二十九日目
タイプTの楽しい時間は、終わりの時間が迫ってきたようだ。
何処か神秘的な女性が、スーツに身を包んだ女性に車イスを押されてやって来た。
そのまま無視をしておけば良いのだろうが、この時の私はそれが出来なかった。
「ごきげんよう、皆さん。」
誰よりも優雅で優しい、優しい声がかけられる。
その声に私以外の全員が、魔法にかかったかのように振り向いた。
「ローザねぇさま!えーっと……」
「あらあら、皆さん元気ですね。あぁエリー、彼女はオランと言います。はじめましてだったかしら?」
「はい、ローザねぇさん。6ヵ月前に会ったときは居ませんでした。」
皆は互いに視線を合わせ、エコーの言葉に同意する。
彼女……ローザは子どもたちにとって、姉のような存在なのだろうか?私たちの年齢は皆近いので、そういった意味では確かに姉と呼んでも可笑しくないだろう。
オランと言う女性と姿が似ても似つかないので、タイプTとは違う。かといって博士や助手、その他職員でもなさそうだった。
BBやEEは、ローザを囲んでとても嬉しそうに話をしていた。
アッシュは私の手を引き、その輪に加わる。
しかしながら、その頬はこころなしか緩んでおり、口角があがっているようにも見えた。
何故だかわからないが、胸の部分がモヤモヤする。
「あら、初めましての子かしら?」
私に気付いたのか、優しげな表情でローザが声をかけてきたが、返事をしたくても出来ない、しづらい。
彼女は気をつかってくれたのか、手を伸ばしてくれた。
私はアッシュに目配せすると、驚いたことに触れる許可がおりたのだった。
恐る恐る彼女の手に触れた。
しっとりと柔らかく、傷の無い珍しい手だった。
(やっと出会えましたね。)
優しい微笑みを向けながら、脳内に木霊した声は同一人物とは思えないほど、酷く落ち着いた声だった。
(あ……の……、私はアリスと言います。)
(アリス……そうでしたね、今は。)
彼女に向けた視線を外すことが出来ない。軽く握られた手が、縫い付けられているかのように離れない。
ローザの瞳の奥が、揺らめいたかのように見えた。
(アリス、あの子の事どう思いますか?)
(アッシュのことですか?何も出来ない私よりもずっとずっと優秀で、誇りに思う大切な唯一無二の半身です。)
(……そぅ。)
(えぇっと、私も1つ質問良いですか?)
(1つですか、構いませんよ。)
ローザの言葉で、私の背筋に冷たいものが走る。
間違えないで、1つしか選べない。
正しい答えが、望みとかけ離れていたとしても。
(私の事を何処で知ったのですか?私はずっと実験で他の子と絡むことも、ガーデンに行くことも出来なかったのに。)
その答えは、他の子たちに向けるのと同じ優しい声だった。
(……噂になっていましたから。あのアッシュの半身がガーデンに来ると聞いたら、会ってみたくなるじゃないですか。)
見つめ合った瞳から、揺らぎがゆっくりと薄れて行き、ほんわかと私たちの間に穏やかな温かさが流れ始めた。
「ローザ姉さん、話は終わりましたか?」
痺れを切らしたアッシュが、私の手を少し引いてローザから引き離す。
今しがた、私はローザと手を取り合っていた事を思い出した。
「あらあら、ごめんなさいねアッシュ。もー、そんなにお餅を焼いてはダメですよ?ねぇ、オランもそう思わない?」
「そうね、ローザ。」
「ちっっちが……!!」
「みてみてバル、アッシュが変~。」
「おーほんとだー、流石のアッシュもローザ姉に遊ばれてらー。」
ローザを中心とした輪は、騒がしさを取り戻す。
とても長い時間だったようにも感じたが、アッシュを除いた彼らがちょっかいを出さない程度の時間しか経っていなかった。
いつの間にかアッシュが、私の両の手を握っていた。
何だかそれが可笑しくてフフっと少し笑う。
周囲はアッシュが遊ばれていることに可笑しくて笑っていると、勘違いしてくれた。
アリスの一番はアッシュ。
だから焼き餅なんか焼かないで?
アリスたん、心モヤっと……かわいいなぁ。




