九日目
私を置いて逝かないで
何度も何度も願いました。
ここは前にいた場所よりも酷い場所
薄暗くて、気味が悪くて、汚くて、酷い臭い
打たれることあって、沢山注射もされたけど
何故か食べ物もらえたし、殺されなかった。
だけど気を狂わせることも、死ぬことも許されない
いつしか私だけが
ここで一番長く生きていた。
だからってこれはないよなぁ──
私は恥ずかしい。いくら離れられないからって、衝立で目隠しして素っ裸で検査はヒドイ。今までにもこういう事はスタッフやドクター相手に良くあることだから、何とも思わない。
けれど今回からは彼がいる。これからずっとこういう状態かと思うと、色々心配だ。
「あら、緊張してるのアリス?心拍数が少し上がってるし脳波にも出てるわよ。」
(うぅ、そりゃそうでしょ。恥ずかしい、早く、早く終わらせてよー。)
私はシンシアを見つめ口を動かして懸命に伝える。
「うーん、ごめんなさいね。何を言いたいかわからないわ。」
「早く終わらせて欲しいそうですよ、シンシア博士。」
「……そぉ。」
アッシュが私の言葉を伝える。さすが半身。シンシアは怪訝そうな顔をし、検査を続ける。
「シンシア博士、これをみてください。」
スタッフの一人が画面を指差しなにかを見せた。シンシアは目を大きくし、驚いているようだ。そして二言三言彼女は別のスタッフに伝えると、その人は部屋を出ていき出ていき、彼女は私のもとへ戻った。
「……別の検査をするわ。部屋を変えます。すぐに着替えて。貴方もよ、アッシュ。」
彼女は早口に言うと、すぐに部屋を出ていく。私は器具を外され指示通り着替えて移動の準備をする。
(アッシュ、何かあったのかしら……?なんだか興奮?嬉しそうだったけど。)
(心配することでもないよ、アリス。彼女の知的好奇心を刺激しただけだ。)
(それって、なんだかこわい。痛いことされる?注射とか。)
(いや、そういう類いのものじゃないと思う……。あぁ、成る程。)
彼は少しの間、内にあるものを見るように目を伏せた。見つけたものは合点がいくもののようだが、私にはわからなかった。脳内会話は出来ても、彼の意識無くして彼が視るものを共有出来ないらしい。
着替えた私は手を繋ぎ、彼の横に立つ。彼は待ちわびていたように、指を絡め互いがほどけて離れてしまわないように、手を繋ぐ。
(大丈夫、行こう。)
彼の言葉に頷くと、私は鈍く光る銀の扉を越えていった。
新たな検査室には向かい合った処置椅子と、無数に伸びるコードがあった。私たちが向かい合って座ると、彼女とスタッフ達が来た。
「座りなさい。」そう促され私たちが座るとフルフェイスのヘルメットを被る。それにも多くのコードが接続されている。
「アリス、これから映像をいくつか見せます。みたものをアッシュに知らせなさい。まずアッシュは受けとり、私の合図で受け取った映像内容を答えなさい。」
知らせるとはどうすれば良いのだろう?脳内会話で知らせれば良いのだろうか……?
流れてくる星や三角、波などの形を脳内会話で順に伝えることを何回か繰り返す。アッシュは合図があると全ての形の順を正確に答える。何度か繰り返すと、スタッフが騒がしくなった。シンシアを止める声がするが周囲を確認しようにもヘルメットが邪魔をして見ることが出来ない。
「……アリス、同じ事を私にしなさい。」
何を検査しているのかわからないが、シンシアに伝わるようにしてみた。しかし、アッシュの時のように繋がっていると言う感触が全く無い。
それにしても本来であれば研究者が思いきったことをするのだろうか。これもアッシュの言っていた、知的好奇心の暴走の結果だろうか?
「……もういいわ。あなた、きちんと私にイメージを送っているのよね?」
彼女の沈黙が耐えられなくなってきた頃、冷たい言葉が降ってくる。彼女との実験は失敗したのだ。
(ちゃんとやりましたよ。言われた通り。)
「……アッシュ、アリスはなんて?」
「言われた通りしたそうです。」
「どういうことよ、この結果。アッシュには脳波の交信が見られるのに?数値にも確かにESP能力判定が出ているのに。他者への反応がみられないなんて。」
荒れているのか、彼女の声は強い口調となっている。プシュッっとドアの開閉音がすると、小気味良い足音がした。スタッフ達の一人が、マーレイ博士と呼んでいる。
「落ち着けよシンシア博士。自分を実験台にするなんて無茶なことを……こいつらの力に影響されたらどうするんだ?」
少し低い声でシンシア博士に言う。パソコンの操作と紙に数式を書いて答えを出そうとする彼女は声を荒げる。
「だって、あり得ないじゃない。精神感応系の適性値が出てるのに、特定の個体のみに作用する力なんて!私たちは周囲に影響する力を、壊れない強力な一振りの剣を造っているのよ。いくらアッシュの半身としてあてがわれたからといって、ほぼ無力なモノを作り出してしまったかもしれないのよ?これじゃぁアッシュに見合わないし、ヨアキム博士の名誉にキズが着くわ。」
「だから落ち着けって。こいつの力がアッシュにしか効かないとしても、アッシュをより強くする可能性を秘めているならそれはそれで俺達の望んでた結果になってるだろ。精神感応系の能力範囲は確認されてるだけでも結構広い。まずは実験結果をクイーンに送って大まかな方針をたてるのが先だろ。」
そう言うとキーボードを素早くタイプする音が響く。彼女の話によると、私はアッシュに見合う者ではないらしい。
アッシュは彼女の言葉が気に入らないようで、不快感や嫌悪感、殺意といった負の感情が流れ込んでくる。しかし、彼らのやり取りに口を挟む隙がないように感じるので止めた。
暫くすると、この場に不釣り合いなピロンッと軽快な通知音が鳴った。
「やっぱりな、アッシュの脳内分泌物や血流なんかに影響が出て能力安定化の兆候があるな。アリスは脳の反応以外いたって普通か。クイーンの答えも特定個体への精神感応能力の可能性って出てるな。」
「なら、本当にアッシュだけなのか調べる必要があるわね。」
これから楽しくなるぞ~、と酷く愉快だとでも言わんばかりの声が響く。先程まで寒気を覚えるような空気が、異様な活気に変貌した。未だ繋がれたままの私は、この場を支配する歪んだ喜びに戦慄する。牢獄の時に浴びた恐怖とは全くの別物がそこにあった。
これから私は、数多の実験を受けることになる。それは一人の時もあるだろう。そして、さらに彼らの目指すモノへ作り替えられる。
実験体の人間が、人ならざるモノへ。
貴女の全てはアッシュのために。