見ていると、なんだか可哀想になってくる。

 演技でこれが出来たらBL的に美味しいなと思いながら、麗奈は少年の様子をチェックした。


(うーん……自然だなぁ)


 一連の流れに違和感が無い。

 行動がテンプレ的というのは気になるが、わざとらしさが無いのだ。

 いつまでも黙っている麗奈に対し、彼はチラッチラッと様子を窺う表情を見せる。その様子は完全に怒られた犬か、見た目通りの普通の男の子だ。


「あの……えと、原因は僕だけど、実際は僕にも予想外の結果で」


 沈黙に耐え切れなかったのか、神様らしい少年は勝手に事情を話し始めた。


「あ、僕はサトシと言います。アナタのいた時代より、かなり先の未来の日本人です」

「……未来の日本人」


 予想とは違う展開に、麗奈は少し狼狽えた。思わず反芻した言葉に、サトシくんとやらが続ける。


「はい。僕のいる時代だと、平行空間に異世界を作成する事も容易になっていまして」


 怒られていると思っているせいか、サトシくんは説明に必死だった。

 彼によると、あの世界は彼が作ったものらしい。その説明を麗奈に分かりやすいように例えたら、「基本プレイ無料の箱庭ゲーム。課金すると展開が有利になる拡張機能がつけられるよ!」といったところだろうか。

 サトシくんは貯めたお小遣いで課金して、彷徨う魂による転生機能をつけたのだという。転生者に選ばれる魂は、ちゃんと本人の了承を得て転生させているそうだ。しかも適性チェックもされているので、犯罪者や戦争狂みたいな危ない人は弾かれているとの事。

 課金の甲斐あって、異世界育成ゲームは非常に順調だった。平和的に文明が進み、サトシくんも大満足だった。

 ところがここで、イレギュラーな事が起こる。


 時代に合わない天才が生まれたのだ。

 それも転生者ではなく、異世界の住人に。


 普通に考えれば、天才が生まれるのは喜ばしい事だ。

 だがこの天才は違う。麗奈の時代よりも遅れた文明の中で、サトシくんの時代の文明レベルの事を実現してしまう天才だったのだ。


 聖母召喚の儀式は、この天才が作ったらしい。


 彼によって最初に召喚された聖母は、やはり麗奈のように独り身のオバちゃんだった。天才が、己の研究に必要な魔力補充の為に呼び出したのだという。

 このオバちゃんと天才が、何故か意気投合。ガンガンと親密度を上げて行き、ついにはイベントが発生。

 やっぱり不老不死だったオバちゃんに、天才の年齢が追いついて、恋仲になってしまったそうだ。

 彼等は共に永遠に生きる道と、共に寿命を迎える道で迷った。迷った末、選んだのは後者だった。

 天才はその才能を存分に使い、オバちゃんを自分と同じ異世界人に作り変えた。


 その後、二人は後継者を一人だけ育て、共に天寿を全うしたらしい。


 この後継者の末裔が、今回の聖母召喚を行った張本人だという。

 麗奈は目の前のキラキラしたイケメン軍団に目をやられていたから気付いていないが、召喚されたあの場に末裔も居たそうだ。


「彼ならば、アナタが帰る方法も分かると思います」


 サトシくんはそう言って、シュンとした顔を麗奈に向けた。

 ここまで聞いたところで、麗奈はこのサトシくんが演技をしている可能性を捨てた。話し方や態度から、この子は間違いなくただの子供だと判断したからだ。


 つまり、麗奈は未来の子供が遊んでいるゲームに巻き込まれた事になる。


 麗奈は天を仰いだ。夢の中なので、そこも真っ白だった。

 というか、ここが本当に夢の中なのかも怪しい気がしてくる。


「……お告げ機能とか、あるの?」

「はい。これもそれでお話ししています」


 今度はガックリと項垂れて、麗奈は大きな溜息をついた。

 麗奈のつれない態度にプリプリしちゃったものの、そもそも彼は謝りにきたのだそうだ。既に一応の対策はしていて、麗奈の時代に麗奈の代理ロボットを配置済みだという。まじかよ未来便利だなと思ったが、今はそれどころではない。

