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離れることは許さない  作者: 池野三毛猫
みんなと出会う
34/45

三十二日目

すまない

本当はお前をこんなことに使いたくなかった。

しかし無情にもこの時が来てしまったのだ。

お前は彼女のために、俺は役目のために

お前を使うよ。



「あらぁーん、皆集まって楽しそうねぇ?」


 甘ったるい聞き覚えのある声が俺達を刺激する。優雅をはき違えた動きで此方に向かってくるあの女顔の男は、アノ趣味の悪い怪物を作る研究者。

 彼の視線の先が俺たちであるのは明白で、俺の思考は警戒へと変わる。アリスに警戒するよう伝えるが、反応がないので横目で見やると顔を強張らせ一点を見詰めていた。


「あらん?いくら私が美しいからって見とれてちゃダメよぉ?」


 そう言うと、奴はアリスに己の顔を近づける。それでもなお気づかない彼女は、二人の距離が眼と鼻の先となった頃ようやく状況を理解した。「キャッーー」っと小さな悲鳴と後に顔を背ける。血の気が引いたような顔色が彼女の心理状況を物語る。

彼女の拒絶に顔面に刻まれた不快をゆっくりと下げるのだった。


「何よこの子、失礼ね……。」


 この小さな彼の呟きは、間近に居る俺にも届く。普段のヒステリックな彼には珍しく、低く嫌悪を多分に含めて言葉を放つ。

その様に怯えたのか、アリスは腕にすがりついて少し背後にまわるので、俺は彼女の騎士のごとく少し体をまえにやり立ちはだかる。あの博士(ドクター)が愛しい姫に調整(のろい)をかける原因を作った人物。胸の内がすぅーと冷たい黒に染まるのが自分でもわかる。


「さぁ行くわよ。」


 レスターは乱暴にBB(ダブルビー)の手を取ると、苛立ちを自重せずガーデンを後にする。


あーぁ、怒っちまった。

お、お願いだよアッシュ。レスター先生は怒るとめんどくさいんだ。


 そんな二人の視線が刺さるが無視をすると、諦めたかのように「じゃぁな」とバルドルが別れの挨拶を寄越して戻っていった。


「ナニナニ、アリスちゃんたちレスター博士と何かあったのですか?あ!もしかして!?」

「ダメだよエリー、それ以上は。」


 L1戦の一件について言いたいのだろう。しかし、エコーが機転を利かせて言葉を遮る。何がきっかけでアリスの調整が解かれるかわからない。解かれたときの弊害は計り知れないだろう。そうなれば、俺たちだけでなく彼らも只では済まされないはずだ。

 アリスは言葉の続きが気になるようだが、催促する様子もなく良い子でいてくれた。

 アリス、俺の愛しい姫、死んだ奴のことなんて知る必要がない。弱かった彼奴らが全て悪いんだ。弱い癖にアリスと約束なんてするから、彼女を苦しめるんだ。

 あぁ、憎い

 お前たちよりズットズット強い俺が約束を果たすのだから、安心して消えろ。

 記憶から、この世から


「アリスさん、そんなに悩んでは行けませんよ。いつか全てすっかりスッキリするのですから。」

(すっかりスッキリ……?)

「ローザ、なんだか言葉がおかしいわ。」

「あら、そうかしら?フフフ。つまりアッシュと一緒ならきっとわかるわ。その気持ちの原因も、夢も、全て。」


 ーーーー?

 図書館で見た、絵の書かれた本に出てくる疑問符を頭上に浮かべた登場人物のように、アリスは首をかしげて分からないと無意識に表現する。

 俺もローザ姉さんが何をいっているのか分からないが、恐らく俺と一緒に居れば彼女の未来は拓けるのだろう。もしそうであるのならば、なおのこと頑張らなければ。

 ふと気づいた時には、自然と彼女の頭を優しく撫でていた。気持ち良さそうに享受する彼女を見ている俺の頬も緩む。子猫か子犬が甘えるような、そんな可愛さが堪らない。あぁ、自室でやればよかったな。

 そんな中、別の博士(ドクター)がやってくる。彼女はエコーとエリーに二言三言話をすると、彼らの手をとりガーデンをあとにした。


「それではごきげんよう、ローザねぇさまオランさんにアリスちゃん!あと、アッシュも。」

「それじゃぁまた。」


 次に会う機会まで、せいぜい死なずにいてくれよ。そんな想いを抱える俺に苦笑しながら見送った。視界の端にこちらに向かってくる、アクビをして面倒くさそうな態度の男がのっそりのっそりやってくる。

 羽織っている白衣は何故か赤い染みが幾つも出来ていた。

俺達をガーデン(ここ)で遊ばせている間に実験でもしていたのだろう。せめて着替えるなりして欲しかったが、そんな事を言った日にはきっと監督者に歯向かったとして罰を受けるだろう。

 まぁ、アイツに限ってそんなことはないが。シンシアじゃあるまいし。


(本当にマーレイはだらしがないな。)

(ーー!?う、うん。)


 何故だか慌てたアリスが隣に居る。落ち着くための深呼吸をしていたが、何を慌てているのか分からない。

 どうかしたのかと彼女の顔を覗くが、逸らされてしまった。大方思考が漏れたとでの思ったのだろう。そんな四六時中共有出来る仕組みでもないし、そのようなことをしていたらお互いの境界がなくなる。


「おっすー、お前ら楽しめたか~?おぉ?タイプSのローザじゃねぇか。それにオランもいるのか。」


 珍し~と、頭を掻きながらジロジロ眺める。

 二人は会釈すると、暫くぶりにオランが帰還した事を話し「それじゃぁね」と帰っていった。


「収容の時間ですか?」

「そうだ、部屋に戻る時間だ。今日はもう訓練も実験もないから、戻ったら食事と就寝だ。おつかれ。」


 俺達はマーレイ博士の後をついて帰路につく。道中は相変わらず灰色の長い長い通路だったが、行きとは違う道順を辿って帰路につく。


(ねぇアッシュ、行きと通路が違うような気がするのだけど……?)

(良く気付いたね。通常は同じ道で帰るけど、時たま行きと帰りで違う道を通る事がある。そんな時は大抵侵入者か脱走かだな。)

(マーレイの白衣の血と関係あるのかな?脱走した実験体(モルモット)を殺したとか?)

(さぁ?聞いても教えてくれないと思うよ。)


 過去に何度か同じようなことがあったが、何があったか教えてもらえた試しがない。移送中や実験中に漏れ聞こえてきた助手(スタッフ)たちの噂話で知る事しか出来なかった。ましてや必要以上に知る必要もないだろうが。

だが念のため彼女にも詮索しない様、気をつけておく必要があるだろう。

 すれ違う助手(スタッフ)たちの会話に意識を傾けながら冷たく無機質な灰の道を、温かな手を繋ぎ同じ歩調で歩いていった。

お久しぶりでございます。


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