八日目
俺は今、彼女の側にいる。
まぎれもなく貴女は俺の半身。
絶対に君を失わせたりしない。
俺は貴女無しでは生きてゆけないのだから。
初めて会ったのは精神世界、一昨日の事だ。
彼女は一日経っても俺の元には来ないから、あらゆる予定を拒絶して彼女を迎えに行こうとした。場所など意識を集中させ、施設内を透かして見ればすぐ見つかる。
しかし、スタッフと兵士達に阻まれて懲罰房に閉じ込められた。日が陰りだしてきた頃、マーレイが兵士数人を連れて俺を特別処置室に移送する。勿論俺は最高ランクの拘束具を付けたままだ。拘束具で力を押さえられて、全てを知ることができなかった。彼女の存在を感知したこと以外は。
彼女は部屋の中央で静かに眠りについていた。現実の彼女は、抱きしめると折れてしまうのではと思うほど細かった。俺は周囲の制止を無視して彼女に近づく。数多の候補者には無い力の繋がりを、強く感じる。
「おめでとう1198、これで君は完全な作品だ。大事にしたまえ、君の半身を。そして私を失望させるな。」
ノイズまじりの男の声、ヨアキム博士の声が室内に木霊する。どこか違う部屋で俺たちをモニターしているはずだ。
「言われなくても。例え博士であっても彼女を害するなら……壊してやる。」
「ほぉ、今朝のスタッフや兵士のようにか?勇ましいな。しかし、今後は控えなさい。君の……彼女の寿命を縮めるだけだ。」
彼女の首を見たまえと、ヨアキムに促され、彼女の首をみやる。細い首に不釣り合いな黒い輪。留め具が黒紐より少し大きく、ランプが付いている。前に子ども達の一人が着けていた、爆破装置に似ている。
ヨアキム博士が彼女に施した、俺の制御装置。
「さて、君もようやく半身を得たのだ。番号呼称から個別の名前を与えてやらねばな。そうだな……、1198……A…S,H……。お前は今からアッシュ、彼女はアリスとする。用件は以上だ。マーレイ、彼らを部屋に戻しておけ。」
ブツッとヨアキム博士の声が切れる。入れ替わるように、マーレイが話し始める。
「了解しました。が、その前にちょっとばかしオリエンテーションな。アッシュ、アリスの容態は見ての通り痩せてはいるが、ダイブの影響による損傷は治癒済み。後は起きるの待ちだ。アリスが起きたら再チェックをいれるからな。あー、あと今後特別な指示がない限り、お前は一人で行動出来ない。いいな?」
お前たちの保険も兼ねて単独行動を制限しているだけだろうに。心で毒づく。
「それじゃ、行くぞ~。」
彼女を乗せたストレッチャーはマーレイとスタッフが押し、俺と兵士はあとに続く。道中、立ち話をしている者たちの小声が時折聞こえてくる。
「なぁ、見ろよアレ。ようやくって感じか。」
「やっと1198に関わって殉職しなくてすむのね。」
「噂じゃあの女の子、ヨアキム博士が連れてきた奴だろ?確か、奴隷市かなんかで……」
「そうなの?外組なのに、良くもまぁZ-155に適応出来たなぁ。」
「そうなんだよ。普通、外組は100%変異しちゃうのにね。なんでもヨアキム博士が最初から特別に調整したとか……」
(外組……?)
どうやらアリスは外から来たようだ。俺は少し考えていると、俺たちの部屋に到着する。冷たい白が、温かく感じる。
「それじゃぁな、アッシュ。アリス壊すんじゃねーぞ。」
戸が閉まり、電子ロックがかかる。拘束から解かれた俺は、彼女の眠るベットに向かう。
間近で見る彼女は酷く痩せているが、あの時と変わらず愛らしい。あの瞳を見つめたいと思ったが、目覚めるまで取っておく事にする。
視線を下に移すと黒いチョーカーから覗く、手術痕。同様の痕が上着の裾がめくれた腹からも。腕には無数の注射痕、体のあちこちに暴力の跡が残っている。過酷な環境下で生きる外組だったアリス。
「もう大丈夫、俺が全て守るから。」
当面は彼女の健康管理からだな。そう考えながら俺は彼女を腕に抱き、共に眠った。
やはり先に目覚めたのは俺だった。腕の中の彼女はまだ目覚めていない。彼女に意識を向けると、すぐに原因がわかる。必要なエネルギーが巡っていないのだ。俺は彼女に力を送り、充たす。
「おはよう。おはよう。さぁ、起きて?お目覚めの時間だよ。」
彼女はゆっくりと手を動かし、蒲団を探す。きっとまだ寝ていたいのだろう。彼女の手を掴み指を絡めると、突然目覚める。小さな悲鳴と驚きの色を含む美しい琥珀色の瞳が目の前にある。
「おはよう、俺のアリス。」
俺は待ち焦がれた彼女の目覚めに嬉しくなり、思わず額に口づけた。
(──!!!!?!??!!)
