四十二日目
仕入れた商品の中に君を見つけたときはひどく驚き≪これは呪いだ≫と、感じずにはいられなかった。
君の中に優しい彼女を見つけた時には、遠い日に願った二人の時間を過ごすのも悪くないと思った。
だけど......、呪いはそれを許さなない。
濃藍の瞳が彼女を捉えたからだ。
呪いで貴女を喪って、諦めと絶望を学んだ。君を見つけて微かに残る希望を己の内に見つけた。
大丈夫だ。今は忘れていても私は覚えている、本来の君を。必要な手筈は既に整えているよ。
さぁ、鳥籠から出る時間だ。
人形がプログラムされた優雅な動きでロココに装飾された扉を開く。その先に広がる光景は以前見た街並みとかけ離れた世界だった。
(きれいな世界ね、アッシュ。女の人なんて雑誌に出てくるような派手なお化粧をしているわ。)
これが上流階級の世界、搾取され消耗品として利用されるのはいつだって弱い立場の生き物。今現在この状況を楽しんでいられるのはこの国が戦勝国であるが故。敗戦国であれば彼らとてこのような生活は望めない。
さて、物珍しさに目移りしている姫君が何処かに行かぬように牽制しつつ先を行くマーレイ博士と女の後をついてゆく。傍から見れば皆のあこがれる美しい高級酒場の女店主を引き連れた紳士だろうか、それとも夫婦?いや、それはない。どちらにしろ、反吐が出る。周囲の男性はその美しい婦人をあの男から引き剥がそうと狙っている。マーレイたちを視界から外さない程度に距離を置き、まずは目的の人物を探していると背後から気持ち悪いほど普通の気配を醸し出しながら一人の男が近づいてきた。
「おやおや、彼女は随分と人気者のようだね。というべきか、ここは彼女の得意な戦場だしな。」
なぁ、お前もそう思わないか?とでも言いたげにアリスの両肩を軽くたたく。やけに親し気な見ず知らずの中折れ帽の男に人当たりの良い笑顔を顔に張り付け対応する。
「初めまして、ミスター......」
「グレゴリーだ、グレゴリー・クラーク。初めまして、ヨアキムの子どもたち。」
「僕はアッシュ・ホワイトです。こっちはアリス。」
「そうかそうか、アリスというのだね。かわいいお嬢さん。屋敷の住み心地はどうかな?寒かったり暑かったりしていないかい?足りないものはあったかな?」
「―――――――――...!!?」
俺の存在を認識しつつ、ごく自然に彼女の横顔に唇を寄せる。俺は慌てて彼女の手首をつかみ強引にこの不愉快な男から引き離そうとした。
「やや!?これはこれはクラーク殿。久しいですね、こちらには何時到着されたのですかな?」
先ほどまで婦人に群がる男たちを追い払うのに躍起になっていたマーレイ博士が婦人を連れてそばにいた。
「つい先ほどだよ、ホワイト博士」
「そうでしたか、ああよかった。これほど立派なパーティーに一人も知り合いがいないのは辛い。」
「あら、わたくしがいるのに?」
「君はすぐにほかのミツバチが寄ってきて、話をするのも一苦労じゃないか。」
「君は魅力的な女性だ。ところでホワイト博士、主催者にはもう挨拶を済ませたかい?」
「いいえ、まだ。」
「よかったら一緒にどうだい?彼と君は初対面だし、紹介させてくれ。あぁ、しかしこまったな。空調が効きすぎているのか傍らがどうにも涼しく感じるね?」
そういうと、さりげなくその男は婦人を誘う。ロマンスグレーが誘えばどんな女も寄ってくるだろうが、彼の場合その所作に色気がともなっているためさらに美しい蝶を集める。その証拠に周囲にいた女たちがこちらに意味ありげな視線を投げている。
「ウフフ、仕方がありませんわね。貴方様はいつだって隣に私のような美しい花を持っていないとだめよね。」
困った人だと表現するが、口元はとてもうれしそうだ。どちらが本当の感情なのだろうか?人間という生き物は時としてよくわからない行動に出る。
クラークの後について俺たちは主催者…シメオンのところまで到達する。奴はいかにもというくらいステレオタイプの軍人だった。恰幅がよく、隣には伴侶と思しき中年の派手なお女性を連れて親し気に客人と話していた。近くには見たくもないがあのバカもいたが、こちらに気づいてしっぽ振って近寄ってきた。バカは俺のアリスしか見ていない。
「久しぶり‼二人とも!」
その言葉に大人たちは驚いた表情をしていた。
「おひさしゅうございます、若君。こちらの双子をご存じなのですか?」
「久しぶりです、クラークさん。偶然にも昨日彼らと出会いまして。年も近いようですし、この国に来たばかりだそうなのでいろいろ教えて差し上げていたのです。」
「そうでしたか、お優しいのですね若は。貴方のような方が次代を担うと思うと、ヴァルヴレイヴ家やこの国も安泰ですな。」
「いやいや、人として当然のことを行ったまでです。それに、クラークさんも昔おっしゃっていたではありませんか。」
「ほぉ、何を私は申しましたかな?」
「“女性には紳士であれ。”って。」
その言葉の直後、二人は笑いあっていた。要するに女には優しくしろ、好みの女には特にだろう。くそくらえ。
「ところでそちらの美しいマダムは?」
「あぁ、流石若君。こちらはパトリシア婦人。ニーナ、彼はシメオン・ヴァルヴレイヴ大佐のご子息でポール・ヴァルヴレイヴ様だ。」
紹介とともにポールは手慣れた様子で彼女の手の甲に挨拶の印をつける。
「おいおい、クラーク。私も紹介してくれないか?」
「あぁ、すまない。若君、彼はホワイト博士。私の仕事を手伝ってくれている遺伝子工学博士でございます。」
「なんと、そうでしたか。それでは最近父が探しているという研究者候補ですか?」
「そういうことになると思い、今日この場に連れてまいりました。」
「そうですか、ならば父のところに参りましょう。」
そういうと、ポールは俺たちを連れて標的のもとへと誘ったのだった。




