十四日目
ねえねえ、僕たちを離ればなれにしちゃダメなんだよ?
そんなことしたら、心がすぐに不安定になっちゃうんだ。
僕たちはSの子達と違うんだ。
前にも後ろにも進めなくて、使い物にならなくなって、処分されちゃうんだ。
だから絶対に一人になっちゃダメだよ?
俺たちを引き離してはいけないのに、彼らは俺を閉じ込めた。理由はアリスの精神感応実験のため。俺がいては正確な数値を計測できないからだと言う。俺は抵抗したが、シンシアがアリスの首輪の起爆スイッチに指を置いたままだった。こうなっては俺は何も出来ない。大人しくなった俺にヘルメット型の制御装置が装着される。能力が、アリスとの繋がりが遮断される。以前のモノより更に改良されているようだ。俺は言われるがままに部屋を出る。俺に手を伸ばし、アリスは不安の色を映す瞳で見つめる。しかし、アリスはシンシアや兵士に制止され実験室へ連れていかれた。
通路を歩く足取りが重い。脳への制限は運動機能の低下にも繋がっているようだ。構造を分析しようと視ても、上手く視ることが出来ない。もしもの時に装置を使われては、アリスを守ることが出来ない。クイーンの中にならこれの設計図が保存されている筈だ。
「ほら、アッシュ。着いたぞ、入れ。」
マーレイが示した部屋は独房と呼ばれる場所。部屋の中央を分断する硝子の壁と電磁波を遮断する特殊な構造の黒い壁面で囲まれている。装置を着けたまま俺は収容された。装置の端子にケーブルが繋がれ、身体には計測器がつけられる。硝子の内は通信も能力も遮断する。ゆえに有線のみのやりとり、しかも監視・記録されている中でしかすることが出来ない。
「悪いな、アッシュ。アイツがどうしてもアリス単体で実験したいってきかないんだ。しかもヨアキム博士からGOサイン出るし。勘違いしてもらっては困るが、俺はお前同席でやるべきだって提案したんだぞ?」
「貴方がそう考えていらっしゃるのでしたら、今すぐ俺をアリスの元に戻してください。」
「そうしてやりたいが、ヨアキム博士の命令は絶対だ。上司には逆らえねーよ、今のポジション手放したくないし。」
「俺はドクターの実験を邪魔したりしません、ヨアキム博士に進言してください。」
「うーん……すまん。」
向こう側でマーレイがすまなそうにしている。ヨアキム博士は一体何を考えているのだ?いや、分からないのは何時もの事だが。タイプTが互いを離れられない造りをしている事を良く知っているはずなのに、外部から宛がわれた純正ではない半身だからこういう仕打ちをするのか?俺にとっては大切な、真の半身なのに。
「兎に角、シンシアの実験が終わるまでの辛抱だ。大人しくしてろよ?」
じゃ、頼んだぞ。と係りのスタッフに声をかマーレイが部屋を出ていった。スタッフは彼を見送ると、パソコン画面に視線を戻し作業をしている。通信が終わると静寂が俺を襲う。俺はスタッフの行動を観察することで、意識を正常に保とうとした。
何分、何十分経っただろうか?スタッフが俺の視線に気がつくと、俺の目を覆う装置の透明な部分を暗転させ、視界を奪った。いよいよ俺は苦しくなる。
胸が苦しい、ジュクジュクと膿んで痛い。孤独が俺の胸を刺し抉り、絶望が囁きかけている。涙が頬をつたい、黒い床に赤い染みを作る。降り下ろした拳はいつの間にか赤く染まるが、痛みを感じない。何度愛しい半身の名を叫んでも届かない。鉄錆の味が舌を刺激する。貴女を知ってから、知らず知らず内に繋いで押さえつけていた感情を思い出してしまった。もう独りだった時の俺には戻れないのだ。どうか、俺を一人にしないで。ドクターに彼女を奪われたくない。
「あ──っしゅ、アッシュ、聞………こえま………すか?アッシュ、聞こえますか?」
「おい、アッシュ返事しろ!!」
若い男女の声が俺の意識を引き戻す。黒い世界に不釣り合いな妖精を模したアバターが目の前に飛んでくる。
「エコーに……エリー?」
俺が答えると、女妖精──エリーは喜ぶ。
「あぁ、良かった。やりましたよ、エコー!アッシュの精神接続成功です!」
ぴょんぴょんとはしゃぐエリーは俺の周囲を回る。
「良かった無事で。アッシュの精神に接続するの大変だった。場所の特定に複数のセキュリティ突破と独房内のネットワーク接続、精神接続に必要な信号変換に監視プログラムとカメラの偽装……今までで一番難しかった。」
「お前ら何やってるんだ?規則違反だろ。こんなことばれたら、お前らただじゃ済まされないんだぞ?」
「もー、アッシュ!さっきまで錯乱してた人が、いきなりマジメなこと言わないでください!せっかく助けに来ましたのに、その言い方はありませんよ?これは皆で決めたことです。」
「ローザ姉さんが、二人が引き離されるビジョンを見たらしくて。助けないと大変だと言うから、バルたちと相談して救出することにしたんだ。ちょうど、僕たち電脳戦の訓練があったからね。クイーンにも協力して貰ってるよ。クイーンが作った偽物の僕たちとバルたちが戦って、本物の僕たちは君たちの救出。まさか本当に離されてるなんて、驚いたよ。ドクターたち頭おかしくなったのかな?」
本来なら知ることの無いこの一件。流石、ローザの予知は正確だ。今度会ったときにお礼を言わなければ。
「そうだったのか、すまない。皆ありがとう。ところで、俺は暫くガーデンに行っていないのに俺の名前を知ってる?」
「ドクターやスタッフたちが話しているのを聞いたのです。皆知っていますよ。おめでとうございます。」
「エリー、もういいだろう?そろそろ戻らないと不味い。」
「あ!そうですね。アッシュ、実は貴方たちを外に出すために、BIO兵器実験区域で開発中の試作体を脱走させました。貴方たちの運用実験をするか検討されている記録がありましたので。上手くいけばアリスの元に戻れますよ。今頃大変なことになっていると思いますが。」
「アッシュ、ヨアキム博士が戦闘運用実験の提案をしてレスター博士の上司フェイ博士が同意したようだ。」
なんと言う事をしたんだ。行いは嬉しいが、試作体を脱走させるとは。こいつらのした事がバレないことを俺は祈る。
「それじゃあ、私たちもう行きますね。アッシュ、御武運を。」
エコーとエリーは手を繋ぎ、闇の向こうに飛んでいくのを俺は見送った。その後すぐにスピーカーからマーレイの慌てた声が響き、現実に引き戻された。
「アッシュ、アリスの実験中止だ!すぐにBIO兵器実験区域に行くぞ、二人の戦闘運用実験をする。」
独房から出される俺は静かに喜ぶ。
アリスと二人で成果を出せば、状況も少しは変わるはずだ。少なくとも離れることがないように。エコーたちの作戦通り俺はアリスの元に帰れる。拘束されたまま試作体とどう戦えば博士たちに有効か考える。
重いはずの足取りが、軽い気がした。
何てことするんだ、エコー、エリー……
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