六日目
早く、早く会いたい
俺と同じヨアキム博士から造られたモノ
きっと君なら俺の全てを受け入れられる。
「よー、よー、1198。オマエまた壊したんだってなぁ。」
「や、止めなよバル。」
俺よりも身長の低い生意気そうな青年と、気弱そうな青年が俺に話しかけてきた。文庫本の文字を追っていた俺の視線を青年達に向けた。
「……五月蝿い。あれが勝手に壊れただけだバルドル。」
「ふ~ん?今回は名無し、ずーいぶん頑張ってたのにな。ざぁーんねんだったなぁ。オマエもそう思うだろ?バーナビー。」
「つっつぎはキット上手くいくよ1198。バル、そんな言い方しちゃダメだよ。1198が怒っちゃう。」
フォローになっているのかイマイチよく分からないバーナビーの言葉に俺は苦笑する。いちいち彼らの言葉に怒る気にもなれない。どうでもいい。俺は彼らの会話に耳を傾けつつ、手に持っていた本に視線を戻した。
「大丈夫だって、バーナビー。此所はガーデンルーム、制限区域だぞ。怒って能力暴走させやがったら、コイツは即ジ・エンド。そしたらアイツを開発したヨアキム博士は失脚。俺らのフェイ博士がこの研究所のトップだ!」
「そんな暴走させちゃったら僕らどころか周りの子達まで巻き添え食っちゃうよ……。そしたらフェイ博士も僕らが怒らせたってことで責任とらされるかも……。」
それは不味い──と、バルドルは頭を抱え悩んでいるようだった。彼は効果的に俺を貶め、自分達と自らの信奉する博士の評価をあげるかを何時も考えている。しかし感情でものを判断・行動しやすいため、同じ顔のバーナビーが舵取りをすることが多い。
「おー、珍しいな。お前らそんなに仲良かったのか?」
珍獣にでも出会ったのかと思うような声で、マーレイがやって来た。今日は随分と機嫌が良さそうに見える。
「「あ、5歳児のオッサン造った人だ──」」
すかさずマーレイは持っていたバインダーで兄弟の頭を叩いた。痛かったのであろう、頭を押さえてうずくまっている。
「相変わらずだな、フェイ博士のクソがきどもは。1198、来い。」
彼の指示に従い、俺は本をいつもの腰掛けに置き、ガーデンルームを後にする。
去り際に、バルドルが俺の背に向け叫ぶ。
「今度こそ名前が貰えるといいなぁ1198!どーせ、また壊しちまうんだろーけどな!」
大きな温室のような部屋の外は、無機質な廊下。ここが実験施設であることを思い出させる。俺は歩きながらマーレイに尋ねた。
「新たな候補者が決まったのですか?」
「いいや、これから決める。」
──これから?
通常、俺の疑似人格プログラムを利用して試験をするはずだ。プログラムを使うことで、被験者を殺すことなく、限界点を独自に探すことが出来るからだ。要するにコストがかからず、俺の負担にもならず使い勝手が良いのだ。
しかし今回はそれをしない。時間をかけて選別したのにすぐ壊されるから、やり方を変えたのだろうか?
部屋に着くと幾人かの助手が準備をしていた。大きなダイブポットが1つある。
「マーレイ博士、ダイブポットの試運転、接続テスト終わっています。いつでもいけますよ。」
「おーし、1198ポットに入れ。時間は……うん、丁度良い感じだな。よーし、皆始めるぞー。」
マーレイの合図で一斉に持ち場に着く。ポットに入る俺に器具や機器が装着されていく。扉がしまると、何時ものように代用羊水液が充たされる。俺は充たされている時間があまり好きにはなれない。
外界から遮断され、孤独になる。俺は目を閉ざし、疑似空間と言う名の夢ヘと意識を集中させた。
見えてきたのは幾つもの世界。感じるのは狂気と苦痛……ここから出たいという欲求、そして消失。
──近寄るな
助けて、助けて──
──いだぃ、ぎぎぐぅ
数多の声に、姿に、変容する彼らの世界に分裂した俺の意識は触れる。
「複数同時直接接続による同調テスト……。俺の精神は完全無視ですか。ドクター達はもうなりふりかまってられない状況なのか?あぁ、でもこの状況は──。」
──誰も俺を受け止められない。
まるでそう突き付けられているようだ。いつの間にか俺は自らを閉ざす。誰もいない白い空間に、膝を抱き抱え1人寂しさに耐える幼子となっていた。
「私……死んじゃったの?」
──?
誰もいない筈の空間に、少女の声がした。思わず顔を上げると、俯いて考えこんでいる少女がいた。
「其所に居るのは誰?」
俺が声をかける。彼女は驚いたのか、顔を上げると目を丸くして俺を見た。
美しいというより、愛らしい少女だ。俺と同じ黒髪で、瞳は微かに黄色く輝いている。今まで出会ったことがない、正常な人間。
「私……私は112935。ドクター達はそう呼んでる。貴方は誰?何で其所に居るの?」
彼女は数字で名乗る。まだ、固有の名前を与えられていないようだ。
「俺は1198。君と同じ様に数字で呼ばれている。」
彼女は俺の番号を呟くと、少し考え近付いてきた。そして跪いて俺の顔を覗きこむ。どうやら彼女は俺をきちんと認識できているようだ。
彼女はひとしきり見ると、今度は俺の頬に触れてきた。これには流石の俺も驚いた。触れることはあっても、触れられることは無かったのだから。
初めて触れる人の温もりに俺は酔いしれる。俺は優しく彼女の手に自分の手を重ねた。
「君は……温かいね。温かい。ねぇ、もっと……もっと俺を温めてよ。」
もっと彼女の温もりを感じたくて、抱きしめた。俺の欲望が、彼女の温もりを奪う。
「は、離して冷たい!」
「何故?君も俺を拒絶するの?」
彼女は理解していないのだろうか?ここが俺の精神世界であることを。拒絶をすれば狂うことを。拒絶をしているためか、彼女の体はどんどん冷えていった。
俺は彼女を温めたくて、強く抱きしめる。加減など忘れて、温めたのだ。そのせいか、彼女は温まりすぎたのだろう、体は暑く鼻血を流している。暑さにもがく彼女の血が俺の顔に付着した。
「ねぇ、君。壊れそう?」
「いい……え、壊れない。おち、落ち着いて1198。ゲホッ!私はここにいる、貴方の腕の中に。わか…るで、しょ…?」
彼女は吐血しながらも言い終えると、倒れこんできた。
彼女は一体何者なのか?今までの奴等だったらとっくに死んでいるのに、彼女は生きていた。そんな彼女に、俺は初めて希望を抱いた。
「コレからずっと一緒だよ。離れたら……許さない。」
俺が目を覚ますと、ダイブポットの扉が開いていた。
「おめでとう、1198。実験は成功よ。」
シンシアが目覚めた俺にタオルと服を渡し、話を続ける。
「見事に貴方と同調して、力の安定化を成し遂げた子がいるの。その子は──」
「112935」
「……そう、その子。今はダイブで負荷のかかった肉体の治療中。終わり次第、貴方の部屋に移送されるわ。良かったわね、珍しくヨアキム博士が喜んでたわよ。」
「そうですか。」
着替え終わると話もそこそこに、俺は部屋に戻ることにした。今の俺にはスタッフにも兵士にも、ましてやシンシアやヨアキム博士さえも意識にはない。
早く彼女に会いたいと言う気持ちが支配しているのだった。
名前、なんでしょうね?