 サトシくんの話を考えてみて、ひとつ大きな疑問がある。


「……もしかして……君は私を元の世界に返す事が出来ない?」


 おかしいのだ。

 もし彼に麗奈を日本に戻す方法があるのなら、お告げ機能でこんな説明をする必要はない。気付いた時点で実行すれば良いだけだ。

 それに、初代聖母も天才と親密度を上げる前に帰っているはず。

 そうじゃないという事は、サトシくんには麗奈を帰す手段はないという事になる。


「…………はい」


 サトシくんは素直に肯定した。

 異世界移動技術はあるけれど、まだ新しい技術だという事で、とんでもない金額のものらしい。子供のサトシくんは言うまでもなく、親御さんにもどうにか出来る金額ではないそうだ。

 来た時に言っていた言葉と矛盾するようだが、戻る場合は代理ロボットと記憶の統一化の作業があるので、完全に間違っているわけでもない。勢いで大げさに言ってしまっただけのようだ。

 それに、一応ヒントはくれている。

 麗奈は項垂れるサトシくんの頭を、優しくポンポンと叩いた。お肉たっぷりの手のひらが、柔らかく彼の頭を包む。


「まあ、もう来ちまったもんはしゃーないわね」


 彼なりに頑張ったのは、伝わった。悪気がなかったのも分かった。ここは大人として余裕をみせても良いと思うのだ。

 そりゃ、本当はとっとと帰りたい。

 だけど、麗奈はこの世界に住む人と会話してしまった。例え中学生がゲーム感覚で作った世界だろうと、知ったこっちゃない。関われば情がわくのは当然の話で、どうせなら助けていこうかと考える。


「世界救ったらその後継者さん探して帰り道確保すっから、それ以外のところよろしくね」


 サトシくんは顔を上げ、麗奈を見た。

 表情から麗奈が怒っていない事を確認して、ホッと息を吐き出す。

 そして、少しだけ嬉しそうに笑った。


「うん、がんばる」


 やっと笑ったその顔は、年相応の幼いものだった。

 麗奈はもう一度、サトシくんの頭をポンポンする。

 もし普通に結婚して子供を産んでいたら、その子は多分、サトシくんくらいの年齢だろう。そう考えると、怒ったのも大人気なかったかなーと思う。


「あ、そうだ……アナタに関する事なんですけど」


 穏やかな空気に安心したのか、サトシくんが口を開く。

 だが、そこから聞こえる内容は穏やかじゃなかった。


「アナタは僕と同じ世界の人間で、あの世界とは素材が違う為、異世界の物質で傷がつくことはないです」

「素材」

「僕と同じなので、『神』となります」

「神」


 とんでもない事になっているなと、麗奈は思った。

 聖母とか言われるだけでもすげぇなって思うのに、その上に行ってしまった。あと20若ければワクワクしたかも知れないが、この歳になってこれは手に負えない。

 異世界の方々には黙っていた方が良かろう。ラルバスさん辺りが知ったら、感動でキラキラしまくって、麗奈の目が潰れるかも知れない。

 そうこうしている間に、サトシくんの体がだんだん透き通ってくる。声も少し遠い。


「それじゃ、そろそろお告げ可能時間が切れるので、僕帰ります」


 すっかり麗奈に懐いてしまったのか、にこにこ手を振って、サトシくんが消えていく。

 もう少し何か聞いた方が良いような気もするが、麗奈も限界だった。


(……体力も脳もいっぱいいっぱいだわ)


 今度こそ、麗奈は真っ白な中に意識を沈めていった。

 明日はもう少しラクでありますようにと、祈りながら。


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