十九日目
「うん?」
一人のスタッフが何かに気づく。
外部から手に入れた実験体の収容される部屋──檻の壁に何か書かれている。
◻ル◻
ごめんね、ハ◻
俺◻ちもうダメみたいだ
いっし◻にここから◻げる約◻、守れそう◻ない
目が◻めて、どうかこのメッセー◻に◻がついたら
◻たちにかまわ◻
にげてくれ
死体を避け、点在する体液の水溜まりを越え分身の恐怖を退け走る。アッシュの力が道を切り開き、兵士たちが銃で牽制しつつ彼と無力な私をサポートする。アッシュと私を繋ぐ線は白く強い光を放つ。
コントロールルームに近づくと、扉のロックが赤から青へと変わりひとりでに開かれる。実験体の私たちが、絶対に入ることが出来ない部屋へと滑り込んだ。
実験室を見下ろし眺める長方形の大きな窓、倒れたモニターに起動したままの機材、散乱する書類と道具──混乱の大きさを物語る。
「ポーター、こちらの被害は?」
「被害はゼロ、問題ありません。残弾数も十分とは言えませんが、アッシュと連携すれば帰還まで持ちこたえられるかと。」
「よしよし。当初の計画通り、L1掃討まで待機。掃討完了確認後、アッシュたちを回収、帰還しろ。」
「了解。」
「アッシュ、ここまでとても素晴らしい結果だわ。よく皆を守りながら且つ、傷つけること無く出来たわね。」
「アリスのお陰です。」
「……確かに、その可能性もあるわね。波長の安定性が以前の記録より格段に上がっているし、一部同調も見られるから。でも、油断は禁物よ。」
私たちの被害状況はゼロ。ここまでの結果も博士から褒められた。私は何も出来なかったけど、自分のことのように嬉しかった。
(アッシュ、ありがとう皆を守ってくれて。)
手近にあった椅子に下ろされ座る私は、アッシュに呼び掛ける。
(俺はアリスを守るために兵士たちを守っただけだ。本当はアリスだけいれば事足りるんだけどね。)
少し休んで?と一言彼は耳元で囁き、側に寄り添う。私は肩の力が緩み、深く息を吐くと彼と視線を合わせる。
(兵隊さんが運んでくれたから全然疲れてないよ。呼吸もアッシュの力のお陰で苦しくないし、全然大丈夫!)
(……ほんとうに?じゃぁ、どうして手が震えてるの?)
自分の手を見ると、小刻みに震えていた。止めようとするが、言うことを聞かない。体は正直で、自分の気づかない恐怖心を表していた。アッシュは震える手を握り優しく撫でると、私を抱き締め落ち着かせる。
抱き締められたのはほんの少しの間だったが、不思議と震えがおさまった。
「アリスは行ける状態に戻ったか?」
「はい、もう大丈夫です。」
(大丈夫です、行けます。)
「よし、奥の扉が実験室とコントロールルームを繋ぐエレベーターだ。そこから行け。ガスの効果時間もそれほど残ってない、急げ。」
エレベーターの扉が開く。私は立ち上がると彼の手を取り、蠢く大きな黒い塊──L1の元へ向かった。
(おおきぃ……てか、気持ちわるい。)
実験室に降りてL1を見ると、上から見るよりずっと大きかった。ヌメヌメと表面が何か蠢いている。
(こちらにまだ気づいて無いみたいだな。)
(どうやってやっつけるの?さっきのヒルっぽいのみたいに叩き潰してみる?)
(そうだな……。燃やすにも、ある程度ダメージ与えて完全に動けなくするくらいにしておいた方がやり易いし。)
戦いの方針が決まると、行動を開始する。私は何時でも逃げられるよう、エレベーター近くの壁際に移動する。彼との繋がりを意識し、祈るように見守る。彼と繋がる白光する線が太くなる。彼も繋がりを感じたのか、振り返って頷く。
アッシュが先制攻撃を仕掛けた。L1がふわりと浮くと瞬く間に一番奥の壁に激突する。楕円形の体の半分が潰れて床にずり落ちる。飛び散った破片が、先ほどの蛭のような分身となり、床でビチビチと跳ねる。残った半分を潰そうと、アッシュは再度浮かせるが、L1の表面を蠢く何かが触手のように伸び、床や壁に着いた黒い体液と跳ねる分身に接合した。
(えっ!?えぇえええ!!!?)
「なっ!?」
接合した部分から体液をゆっくりと吸収し、分身は触手の一部となり体に戻る。
──再生している
誰もがそう確信した。
唖然としていると、分身も体液も無くなる。L1の体が元の楕円形よりも一回り大きくなって再生している。浮いたまま再生したL1から複数の触手が伸び、束となってアッシュを襲う。鞭のようにしなり、横なぎするソレをアッシュは避けるが、意識がそれてL1を落としてしまう。
触手は勢いそのままに、壁に打ち付けられ潰れる。L1は気にとめる様子もなく、2本目の触手を伸ばしアッシュの正面を捉えた。しかし、アッシュの展開されている防御膜に阻まれる。阻まれ、潰れて花が咲くように体液が広がる。大きく広がる体液は、突然意思を持ったようにアッシュの防御膜ごと覆うように収束した。
(アッシュ!!!)
叫ぶも彼からの反応はない。触手に覆われた球体は、ズリズリとL1へ少しずつ向かう。
どうしよう、どうしよう──
早くしなければ、アッシュが取り込まれてしまう。はやく、はやく助けなければ──!
何か武器になりそうなモノ──実験室内を見渡すと、L1の体液によると思われる損傷で取れそうな壁面パネルがあった。
(アレなら!!)
私は一目散に走りだし、パネルを剥がしにかかる。走る私の視界の端にうつるL1に赤い点が二つ光ったことに気づかないほど、私は必死だった。
私は突き出たパネルを掴み、体重をかける。するとパネルは大きな音をたてて折れた。
(よし!これを使ってアイツを叩けば、きっとアッシュは解放される!そしたらアッシュがやっつけて──)
気合いをいれて振り返ると、私のすぐ近くまで黒い何かが迫っていた。
悲鳴をあげるため、息を吸い込むがそこで詰まる。ドクンと心臓が大きく一つ跳ねた。瞬きを忘れ、すべての動きが緩慢に映る。
───アリス!
誰かの声が、脳に響く。
アッシュの声だと気づいた頃に、周囲は黒く覆われていた。足元に少しの床が見え、黒いモノが球状に、防御膜に阻まれていた。
あぁ、やってしまった。
後悔が頭をよぎる。アレほど足手まといにならないように、と考えていたのに。結果はこの様だ。きっと、私たちは取り込まれて、溶かされ死ぬ。
諦めかけていたその時、黒が紅く燃え上がる。
ぎぃやぁあああああああ!!!
何者かの悲鳴が、重なり聞こえる。私やアッシュの声ではない。兵士たちはコントロールルームにいるはず。実験室内は私たちとL1だけ。一体誰の悲鳴だ?
膜を覆っていた触手が燃えて消える。残った部分は急速に縮み本体へ戻った。
(助かった……。)
すぐに状況を確認すると、先ほどまでいたアッシュの黒い球体が、空中に浮遊している。何事かと思った矢先、自分に起きた現象と同様に触手が燃え出す。炎は触手をつたいL1に迫るが、L1自ら触手を切り落とし逃れる。
覆う炎が消えてアッシュが現れた。赤い瞳を輝かせ、赤と白の光を身に纏い、冷たい怒りと共に彼は空間に立っていた。
思ってたより長めになってしまった。
次回でL1討伐終了予定。




