二十八日目
「ねぇ、そこのアナタ。」
目の前にいる自分にそっくりな猫に尋ねました。
「ここが何処か知っている?私、お母さんのところに帰りたいの。きっと今頃私を探し回っているわ。」
そっくりな猫は答えました。
「僕を出してくれたら、ここが何処か教えてあげましょう。」
「本当に?でもどうやって……」
「大丈夫、僕の言うとおりすれば上手くいくよ。」
そう言うと、そっくりな猫は自分に向かって前足を伸ばすよう言いました。
仔猫はそっくりな猫の言うとおり、前足を伸ばすのでした。
(うわぁー、綺麗!!)
扉を開けると降り注ぐ日の光に、キラキラ輝く木々の緑。
無機質だった世界が一変するような場所に、アリスの瞳は輝きに満ちていた。
興奮した様子で周囲を見渡し、今にも駆け出しそうな勢いだった。
「迎えに来るまで自由に過ごして良いぞ。」
アリスの喜ぶ姿にマーレイはご満悦な様子で告げる。
俺たちの親にでもなった気でいるのだろうか?そういうつもりなら酷い冗談だ。
俺たちを残し彼が立ち去ると、アリスはどう過ごそうか考え始めた。
俺よりも良く知っているはずの〈自由な過ごし方〉を、スッカリ忘れてしまっていた。
彼女が困った様子で俺を見るので、見てご覧とある場所を指差す。
俺が独りだった頃に何時も過ごしていた場所。
(彼処で読書するの、気持ちが良いかも。)
「あぁ、とても気持ちが良いよ。彼処で過ごそう。」
手を取り合い、緩やかな丘をゆっくりと登る。
アリスの足並みは俺のソレよりも少しばかり早く、体もほんの少し先を行っている。
そんな姿が愛しく、そして僅かな淋しさを覚えた。
見慣れた本棚には綺麗に整頓された本が並ぶ。訪れる度に違う本が並び、俺を飽きさせることのないこいつには不思議と安心感を覚える。
彼女は何故だか分からないが、小難しい顔をして本棚をじっくり見ている。
「難しいのが一杯……」などと一人言が聞こえてきたので、表題を指でなぞりながら探しているふりをしながら、然り気無く童話の本などに誘導した。
彼女が選んだのはあれは確か……猫の話だったはず。
俺は彼女の為にもう一度勉強し直す必要がある。専門書を手に取り、片っ端から読み漁るつもりだ。右半身に温もりを感じながらだと、インプットが不思議とスムーズだった。
「あー!みてみてバル!この前の眠り姫だぁ。」
誰かが駆け寄る音がする。
あぁ、この足音と声……BBだ。
「おー、確かにこの前の可愛娘ちゃんだな。てかバーナビーそれ以上近付くなよ、アッシュの目が怖い。」
「俺の目が何だって?」
学習中の邪魔をされた上に、気安く俺のアリスを「お姫様」や「可愛娘ちゃん」などと言いやがった。
前回のL1戦のときもそうだったが、コイツらは他人に馴れ馴れしい。それが災いして禁止されている私的な戦闘を起こした事があるのに、学習しない馬鹿な奴等だ。
彼らの好奇な目と言葉でアリスが汚される。
大切なモノを守るように腕の内に引き寄せ、牽制する。
(アッシュ、知り合い?)
俺が少しばかりキツい視線を奴等に送っていると、恥ずかしそうな困った表情でアリスが尋ねてきた。
彼女は彼らに会っているが、そのときは意識を失っている状態だったことを思い出す。
(生意気な方がバルドル、自信なさげの方がバーナビー。俺たちと同じタイプTで、親はフェイ博士だ。)
(へー、違う博士も作ってたんだね。何だか仲間に会えたみたいで嬉しい。)
ーー仲間?
彼女らしい受け止め方だが、正確には仲間ではない。互いに助け合うのは半身のみ。
それぞれの子ども達を戦わせ合い、もっとも優秀な個体を作り出した博士がこの研究所で権力を握る。俺たちはその為にいる。
だから子ども達は互いに敵同士。
余計な感情を持てば、それだけ早く壊れるのだ。
(アッシュ、彼らとお話ししてみたい。)
「しなくていい。」
「あ?何が"しなくていい"だって?」
俺とバルドルは睨み合う。
毎度こいつは俺に突っかかる。馬鹿なのか何か欠陥があるのか、顔を合わせれば言い合いとなる。
「二人とも、落ち着いてよ(汗)なんで何時もこうなるの?」
(アッシュ、喧嘩はダメだよ。)
バーナビーは俺に背を向ける形で間に入り、バルドルを止める。
彼女は俺の服を少し引っ張ると、止めてと焦ったように言う。
まるでBBを庇っているようで気に入らない。
「アイツが変なこと言ってるからだ!」
犬みたいに吠えるアイツをバーナビーが落ち着かせようと必死になっている。
好戦的な半身を持つと、苦労するな。
「俺はアリスに仲良くする必要は無い、と言っただけだ。」
なぁ、アリス?と俺の半身に問いかける。
しかし、帰ってくると思っていた同意の言葉を俺は聞くことが出来なかった。
(アッシュの方が今回は悪いと思う……。)
喧嘩の口火を切ったのはアッシュの方だよ、とでも言いたげに俺が悪いとアリスが言ってきた。
悲しい、どんな時も味方でいてほしいのに。
アリスは仲良くしようと友好的な平和的思考のようだ。
こんな思考は命取りだ。
きっと、コイツらと戦えなくなる。
「…………わかったよ。」
悲しそうな姿が、アリスの瞳に映る。そんな彼女は罪悪感を感じている様なので、溜め息を1つ溢して俺は許すことにした。
「バルドル、バーナビー、彼女が俺の半身アリスだ。能力は接触感応と能力安定化。」
「俺はバルドル、能力は肉体強化系だ。体術ならアッシュに負けねぇよ。」
「ぼっぼくはバーナビー、初めましてアリスちゃん。僕の能力は超感覚だよ。」
あまりこういう自己紹介は必要ないのだが、アリスのために努めて和やかに行った。
先ほどまで険悪だった雰囲気が、緩んでいく。話は弾み、アリスはとても楽しそうだった。
君が望むなら今は仲良しごっこをするとしよう。
俺たちの願いを叶えるのに、きっと使えるだろうから。
あぁそう考え直したら、とてもいい気分だ。
そうだ、もっと道具を揃えなくちゃ。
アリス、俺頑張るからね。
亀でも前には進めるの。
アリスたんのトモダチ百人出来るかな?計画が……。(そんな話はない)




