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離れることは許さない  作者: 池野三毛猫
みんなと出会う
26/45

二十六日目

人は変わる、変わり行く生き物だ

生きていく為に

しかし

時に他者の強欲が望まぬ変化をもたらす





 俺の大事な人が帰ってきた。ストレッチャーから俺たちの寝床に降ろされる。

 静かに眠る彼女の姿は、何時か読んだ物語に出てくる姫のよう。

 少し乾いた赤い唇に誓いを立てれば、死が二人を別つまで共にいられるだろうか?

 俺の心は曇り空。

 調整されたであろうアリスの人格が俺を……俺だけを愛してくれているだろうか?

 助手(スタッフ)が何か話しているようだが、全く耳に入ってこない。

 今後の方針、アリスの容態、重要な事を伝えているのかもしれないが、アリスに触れれば全てを知ることが出来る。


 俺たちは"半身"なのだから


 諦めたのか、用件が済んだからなのか彼らが出ていく。

 やっと……やっと俺たちだけになった。

 眠る彼女のすぐ側に横たわる。

間近に見る彼女の血色は少し悪く、何処と無く青白い。

 腕や手の甲にはガーゼが当てられ、額のはうっすらと器具の跡が見受けられるだけで、特段大がかりな処置が施された様子は無かった。

 血流等も問題が無い。

 後は彼女が自然と目覚めるのを待つばかり。


(………う……ん。)

 アリスが小さく呻く。

 俺は上体を起こして顔を覗き込むが、彼女の表情に苦痛の色は見られない。

 むしろ、ほのかな柔らかさを含む。

「アリス……夢を見ているの?」

 俺の言葉は彼女に届かず、独り言になる。

 優しい夢を俺も見てみたい。

 俺はアリスのように他者の思考を読むことが出来ないが、アリスに限ってはそうでは無い。互いの額を合わせて夢の共有を図る。


 暗い深層心理をゆっくりと降りていくと、奥底から小さな光が見えた。光は段々と強くなり俺を飲み込み、視界を白く染め上げた。

 細くて柔らかな手がアリスの額を撫でた。己の視界が歪んで周囲が見えにくいのに、ハッキリとその手だけ見ることが出来た。

 その手の持ち主はヨアキム博士と思われる人物の隣に佇む。

 周囲の人々はその人物に気付かない。時に二つに像が重なり、再び別れる。手の持ち主とアリスの調整に携わる者が重なるなど、あり得るのか?

 いくら歪んで見えるからといっても、かなり不可思議な現象だった。

「ゴメンネ。」

 手が再び額に触れると、泣きそうな女性の声が脳内に響く。

 どこか懐かしく、温かで心地の良い優しい手。もっと触れて欲しい、赤子をあやすように頭を撫でて欲しい。次から次へと欲望が押し寄せる、今までに無い己の変化に戸惑う。

 アリスの気持ちか、自分の気持ちか区別がつかないが……恐らく共に同じ気持ちなのだ。

 謝る彼女が何者なのか知りたいが、アリスの夢がここで途切れた。彼女の目覚めが近いようなので、俺は接続を切って待つことにした。


(アッシュ……?)

 ゆるゆると目覚める眼前の彼女に、少しばかりの幼さを感じた。

 アリスを起き上がらせて、注意深く観察する。彼女を早く起き上がらせてしまったせいなのか、こめかみを押さえ倒れ込むように俺の腕の中に入る。

「アリス……。」

 壊れ物を扱うように慎重に受け止める。見た目よりも少しばかり痩せたか?

 腕の中の華奢な少女は、俺の心配を他所に左胸に耳をつけ、眼を閉じて心地良さそうにしていた。

(おはよう、アッシュ。)

「おはよう、アリス」

(L1は?)

「やっつけたよ。」

 俺は優しく撫でながら、努めて穏やかな声で答えた。

 無事に実験(テスト)が成功したのだ。この結果、アリスの性能が証明され、これで互いが引き離される訓練や実験の回数が減るはずだ。

 チラリとアリスを見ると、可憐な笑顔を浮かべている。記憶は一応健在のようだが、何故笑っていられる?

「アリス、約束覚えてる?」

(やくそく?)

 俺の顔を見て、何故そんな事を聞くの?とでも言いたげな表情を見せる。

 芽吹いた違和感が成長を始めていたが、L1戦の記憶を有しているのだから大丈夫なはずだ。

 俺以外の男と交わした約束をきっと思い浮かべるはず。

 しかし、成長した違和感が現実へと花開いてしまった。


(うん、覚えてるよ!私たちは二人で一人、どんなことがあっても離れない。今までも、これからも……でしょ?)

「……そう、だね。」

 帰ってきた答えは、俺が教えた半身の性質。彼女の真っ直ぐな言葉と瞳に心が締め付けられる。

 守れなかったのだ、彼女を。

 キツくアリスを抱きしめ、ごめんと一言呟いた。

(何で謝るの?)

 今の俺に、彼女の問いかける声は余りにも優しすぎた。押し止めることの出来なかった震えが、声に表れてしまった。

「もっと……強くなる。アリスを全てから守れるようになる。俺が約束を引き継ぐよ(・・・・・・・・)

 誰とも知らぬ人々と交わした約束。連れてこられた彼女の本当の願い、ここからの脱出。眠る彼女のうわ言から垣間見える家族の存在は、外に出たら向かうであろう場所。


 俺が叶えるよ。

 出来損ないの壊れた人間(ヤツラ)なんかより、俺の方がずっとずっと強い。

 これ以上彼女を変えさせない、傷つけない。絶対に守って見せる。


誰からも俺のアリスを奪わせてなるものか。


(変なアッシュ、私アッシュとしか話さないのに。)

「あぁ……そうかもしれない。おかしいね、俺。」

 アリスを腕から解放すると、名残惜しそうにしていたのに少し驚く。

 すぐさま頬や頭を撫でてやると、アリスはフニャリと綻ぶ顔を見せてくれた。暫くの間そうしていると、部屋の扉が開く。

「よぉ、相変わらずイチャイチャしてるな~。」

 茶化した口調でマーレイ博士がきた。検査かなにかだろうか?ベッドに座る俺たちに近くと、アリスを一瞥して話し出す。


「実験成功のお印をヨアキム博士からいただいた。今日からアリスもガーデンに行って良いそうだ。よかったなぁ、アッシュ。」

今から行くか?と誘われたので、アリスにどうするか訪ねると、行きたいと返事が帰ってくる。一つ頷くと、立ち上がり彼女の手をひく。

 マーレイ博士の先導もと、手を携えて俺たちは行く。道中ガーデンについてアリスから幾つか質問を受けた。

 楽しみでならないとでも言うように、無邪気な彼女に心が震える。


あぁ、どうか

何時か全てを思い出しても、その笑顔を俺に見せてくれ。

彼に切なさ乱れ打ち?

真面目に見えて歪み入れきれてない。

難しいですな。

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