二十二日目
彼女を傷つけようとしたL1と対峙する。互いが、互いの赤い瞳から視線を外さない。両者の間に冷たい沈黙が流れて幾ばくか経つ。
勝負はきっとただの一瞬、俺はそれを知っている。きっとあの黒い出来損ないも機能してるか怪しい脳みそ……あるかわからないが、理解しているのかもしれない。
にらみ合いに決着がつく。耐えられなくなった黒き怪物は、勝負に出た。ぶるリと大きく体を振るわせ、体を大きくする。蠢く何かが膨張していくと、はぜて無数の鋭い触手が俺を襲う。
複雑な軌道を描いて迫る黒い触手を、避けていく。俺は航空機のドッグファイトをやっているのでは無い。ああいった動きをすれば、無駄な体力を消耗するだけだ。最小の動きで避け、最小の力で相手の軌道を反らしてやればすぐに敵の懐にはいれる。
赤い点の間近に近づくと、左手を突き出す。L1の瞳に、凶悪な笑みを浮かべた俺が映っていた。こんな表情、彼女に見せられない。見えない角度にアリスがいることに感謝する。
触れた感触は赤子のように柔らかだった。俺はその柔らかい体に、煮えたぎる感情をのせると触れた箇所が熱を持つ。熱エネルギーは暴走し発火すると、その火はL1を覆う。
痛みに悶える黒い怪物は、火を消そうと暴れる。暴れた拍子に弱って千切れた破片が飛び散った。俺は一旦、ヤツから離れる。
「暴れるな、アリスに当たる……」
俺は避けつつ、アリスに当たりそうな破片を落としながら再度接近した。今度は周囲の空気ごと発火させる。火花が幾つかたつと、見る間に火の手が上がり火柱のように燃え上がった。
コレでおしまい──。一瞬の気の緩みが、飛んでいく破片を一つ見逃す。向かった先にアリスがいた。破片が彼女の横をかすめて潰れる。
アリスは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに苦痛に顔を歪めて頭を抱えてその場にうずくまる。
「大丈夫、アリス!?」
直ぐ様彼女の元に行く。膝をついて、彼女の体を起こしてやる。ゆっくりと彼女の瞳に正気が戻る。
(だ……いじょうぶ。なんか、声……痛みが頭の中で響いただけ。L1は……?)
「終わったよ、燃え尽きた。見てごらん。」
L1を見るよう彼女を促す。そこには小さくなった黒い塊と、水溜まりがあった。良く見ると、塊の中に白い何かが見える。
(アレ……?何だろう?)
気づいたアリスは、吸い寄せられるようにL1の残骸に歩み出す。
「駄目だ、アリス!近寄ったら危ない!」
残骸とはいえ、その体や体液は有害かもしれない。道中で出会った分身のように、突然動き出すことも考えうる。
俺の心配をよそにアリスは進む。体液の溜まりに足を入れ、何かに近づくと膝をついてソレを見た。
俺も後を追って死骸に近づき、膜を張るのも忘れて体液に踏み入れる。
(そ……んな……イサベル!?)
(嫌だ、嫌だ。そ……んな、イサベル。どうして、こんな……!?)
アリスが知らない人間の名前を言っている。L1の中から出てきた顔らしきもの、彼女はソイツと面識があるようだった。真っ青の彼女は、恐怖に震える手でソイツを掬い出す。顔らしきものに、もう一つ塊がついてくるがべチャリと塊が落ちた。ついた液体が落ちた勢いで流れ落ちると、別の顔が出てきた。
(あぁあああああ─────!!!)
二つの顔が、アリスを恐怖と悲しみの底に突き落とした。叫ぶ彼女の目に光は無く、此処ではない何処かを虚ろに見ている。
(約束……私、約束したのに。なんで忘れてるの?デービットさん、ノリトさん。……なんで、あの時イサベルを助けなかったんだろう?)
錯乱した彼女が、うわ言のように言っている。早くアリスの意識を戻さないと、L1の残留思念に囚われてしまう。面識があるならなおのこと。
「アリス、アリス、しっかりして!俺がわかる!?L1に流されてはダメだ!」
肩を掴んで彼女の体を揺さぶる。呼びかけ何度か試したが、いっこうに意識が戻ってこない。彼女を傷つけるようなことをしたくはないが、頬を叩いて目を覚まさせようとした。
しかし、アリスは気づいたのか揺さぶる俺の手を掴む。俺を見ているその目は視点があっていない。
(違うよ、違うのアッシュ。私の、私の名前は──)
「アリス……!?」
アリスが言いかけるが、突然糸が切れた人形のように倒れかかってきた。固く目蓋が閉じられ、何度呼びかけるも開くことがなかった。
「アリス、アリス約束ってなんだ?デービット?ノリト?男と何の約束をしたんだ?イサベルを助けるって?起きて、アリス。答えてくれ!俺に何を言おうとしたんだ!」
腕の中の彼女に問うが、答えを得ることが出来ない。俺のアリスを、知らない男が約束で縛っている。大切なモノを奪われているようで、恐怖に胸が締め付けられる。
「ドクター、アリスが急に倒れた!起きないんだ、起きないんだよ!」
狂ったように俺はヘッドセットに叫ぶ。俺らしからぬ言動に、向こうから溜息が聞こえた。
「アッシュ、アリスの強制停止だ。たった今から、お前も能力使用を制限する。」
──強制停止、錯乱したアリスを薬物で停止させた。これは俺を除いた多くの場合、失敗を意味する。俺の腕輪が一つ電子音を鳴らして、力を拘束した。
ヘッドセット越しに誰かと話し合っている、マーレイの冷めた声が聞こえる。
「今、バルドルとバーナビーがそちらに向かってる。合流したら一緒に帰還しろ。……お前は帰還するまで何もしなくて良い。」
残酷な宣告を聞いているようだった。悔しさのあまり唇を噛む。腕の中の彼女を強く抱き締め、ゴメンと一つ呟いた。
「オーッス、アッシュ!生きってっかー!?」
暫くすると、わざとかと思うほど明るい声が兵士たちとともに来た。
顔を上げて、声の主を睨む。
「おぉ、コワ。」
「もー、バル……。」
バルドルとバーナビーが俺たちに近づく。彼らの視線が、アリスに向けられる。
「この子がお前の半身?」
「かわいー!ねぇねぇバル、この子スッゴクかわいいね!」
二人の目は好奇心に輝いている。二人は眠る彼女の頬をつついたりする。俺はそれを手で払いのけ、拒絶した。
俺の行動に二人は困った顔やムスッとしていた。
「BB、アッシュ、移動だ。」
兵隊長がそう言うと、アリスを俺から奪おうとした。奪おうとしたソイツを退ける。
「……俺が運びます。」
アリスを抱き上げて立ち上がる。
バルドルが肩をすくめてバーナビーと共に、俺を挟むような形で部屋を後にした。
やっと、やっとL1戦終わったーー
ほのぼのしたいー。