悲鳴と共に彼女は飛び起きる。絡めた手が離れて物寂しい。そして彼女の悲鳴は脳に良く響く。この動揺具合、恐らく俺を覚えてないのかもしれない。
「覚えてないの?俺の事。」
(知らない。貴方、誰?)
「そうか、覚えていないのか。……なら思い出させてあげる。」
頬に触れた手をそのままに、彼女と額を合わせダイブの記憶をみせた。
(もしかして、あのときの男の子……?)
「そうだよ、アリス。やっと思い出してくれた?」
(で、でも何で急に大きくなってるの?)
「そうか、アリスはアレの事をよく知らないのだね。あそこは所謂精神世界だよ。精神状態によって自分の姿が変わる。」
(へぇ……そうなんだ───ん?)
どうやら思い出してくれたようだが、突然彼女は押し黙る。俺は心配になり、近くで容態をみようと引き寄せ膝に乗せるとベットに腰掛けなおした。
「アリス?どこか具合でも悪くなったのかい?」
(私の声が聞こえるの?)
彼女と繋がることで何かあったのではと心配したが、そうではなかったようだ。
「そうだよアリス。君の声は良く聞こえる。ドクター達はわからないようだけど。」
(じゃ、じゃぁアリスって言うのは?)
「アリスは君の名前。そして俺はアッシュ。君は僕の半身、離れては生きていけない存在。此所は僕たちの部屋、前にアリスがいた場所よりずっと良いだろ?」
そしてまた、彼女は考え出す。状況の急速な変化に理解が追い付いて無いようだ。何を質問すれば良いかも思いついてないようにも見える。
「アリス、わからないことはその都度、俺に聞けば良い。俺はずっと側にいるから、だから安心して。」
俺の言葉に安心したのか、うん、と彼女はうなずくと微睡み始める。その姿も愛らしかった。
俺が愛らしい彼女を堪能していると、ドアロックが外れスタッフ達が入ってくる。マーレイの言っていたメディカルチェックのためだと思うが、知った顔が一人も居ない。愛らしい腕の中のアリスを彼らは奪う。
「俺たちを引き離そうとするなんて……許さない。」
アリスを奪ったスタッフの首から上が破裂する。周囲は赤に塗りつぶされ、他の者達は俺に恐怖する。
(落ち着いて、アッシュ!きっと何時もの健康チェックだよ。だから、ね?終わり次第、たぶんすぐ戻ってこれるから。)
アリスは俺を止めようとしている。俺はきちんと半身と言うものがなんなのかを、アリスに教える。
(アリス、良く覚えておいて。俺たちタイプTは離れては駄目なんだ。常に共にいなければ異常を起こして壊れてしまうんだ。俺たちは二人で一人だから。)
そう、だから離れてはいけないのだ。例えアリス、君が俺を拒絶したとしても。
「馬鹿ね、貴方たち。ちゃんとタイプTの……アッシュとアリスの取り扱い手引きを読んだの?」
「シンシア博士、申し訳ありません。」
凛とした声の女、シンシアが状況を鎮静化させるべく現れた。
(シンシア博士って?)
(助手たちの上司にあたる人物。俺たちの管理者の一人。)
管理者?とアリスが首をかしげるイメージが俺の頭に浮かび上がる。
「まったくもう……。アリス、アッシュがこれ以上スタッフを殺さないようにしっかり抑えときなさい。アッシュ、これ以上暴れるようならアリスの首を吹っ飛ばすからね?」
シンシアは起爆スイッチを見せ、俺を脅した。アリスの首輪を安全にはずせたら、その時は覚えていろ。
アリスを殺そうなどと
「そんなこはさせない。」
俺は彼女の首筋に顔を埋め、誓いの証を残したのだった。
誓いの証……首筋……。
アリスたんはくすぐったいだけで気づいておらぬ。