二十一日目
赤と白の光を纏い佇む彼は、黒き怪物と対峙する。両者幾ばくかの沈黙の後、事態は動く。
L1の体が膨張すると、無数の鋭い触手がアッシュをめがけて放たれた。複雑な軌道を描き襲うソレをアッシュは軽々と避け、L1に接近する。私の目には、彼が避けているのでは無く、触手が避けているようにうつっていた。
(アレが、アッシュの実力……。力で反らしてるのかな……?速すぎて良く分からない。)
刹那、紅い炎が怪物を覆う。接触したアッシュが、L1を燃やし尽くす。焼かれる痛みに悶え苦しむL1の破片を周囲に撒き散らす。アッシュは踊るように避けて、再び炎をおこしてL1は火柱に包まれた。暴れる怪物の破片が、私の真横を掠め飛んできた。
──イダイ!!イタイぃいい!!!!!アヅイ!!タズケデェ!!
L1の痛み、二人の重なる声が私の脳内に波紋を広げる。余りの苦痛に私は膝をつき頭を抱える。
「大丈夫、アリス!?」
声に顔をあげると、目の前に半身がいた。彼は心配の表情で私の肩を抱き、覗きこむ。
(だ……いじょうぶ。なんか、声……痛みが頭の中で響いただけ。L1は……?)
「終わったよ、燃え尽きた。見てごらん。」
促されるままにL1を見ると、小さくなった黒い塊と、水溜まりがあった。塊の中に、白い何かが見える。
(アレ……?何だろう?)
「駄目だ、アリス!近寄ったら危ない!」
私は立ち上がると、何かに吸い寄せられるように近寄った。黒い水溜まりに靴が汚れる。ブスブスと肉の焦げる嫌な臭いが広がっていた。しゃがみこんで見ると、見覚えのある顔が沈んでいる。
(そ……んな……イサベル!?)
全身から血の気が引いていく。カチカチと歯を鳴らし、震える手を彼女に伸ばす。
(嫌だ、嫌だ。そ……んな、イサベル。どうして、こんな……!?)
伸ばした手で彼女を掬う。するともう一つ、塊がついてくる。べチャリと落ちたソレに付着した水が流れ落ちて、姿が現れた。
(あぁあああああ─────!!!)
悲しみと憎しみが心を動かし、叫び声をあげる。
見たくなかった、檻の中、人間の成れの果て。私を介抱してくれた彼ら、デービットとイサベル。
──ハル、約束だよ。僕たち三人は気を狂わせたり、死んだりなんかしない。僕とDavedが絶対、君と一緒に逃げるから。
──Yes、ハル。It's a promise!You are not alone. We are always together.
──ゴホッ。助ケテ、痛イ。Help me……Daved──!
──貴方、Davedって言うらしいじゃない?撃たれて死にかけてる女が、うわ言のように呼んでるわよぉ?
──は、ハアハルうぅ!!Nooooooリtoおおおおお!!promise……prooommisssee──
──あー、駄目ねコレ。残念ね、貴女。どうやら片思いみたいよ?まるで私とマーレイのようじゃない。
──レスター博士、感傷に浸ってないで下さい。どーするんですか?この実験体。
──そうねぇ……。じゃぁ、こうしましょう!この二人にレスター印の特別細胞を移植して、一つにしてあげましょう。あぁ、なんて名案なのかしら!かなり良い生物兵器が出来そうよ!
(約束……私、約束したのに。なんで忘れてるの?デービットさん、ノリトさん。……なんで、あの時イサベルを助けなかったんだろう?)
デービットから伝わる、私たちが交わした約束の記憶。一人にしないと言ったのに、逝ってしまった二人。私はまた、置いていかれる。
イサベルが薄れ行く意識の中で見た、彼と自分の終わり。ドクターたちの狂気。私があの時止めていれば、こんな事態にならなかったかもしれない。
「アリス、アリス、しっかりして!俺がわかる!?L1に流されてはダメだ!」
アッシュが私の肩を揺さぶり、正気に戻そうとする。肩を掴む彼の手を私は掴む。ゆっくりと彼の顔を見るが、焦点が合わない。
(違うよ、違うのアッシュ。私の、私の名前は──)
「アリス……!?」
手首にチクリと痛みが走る。腕輪の中で、針のようなものが刺さった気がした。急速に体の力が抜けていき、ドサリとアッシュに倒れこむ。目蓋が重くて開けられない。
ドクターに与えられた私の名前を叫ぶアッシュの声が、次第に聞こえなくなった。
「やりましたねー、ヨアキム博士?」
一重のドクターがヨアキム博士に尋ねた。
全てが白い室内に、幾人かのドクターが机を囲む。薄いスクリーンには、アリスを抱えるアッシュの姿が映し出されている。
「何がだ?フェイ博士。」
「AAの戦闘運用実験ですよ。周囲に被害を出さず、うちのレスターが作った試作品を見事倒したじゃないですか。」
「出来て当然だ。完璧な作品になったのだからな。」
クスクスと笑う年老いた女が、二人の会話に参加する。
「おやおや"出来て当然だ"ですって。天才ヨアキム博士はやはり素晴らしい御方だ。この出来なら、いつも以上に高値で納品できそうですね。」
「貴女にしては珍しいですね。ヨアキム博士のこと皮肉ってるんですか?カジョール博士。」
「違いますよ、フェイ。こうして私のEEがやった事を帳消しして貰うために、良いこと言っているのです。」
「それだとボクもしなくちゃいけませんね。」
フェイとカジョールが顔を見合せ、笑い合う。眉を一つ動かし、ヨアキムは二人を一瞥して告げる。
「問題ない。手間が省けて礼を言うのはこちらの方だ。」
この言葉に、途端に二人の表情が消える。面白くないとでも言うかのように。
「……彼女に施した記憶改竄が、一部戻ったようですね。薬を投与して強制停止させたので、Aの能力使用も禁止しませんと。」
「今、BBをむかわせた。兵士と一緒に二人を回収して撤退させるよ。」
「……私は彼女の再調整に入る。後は任せる。」
ヨアキムは立ち上がると、彼らを置いて部屋を後にした。
まぁ……きっと誰がL1にされたのか、コレ読む前に既に分かりますよね……ハァ。




