三十日目
愛する姫君の過ごす楽しい時間は、瞬く間に過ぎていった。楽しさからふっと我に帰った彼女の口から、忘れるべき事柄を聞くことになった。
(そういえば、バーナビーさんは何で私をお姫様って言ったのかしら?)
小首を傾げて可愛らしく尋ねてくるが、俺の心に小さなささくれを生み出す。
あの時の彼女は気を失い、深い深い闇の中だった。
彼女が、かの有名な童話の姫君のように美しい寝顔をしていることを知られてしまったのは、俺の最大の落ち度だ。
ここは取り敢えず正直に話しておくか。
「先日のL1戦で、この二人が俺たちの回収係で派遣されてきたんだ。アリスは気を失っていたから、その姿を見てじゃないか?」
(私、お姫様って言われるくらい可愛くないよ……。)
顔を赤らめ少しばかりうつむいて答える。あぁ、本当に腹が立つ。柄にもなく錯乱したあの時の俺を殺してしまいたい衝動に刈られた。それはBBに対してもそうだ。彼女が望めばそうするが、今はその時でないので思い止まる。
「アリスは可愛いよ。」
「そうです!アリスちゃんはとても可愛いのですよ。」
あぁ、やはり来たか。
出来ることなら、俺たちの会話に入り込まないでほしいのだが、あいつはお構いなしだろう。久しく現れなかった新たなタイプTなのだからな。
ゆっくりと声の方を向くと、自慢げな態度を示すエリーがいた。その後ろで少しばかり困った顔のエコーがいる。
良いところに来てくれた。
電脳世界に強く、クイーンと近しい関係にある彼らがいれば掌握が楽になる。俺のために規則違反を犯した実績があるから、恐らく手を貸してくれる可能性が高い。そうすればクイーンの協力を得やすくなる。
アリスの願いにクイーンは必須だ。
「よ~、エコーエリー。」
バルドルとエコーが何時ものように挨拶を交わすと、アリスの方を見て短く言葉を交わして彼女に近づいた。
「初めましてアリス、僕たちはEE。得意分野は電脳戦だ。」
「私はエリーです。こっちがエコーなのです。」
爽やかな笑顔でエコーが握手を求め、エリーがハグを求めてくる。
とても親しみやすい二人の性格が如実に出ている。
そういう風に設計されているのは言うまでもないが……。アリスが必要以上に近くなりすぎるのに注意しなければ。
外部実習で情報収集の実績が認められており、博士の信頼も厚い。俺も気を付けていないと。BBは余計なことを話さなければ特に問題はないだろう。
現に二人がハグをしていると、恥ずかしさから視線を泳がせているがまんざらでもない彼女がいた。チラリと視線を此方に寄越して、慌てたように元へ戻ってくる。彼女の手を取り、牽制をしておいた。
「二人は主に電脳……ネットの世界に強い。クラッキング技術では研究所内で1・2を争う。」
(すっすごい……。んと、あとこそばゆいです、アッシュさん。)
視線を外さず、俺を意識させる。
「なぜ小声で私たちのことを話しているのですか?」
俺たちのやり取りに「んー?」といい笑顔でエリーが割って入る。
「エリー、そんなに怒ったらシワが出来ちゃうよ……?」
「おい、れでぃーにシワなんて言っちゃダメだろバーナビー。」
「二人とも!!!」
顔を真っ赤にしてBBを追いかけ回すエリー。
その姿を見て何時もの事だよ、とため息を漏らすエコー。
その様子を見ていて、この二組は外部演習でチームを組んだ事があるが、なかなか良い成績を叩き出したという助手の話を思い出した。
普段からなにかと絡んでくるコイツらなら、他のやつらより扱いやすいか?
すこし態度を変えて接する必要がありそうだ。
必要な対応策を練っていると、アリスの様子が少し変なことに気がついた。
「アリス?」
一緒に居るのに、他の奴に気を反らしたから不満に思っているのだろうか?人間の恋人同士はそうらしいので不安になる。
(心配しないで。ただ……)
「ただ?」
どうやら俺の考えすぎな気がした。同時に不可思議な不安に襲われる。
(ううん、何でもない。)
にっこり笑ったその表情が辛そうだ。
今の君は何を望んでいるの?
それは本当の君の願いじゃない、そう伝えたいが今は言えない。
きっと今の君はこう考えているのではないか?
ーーこの楽しい時間がずっと続けば良いのにーー
それこそが洗脳された確たる証拠。君の口から直接語られることはないが、分かるんだよ。
良くも悪くも、俺たちは二人で一人なのだからな。
嘘なんてつけない。
そんなことしたら、分かるよな?
少しずつ少しずつ
気長に




