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四十一日目

 朝食の後、訓練中の日課をアッシュと二人でこなす。これが最後の日課になる予定だ。小さな殺人兵器はその精密さ故にこの街の気候と相性がよくない。故にそれの手入れを怠れば自ら成功確率を大幅に下げることになり、出来損ないの烙印と共に処分されることになる。

 私は道具なのだ。大量生産の既製品ではないものの、使い捨てられるモノなのだ。その事を忘れてはいけない。

 その後、私とアッシュは会話の訓練を行う。他者とのコミュニケーションは主にアッシュの担当だが、場合によって手話による意志疎通をはかる。アッシュがうんざりしているご婦人方の好きそうなゴシップから政治?の話まで、良いところの子息子女である設定の私たちは自然に出来るよう調達した雑誌や新聞から会話する。


 (どうかな?大丈夫かな?)


 (あぁ、バッチリだよアリス。きっと上手くいくよ。)


 (本当に!?やったぁ!)


 アッシュに合格サインを貰い、嬉しくてつい笑顔になってしまう。

 彼の顔も優しい笑みがこぼれる。本当に綺麗だな、アッシュ。私のカッコいい半身。

 程なくして、部屋の時計がお昼ごはんの時間だと鳩の鳴き声でしらせる。


 (さぁアリス、そろそろお昼だよ。)


 私たちが食堂へ向かうが、マーレイ博士とポーターさんの姿は見当たらなかった。

 何時ものマーレイ博士なら私たちだけにして何処かへ出かけるはず無いのだけど……。

 アッシュはその状況に構うことなく、メイドに昼食を用意させる。今日はトマト味の鶏肉が入ったパスタという麺の食べ物だった。

 ゆっくりとお昼を楽しんだ後、食後の散歩に庭を散策することになった。

 綺麗な薔薇に噴水と白い花、綺麗に調えられた隣の家と隣接する緑の壁。

 薔薇の香りが凄くいい匂い。ガーデンよりも色が沢山で、ここまでの道中で見た何処よりもイキイキとした植物が沢山植えられていた。


 (アッシュ、アッシュ!ガーデンよりも沢山の色の花があるわ!本当に素敵ね。)


 (アリス、あまりはしゃいで離れないで。さぁ、彼方の生け垣の方へ行こう。丁度あの屋敷側だから。)


 あまりにも楽しくて、くるくると回る私の手を彼はとる。童話に出てくる王子様と間違えてしまいそうだ。何時も一緒にいる私がこう考えてしまうのだから、彼を見た子女(レディー)婦人(マダム)は一体どうなってしまうのだろうか?きっと大変な事になってしまうだろう。

 彼に手を引かれながら生け垣に沿って隣の家、明日潜入するシメオン邸の様子を伺ってみる。

 しかし、アッシュの背丈よりもはるかに高く少しの隙間もない生け垣(それ)で阻まれるのだった。


 ーーそろそろ諦めて戻ろうかしら……。


 そう考え始めた頃、ガサガサと生け垣が小刻みに揺れ何かが現れようとしている。


 (え?え?なにあれ?)


 (アリス気をつけて。)


 「うーん、もうちょっとぉー。よいしょぉ!」


 威勢の良い掛け声とともに少年の上半身が現れた。彼は達成感に満ち溢れた表情でガッツポーズをキメている。半分だけ不法侵入してると思うのだけど……。

 すると、ため息混じりにアッシュが彼に話しかけた。標的の一人息子であるポールに。


 「こんな所で何をしているんだ?」


 「あ………。」


 しまったと言わんばかりに、彼の表情が一瞬で変化する。凄いなー、軍人の息子なのに表情豊かで。教科書ではそんな風に書いてなかったけど、レアケースなのかしら?

 アッシュの後ろでぼんやり考えていると、赤黒い怒りの色に目の前の彼が染まるのがわかった。

 慌てて彼の服の裾を引っ張り、我を取り戻してもらう。でないとポールを殺しかねない。何故か怒っているかなんとなくわかるけど。


 「いいいいいいや、俺は怪しいものじゃねぇよ!?」


 「そう言われてもな──」


 「お前、ここの家の奴か?俺はポール。この国の英雄シメオン大佐の息子だ!ぜんっぜん怪しい奴じゃないぜ!」


 聞かれてもいないのに、ポール(おバカさん)が自分の身分を明かしてきた。

 きっと豊かで、明るくて、温かい、安全な場所で生きている人なのだろう。ある意味羨ましく思う。

 アッシュもそんな場所で育っていたら、少しは違っているのかしら?



 「わかったわかった、お前があのシメオン大佐の息子だということは信じるよ。なんせそっち側から来たんだからな。」


 「ありがとう!えぇ……と──」


 「アッシュだ。後ろはアリス。」


 (宜しく……です。)


 挨拶すると、ポールと目があったが不意に目を逸らされた。小さな声で何かを言っていたが、よく聞き取れなかった。

 アッシュはポールの態度に見た目は穏やかなのに、苛立っている様子だった。



 「それで?どうしてこんなことをしていたんだ?」


 「それは……変な奴がいたからだ。」


 「変な奴?」


 「そうだ、最近俺んちの庭で夜中に変な声が聞こえたんだ。それで窓を見たら変な形の生き物?がこっちの方にいって……。」


 「ソレを調べるためにここまで来たのか?ソレだったら家の人が気付くだろう?」


 「俺だってそう考えたさ!だけどメイドも警護の連中も誰も知らないって……。俺は確かに見たし聞いたんだ。」



 (それってもしかして──)


 事前に知らされている情報と関連性の高い話。変な形の生き物……対象の隠し施設で製造していると言われる兵器。


 (あぁ、恐らくアリスの思った通りだと思うよ。何処かに出入口がある。逃げた奴は処分された可能性が高いがね。)



 「成る程。その変な奴は屋敷の方からこっちに来たのか?」


 「いや、多分コンサバトリーのある棟の方からだと思う。あっちは父上が仕事関係の人しか入れない場所だから、俺も詳しく知らないんだ。」


 コンサバトリーのある建物ーー、秘匿施設への侵入経路は其処にある可能性が高い。これで無闇に屋敷内を歩き回ることを回避できそうだ。

 ありがとう、ポール。


 「と、兎に角この件は家の人に内緒にしてくれよ!」


 「あぁ、わかったよ。今後は気を付けろよ。」


 じゃぁなとポールは慌てた様子で戻って行った。アッシュは無言でアリスの手を引く。

 その顔はどことなくだが、悪い笑顔だった。

 私たちは陰り始めた日の光にあてられ、薄いオレンジに染まる自分達の家に戻って行った。

どうもお久しぶりです。


次回からはお屋敷行きます。(願望)

イチャイチャが足りません。誰か分けてください。

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