三十三日目
楽しいひとときから随分と時が過ぎたような気がする。
外の世界と隔絶されたこの場所は、人工の光が太陽の役割を果たしていた。幾度目かの昼と夜が過ぎる頃には、アリスは兵器として必要な最低限度の能力を身に付ける事が出来た。
初めは弱った実験体の処分を手伝う形で壊し方を学んだ。アッシュの半身としてその役目を果たせるようになったからこそ、壊される側の恐怖から逃げる事が出来た。
初めの内は救いを求める眼に、憎しみの眼に極度の罪悪感と恐ろしさに襲われる。しかし、慣れと言うものは恐ろしいものだと学んだ。回数を重ねる毎に何も感じなくなった。同じ個体が続いた時などなおのこと流れ作業のように黙々と戦い、最終的には犯罪者と言われる罪人を相手にしても生き残るまでになる。
アリスのその目覚ましい成長に、彼女の監督者たる二名の博士は驚きを禁じ得なかった。まるでそうなるように元から仕組まれていた、そう感じても可笑しくないほどの成長ぶりだったのだ。
「想定通りの結果……よりも運動能力は劣るか。」
機能美に富んだ椅子の背に、ギシリと体を預ける。左の人差し指が規則正しいリズムを白い机に刻みながら、灰色に見える髪の持ち主は少し不満げに呟いた。
「しかしですね、ヨアキム博士。」
博士の一人が彼の言葉に呆れたとばかりに答える。
「ここまでの成長は他に類を見ません。彼女は外部から調達した実験体なんですよ、作られた子どもたちとは訳が違う。」
「何をいっているのです、マーレイ?アレは博士自ら手を加えたモノです。それだけの成長が出来るはずですよ。むしろ博士の期待に応えられないアレには困ったものです。」
ため息混じりに答えるシンシアは、己の動揺を隠すように腕を組み画面に視線をやる。
画面の向こうには嬉しそうに半身に駆け寄る、頬に紅い斑点を作った少女が映っていた。
(やった!やった!上手に出来たよアッシュ!)
(凄いよアリス。こんなに綺麗に出来るようになったんだね。)
半身が柔らかな笑顔で褒めてくれた。外の世界では一級犯罪者と言われる大柄の男を、兵士が使うナイフで一撃。ようやく人並みの体力と技術で戦う術を手に入れた。
それが嬉しくてアッシュに抱きつこうとしたが、頬に血が着いていると服の袖で拭ってくれた。
(有り難う……アッシュ)
(アリスのせいじゃない。返り血で君を汚したアレが悪い。)
気にするなと囁かれ、抱き締められる。仕上げとばかりに頬を舐められ綺麗にされた。
恥ずかしくて、くすぐったくて、控えてほしいとお願いしているが「僕はもう必要ないってことかい?」と暗い瞳で彼は答えるので、私は何時も諦めるしかない。
(ねぇアッシュ、今日はもう実験も訓練もおしまい?)
(確かそのはずだよ。)
真偽を確かめるべく清掃中の所員に混じって記録をしている助手に視線をやった。
こちらに気づいた助手の一人が、怪訝そうな面持ちでこちらに近付いてきた。
「なんだ、AA。アレか、反抗か?」
「しません。この後も実験ですか?」
「助手は身に付けていたインカムで確認を取る。その問い掛けに答えるように、部屋一杯に女の声が響き渡る。
「アッシュ、アリス、これで実戦形式の訓練と実験は終了よ。人間相手に問題ないことを確認できたから、次の段階に移ります。」
次の段階という気になる言葉を投げ掛けてきたシンシア博士に思わずアッシュと顔を見合せる。私たちは対生物兵器も対人間も経験している。それ以外の内容を私は思い付かない。アッシュならば知っていそうかもと、視線で問いかけてみるが分からないという答えが帰ってくる。
いまだ何処かとやり取りをしている助手や何処に居るとも分からないシンシア博士たちの言葉を待った。
「舞台は用意した。あれらが双子として使えるか……アレがいかなる状況下でも冷静に対処出来るか……楽しみだ。」
画面越しに映る双子を眺めながら、ヨアキム博士は呟いた。常に無表情で無関心であるはずの彼が、僅かに笑っているようだった。表情を確認するのに十分な距離と光があるので見間違うことはない。其々の仕事をしている助手たちの声や機械音が一瞬消えてなくなった。
「何をしている、次の支度をしたらどうだ?」
「おーし、んじゃちょっくら彼奴らのところいって行ってくるわ。」
「待ちなさい!博士、なぜ今回の一件を彼に任せるのですか!?」
「おいおい……お前戦えねぇだろーよ?」
「訓練受けてるわよ!」
端から見れば小動物のじゃれあいと言ったところだ。ヨアキム博士絡みとなればいつもこのような状態だ。やれやれと呆れたように博士はこう言った。
「パーカー博士、君は量産型の生産を軌道に乗せる為に不可欠だと判断した。故に双子はフォスター博士に任せる。さぁ、つべこべ言わずに取りかかりたまえ。」
その後「あとは任せる」ヨアキム博士はゆっくりと退出した。彼が何処へ向かったのかは分からないまま。
(まだかかるのかな?)
(そうだな。)
「はい……はい……わかりました、失礼します。」
やり取りが終わり、助手はゆっくりとこちらを向く。
「アッシュ、アリス……マーレイ博士がお呼びだ。ついて来い。」
何事か?
不可思議な感覚に襲われる。さしずめ虫の知らせとでも言うのだろうか。
私たちはお互いの顔を見合せ、疑問符を頭上に浮かべた。
アリスたんが……こっころしをおおお
誤字脱字で時折修正しています。




