五日目
最初は全く解らなかった。彼らの話している言葉が解らなかった。
だから、彼らの指示も暴力を振るわれる理由も理解することが出来なかった。
何時だったか、青い色の液体を投与された。とても美しい色だったので印象に残っている。この薬は珍しく私の体に異変が起きることがなかった。
そのせいかドクター達は直ぐに私を別室に連れていき、ヘッドホンを着けさせテキストを開かせた。アルファベットだったのだが、聴こえてくる音は英語と違っていた覚えがある。
さながら、英会話学習を試験前の受験生のように猛勉強させられた。薬の影響なのかなんなのか、その時から彼らの言語がわかるようになったのだった。
到着したのは大きなMRIと電子機器、簡単な外科的処置ができる灰色の部屋だった。
部屋に入ると兵士が私の錠を外し1人を残して下がる。入り口とは反対の扉から二人の男性が入ってきた。ドクターと似た服を着用ているが、ドクターコートを着ていない。
「服を脱いでそこの台に横になれ。」
私は素直に服を脱ぐ。包帯とガーゼを身に付けただけの、痛々しい痩せた体が露になる。男は眉間に皺を寄せ、鋏を手に持ち私に近づく。私は何か間違えたのだろうか?脱いだ服を畳まなかったからか?前にそのようなことで殴られたことがある。
恐怖で動けなくなる私を無視して、男は鋏を使い器用に包帯を外していく。外し終わるともう1人の男が私を検査台の上に乗せ、仰向けにさせる。
「動くなよ。大人しくしていれば直ぐに終わる。」
先程まで鋏で包帯をはずしていた男は、別の鋏を持ち出し、私の喉に当てる。チクりとした痛みがあるだけで、何もない。続いて胴体にも同じ事をしている。
「よし、抜糸終わり。採血は?」
「準備できてる。MRIの準備もOK。」
了解、と男は採血にとりかかる。終わると私の体を検査台に固定し、離れる。検査台が動きだすと、ドーナツの輪のような穴に入っていく。MRIが終わると固定が外され、彼らの入ってきた扉に通された。
(ナニ、これ……。)
先程の部屋よりも明るい、白い天井の高い部屋。幾つかのカプセル型の大きな機械達。私から見て左側面、天井付近のガラス張りの向こうに数人のドクター達。部屋には二人の男と同じ服装の人々が何かの記録や機械操作をしている。
「コレに入れ、112935。」
促されるままに、カプセルに入ると彼らは手際よく酸素マスクと電極、点滴針の付いたチューブを私に着けていく。その間にも警告音のような音やカプセルの開閉音、叫び声や話し声が聞こえてくる。
準備が整い、カプセルの蓋が閉められるとブゥンと言う機械音と共に水が内部に充たされる。まるで子宮の中にいるような状態だ。
「システムオールグリーン、112935のバイタルチェック開始。心拍数と血圧の上昇を検知。呼吸が少し浅いですね。ん?大脳辺緑系に反応有り。β波がとても強く出ているが……この反応は?」
「筋肉の緊張も見られるな。大方、代用羊水液に驚いてるんだろ──はい……了解しました。始めます。」
男の耳にあるイヤホンからドクターの指示が伝えられた。二人は試験を開始する。
(怖い、恐い、助けてたす……け…て……。)
無味無臭の薬剤が、私を眠りへと誘った。
目を覚ますと、白い空間に私は佇んでいた。周囲を見渡しても誰もいない。
「私……死んじゃったの?」
───!?
私……今、声が出た?
出ない筈の自分の声に驚く。そして此所が現実の世界ではないことを私は確信する。
「其所に居るのは誰?」
平坦な少年の声がした。顔をあげると、先程まで誰も居なかった筈の場所に美しい少年が両膝を抱え座っている。天使のような、悪魔のような、そんな言葉が似合いそうな程美しい少年だ。
「私……私は112935。ドクター達はそう呼んでる。貴方は誰?何で其所に居るの?」
「俺は1198。君と同じ様に数字で呼ばれている。」
彼も私と同じ、ドクターの実験体なのだろう。しかし、表情の無い1198と言う少年は本当に存在しているのだろうか?余りにも現実離れしているようにも思える。
私は彼に近づき、目の前に座る。
──綺麗な眼
見たこともないほど美しい青い瞳。漆黒の髪とのコントラストがまた何とも言えない。思わず私は彼の頬に触れてしまった。
「え……?」
冷たい、恐ろしいほどに彼の体は冷たいのだ。触れた手を離そうとすると、彼はその上に自らの手を重ねた。
「君は……温かいね。温かい。ねぇ、もっと、もっと俺を温めてよ。」
そういうや否や、彼は私を抱きしめた。全身から急速に体温を奪われる。
「は、離して冷たい!」
「何故?君も俺を拒絶するの?」
(コイツ、ナニ言ってんの!?)
離れようと私はもがくが、そうすると彼はよりキツく私を抱きしめる。もう全ての熱を奪われたのではなかろうか?、と思えるほど冷えきった私の体は言うことを聞かない。
(あぁ、もーだ───!!?)
今度は何だ?冷えきった筈の体の内側が急速に熱を持つ。
熱い!熱い!
血管と言う血管を流れる血液が沸騰する。熱と痛みに再び私はもがく。もがいた拍子に彼の顔に血液が付着した。
出血している──私はその事に気がつくと、少しだけ冷静さを取り戻した。
「ねぇ、君。壊れそう?」
「いい……え、壊れない。おち、落ち着いて1198。ゲホッ!私はここにいる、貴方の腕の中に。わか…るで、しょ…?」
彼は恐れているように感じた。拒絶と崩壊を。
血を吐きながらも何とか離れない意思を伝える。私は力の入らない両腕で抱きしめる様に彼に倒れかかった。
うん。と相づちをうつ彼は、優しく優しく私を抱きしめ返す。
「コレからずっと一緒だよ。離れたら……許さない。」
小声ながら明確な、ハッキリとした彼の言葉が私の耳に届く。
──どういう意味?
そう返事をしようとしたが、私の意識は暗闇へと落ちるのだった。
やっと出会えました。
さー、イチャイチャさせるぞ!(違う、そうじゃない)