十七日目
イタイ アツイ
コワイ ツライ
オネガイ
ハル
私ヲ 俺ヲ
コロシテ
「良い、二人とも。これは貴方たちの運用実験も兼ねているの。監視カメラで追跡しているし、腕輪でバイタルチェックしているわ。ヘッドセットも着けなさい。あぁ、もちろんアリスもよ。兵士はL1の居る実験室まで同行させます。あくまでサポートですからね。」
シンシア博士に必要な装備を貰い、装着するとすぐ、私たちは数人の兵士と共に出発した。
第2、第3ブロックの非常用隔壁を遠隔で解除され私たちは進む。幾つもの隔壁を越えていくと、第4ブロックの文字が記された扉の前に出る。文字を見て緊張が強くなってきているのを感じる。耳に着けているUSBサイズのヘッドセットからシンシアの声がした。
「アリス、これから先戦闘があってもアッシュの足手まといになるようなことしないで。しっかり能力サポートしなさい。アッシュ、第5ブロックに入ったら能力使用を許可します。一応、腕輪で制限かけているけど……。守れるわよね?」
「俺が博士の指示を守らなかったことは無い筈ですよ。」
隣に居るアッシュは皮肉混じりに言う。首のチョーカーは冷たく私を……アッシュを縛る。私に力があれば、アッシュはもっと自由でいられたのだろうか?少なくとも、チョーカーで縛られる必要がないくらいには。
(アリス……心配しないで、俺はアリスを死なせやしない。)
私の気持ちを察したのか、アッシュが言葉をかける。繋いだ手に力がこもる。彼がいればきっと大丈夫、そんな気持ちにさせてくれる。私は彼が最大限のパフォーマンスが出来るようにサポートに力を尽くそう。
(うん、ありがとう。私も大丈夫、アッシュが居てくれるから。)
頭一つ分高い彼を見上げ、私は微笑んだ。彼も柔らかい笑みを返してくれた。
「心の準備は出来たか?」
「俺たち二人、もうとっくの昔に出来てますよ。」
「……そうか。では行くぞ。」
第4ブロックの扉が開かれ、私たちは突入した。
扉の向こうは先ほどと変わらない光景があった。しかし、危険を知らせる警告音が響き、微かな異臭を感じた。
(なに?この臭い。)
(ほんとだね、この刺激臭……L1のモノかもしれない。あまり吸ってはダメだよ。)
(そんなこと言われても防ぐもの無いよね。)
(第5ブロックに入るまでの我慢だよ。入ったら俺が力で防げるから。それまでは、呼吸するときは袖で防ぐなりしないと。)
何の装備もない私たちをよそに、隊長の指示の元、兵士たちは専用マスクとゴーグルを装備し、再度身に付けている防護服と装備の点検をする。
「よし、予定通り行くぞ。」
隊長のハンドサインで兵士たちは二手に別れた。隊長を含む四人の兵と私たちは第5ブロックに向かう。進むにつれて異臭は強くなり、呼吸が辛くなってきた。もう少し、もう少し、そう言い聞かせ前に進む。
「こちらポーターワン、目標エリア入り口に到着。」
「了解。エリア内にL1の体液が散乱、また剥離した体の一部が活動している。火器の使用は許可されているが、アッシュたちを送り届けることが最優先だ。十分注意して行け。」
「了解、通信終了。」
第5ブロックの扉が開かれる。扉の向こうから酷い刺激臭と死体が出迎えた。
(ひっ!?)
(落ち着いて、只の死体だよ。)
(わかってるよ!い、いきなり溶けた体見たらビックリするでしょ!)
(そうかな?死体なんて何時もの事だろ?……待ってアリス、今防御膜を張るから。側離れないで。)
驚く私と対照的に彼は全く動じていなかった。死体を見るのは慣れているけど、グチャグチャなモノがいきなり目にはいれば、驚くでしょうに。
私が文句を言おうとした時、呼吸が楽になる。目を凝らして見ると、私とアッシュの周囲を薄い膜のようなものが包んでいた。
「行くぞ、時間が無いんだ。」
悲惨な内部を進む。生きている我々が異常者であるかのように思える世界を、早い速度で歩いていく。アリスは必死に付いていくが、付いていくことに集中するあまり足元の死体に躓いた。
(いったぁ───)
「アリス、何をやっているの!早く立ちなさい!」
派手に転んだが、幸い体液に触れることはなかった。落ちたヘッドセットからシンシアの怒りが聞こえる。立ち上がり、拾って体勢を整える私のすぐ側を、膜に沿ってポタリと液体が落ちてきた。
「敵、接触!!」
「撃て!撃て!撃て!」
「フォー、アリスを担いで行け!ツー、スリー横を固めろ!行け!行け!行け!」
何処から湧いてきたのか、黒い蛭のような生き物が襲いかかる。ジュゥと焼ける音を出し、我々を襲うL1の分身は意思でも持っているのか?兵士たちが発砲音を響かせ、先程よりも早い速度で逃げる。私の横をピッタリとつくアッシュは、肩に担がれ圧迫される腹部に呻く私を気遣いさえ見せる。
「ポーター!もうすぐ目的の場所近くだ、実験室に併設されたコントロールルームは汚染されてない!急げ!」
(危ない!!!!)
「たいち───ょ!!!!」
T字路に差し掛かったそのとき、先行していた隊長の真横から分身が複数飛びかかる。
───ベチャッ
───グチャッ
それは瞬きをする間の出来事。分身が壁に叩きつけられ潰れていた。
「──どけ」
赤く発光する瞳でアッシュが分身たちを一瞥する。行く手を阻む分身たちは、弾かれたように飛び去り壁に叩きつけられ、あるいは床に押し潰され息絶える。
分身は一体たりとも我々に触れられない。
流れるように行われる行為に、恐怖さえ感じる。
(──アッシュ……?)
「さぁ、行きましょう。L1が活動を再開させる前に。」
アッシュがこちらを振り返る。能面のような表情で、人形のように冷たい瞳がそこにあった。
戦うのむずかしい。
少しでも戦っている風に感じていただけたら嬉しいです……ハイ。
L1討伐戦、次回本体とご対面……




