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離れることは許さない  作者: 池野三毛猫
共同生活のはじまり
7/45

七日目

・投薬初日

 被験体112935の変化は見られず。

・投薬後三日目

 バイタルに問題なし。脳内の血流活性とシナプスの活性化を確認。ミトコンドリアにも活性化の兆しが確認される。肉体の変化も見られないため、予定通り研究所内の共通言語学習による学習機能検査を実施。

・投薬後七日目

 共通言語習得段階:研究者との通常のコミュニケーションに問題なし。複雑な指示においても理解し実行している。継続して他分野の学習機能の実験する。

(追記)

 前日に皮膚組織を採取した箇所が増殖期になっているのを確認。自己治癒力の向上が見受けられるが、Z-155との因果関係は不明。


《Z-155の臨床試験による被験体112935の経過報告書より》



 柔らかく、温かい布団に包まれているようで心地よい。ずっとこうして寝ていたい。

 母に抱かれ安らかに眠る赤子のように私は眠っていた。誰かが遠くで呼んでいる気がする。


「──よう。──はよう。さぁ、起きて?お目覚めの時間だよ──。」


(んー……まだ眠い……。)

 ずれた掛け布団を被り直そうと手を伸ばすが何かに掴まれ阻まれた。私の意識は一気に覚醒へと向かう。

 私は目を覚ますと、小さな悲鳴をあげた。眼前に、青い瞳の美しい青年がいたからだ。

「おはよう、俺のアリス。」

 青年は目覚めを喜ぶように微笑み、私の額に口づけた。

(──!!!!?!??!!)

 私はあまりの出来事に声にならない声をあげ、飛び起きる。

何が、何がどうしてこうなった?彼は何者だ?何でここにいる?

 彼は上体を起こすと、酷く動揺する私に近づき頬に触れ問いかける。

「覚えてないの?俺の事。」

 ──当たり前だ、初めて会ったのに、貴方の事など覚えているわけなかろう。

 起きたら目の前に見知らぬ美青年。しかも良く知っているあの薄暗い牢獄とは天と地ほど差がある清潔な白い部屋の中。服も清潔な白い上下の検査着。私は此所に自分で来た覚えはない。

(知らない。貴方、誰?)

 私は彼を睨み付ける。彼は悲しそうな顔をしている。

「そうか、覚えていないのか。……なら思い出させてあげる。」

 そう言うと、彼は吐息がかかるほど近づき、額を合わせると目を閉ざした。


 その瞬間、私の脳内に映像が映し出される。

 暑さと寒さに悶える私、その瞳に映る彼に似た少年。気を失う前に見た光景だった。

(もしかして、あのときの男の子……?)

「そうだよ、アリス。やっと思い出してくれた?」

(で、でも何で急に大きくなってるの?)

「そうか、アリスはアレの事をよく知らないのだね。あそこは所謂精神世界だよ。精神状態によって自分の姿が変わりもする。」

(へぇ……そうなんだ───ん?)

 私は違和感を覚える。喋れない私の言葉を彼は聞いて会話をしている。そして私をアリスと呼ぶ。

「アリス?どこか具合でも悪くなったのかい?」

 確かめずにはいられない。私を膝に乗せベットに座る彼に、私は話しかけた。

(私の声が聞こえるの?)

「そうだよアリス。君の声は良く聞こえる。ドクター達はわからないようだけど。」

(じゃ、じゃぁアリスって言うのは?)

「アリスは君の名前。そして俺はアッシュ。君は僕の半身、離れては生きていけない存在。此所は僕たちの部屋、前にアリスがいた場所よりずっと良いだろ?」

 精神世界で私たちは番号を名乗ったはずが、いつの間にか人名が付いていた。大方、私が眠っている間にドクター達が付けた識別名であろう。番号よりかは良い。

 私には聞きたいことは山ほどあるが、どれから聞けば良いのかわからない。悩んでいると、アッシュは再び額を合わせてきた。

「アリス、わからないことはその都度、俺に聞けば良い。俺はずっと側にいるから、だから安心して。」

 彼の言葉で私の不安が溶けていく。彼は何もわからない私の負の感情を読み取っているようだ。

 不思議なものだ。顔を合わせてまだ間もないのに、ずいぶん前から一緒にいたような気分にさせる。だからなのか、根拠のない安心と彼への信頼が心を埋める。


 私は安心したのか、彼の腕の中で微睡んでいると部屋の扉が開く音がした。

 検査と称して入ってきたスタッフ達が、私とアッシュを引き離す。私だけを連れて部屋を出ようとしていた。

 彼から離されてしまった事による不安が襲う。信頼する者から離れた不安もあるが、それ以上にアッシュから離れてれてしまったことに、強い不安を感じた。

 先程まで無かったドス黒い力の流れを脳の、心の内に感じる。


───パン!


 何かの弾ける音に顔を上げると、私の手を引いていたスタッフの首から血飛沫が舞う。周囲のスタッフ達は恐怖におののいている。

そしてその姿が瞬時に見えなくなると、私はアッシュの腕の中にいた。頭の上から地を這うような恐ろしい声がする。

「俺たちを引き離そうとするなんて……許さない。」


 私の不安が現実のものとなる。

 天井も床も壁も赤に塗りつぶされる。どうにかして彼を止めなければ。

(落ち着いて、アッシュ!きっと何時もの健康チェックだよ。だから、ね?終わり次第、たぶんすぐ戻ってこれるから。)

 私はアッシュの方を向くと抱きしめて顔を埋める。一瞬の沈黙の後、彼は私の顔を上げると微笑えんだ。頭の中に彼の声が響く。

(アリス、良く覚えておいて。俺たちタイプTは離れては駄目なんだ。常に共にいなければ異常を起こして壊れてしまう。俺たちは二人で一人だから。)

 ね?と優しく微笑みかける彼の美しい瞳は、狂気の色に染まっていた。


「馬鹿ね、貴方たち。ちゃんとタイプTの……アッシュとアリスの取り扱い手引きを読んだの?」

 女が血溜まりで靴が汚れるのを気に留めることもなく、部屋に入室してくる。緊迫した空気が緩むのがわかる。

「シンシア博士、申し訳ありません。」

 スタッフの一人が謝罪する。おそらく手引きとやらを読んでいなかったのであろう。

(シンシア博士って?)

(助手(スタッフ)たちの上司。俺たちの管理者の一人。)

 私たちは目を合わせ、声に出すことなく脳内で会話をする。

「まったく。アリス、アッシュがこれ以上スタッフを殺さないようにしっかり抑えときなさい。アッシュ、これ以上暴れるようならアリスの首を吹っ飛ばすからね?」

 白衣の内側からボタンのような小さな機械を見せ、戻す。アレを押すと、おそらく私の首に巻き付けてあるチョーカーが爆発か何かするのだろう。

 不思議と今の私はドクターの脅しに恐怖を感じない。アッシュがいるからなのだろうか?

 シンシアの脅しにアッシュは、そんなことさせない──と呟き、私の首筋に顔を埋める。くすぐったいので止めてほしいが、そのままにしておくことにした。

「さぁ、検査の時間に遅れるわ。行くわよ、二人とも。貴方たち、検査の間に清掃を済ますよう手配をしなさい。」

 私たちは、一部のスタッフをその場に残し検査に向かうのだった。

医学関係の知識はド素人のため、間違いがあっても生暖かい目で見守ってください。

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